livedoor Blog
このBlogをチェッカーズに追加 このBlogを
チェッカーズに追加
このBlogをリーダーに追加 このBlogを
リーダーに追加
増澤信一郎の心模様

2014年04月21日

文字に聞く 

 天溪会という書道会の展覧会に十数年通っている。

娘が師範コースに学んでいることもあるが、様々な字体に心惹かれ、そして将来私も書いてみたい字体がある。隠居生活に入ったら習いたいと思っている。

no title








◎ 「 空気と水の存在が人間の生命を維持する必須条件であるならば、文字の発明は人間がより人間らしく生きるための必須条件であったのではないだろうか。人間は空気と水と文字なしに生きてはいかれない。 」 
*( 以下南鶴溪 主事の著作 『文字に聞く』  より抜粋 )



○ ○: 丸は四角、四角は丸?

1








まるも立派な漢字だといったら驚くだろうか。 
 
索引から三画の部首を探してほしい。最初に口(くち)、次に□(国がまえ)・・・・・四角はあるが丸は見つからない。それでいいのだ、口や国がまえの四角が丸なのである。数学者には納得いただけないと思うが、漢字では丸(○)が四角(口)になっているのである。
甲骨文字では書きやすく収まりのいい四角で代用したものと思われる。



○ 月: 文字になった月の光


2







月という字は、形から想像がつくように象形文字で、三日月を写し取って作られた

いつでも丸く輝いているお日様と違い、古代の中国人は満ち欠けを繰り返す月の特徴に着目したのだろう。
「間」という字も月の仲間だったといっても、今では信じてもらえない。間は俗字で本来は「痢廚判颪い拭L腓隆屬ら月の光が見える様子を表して、門の隙間、つまり間(ま、あいだ)を意味したのだが、家の中が明るくなりすぎて、月の光では隙間を感じられなくなったためか、いつの間にか日の光に取って代わられた。
(小説家・内田百里気鵑良期里韻鵝,そうである)


○ 十: 横棒は人生、縦棒は歴史

3







縦棒はコンと読み、筆で上から下へ引けば退く、逆に下から上に引き上げれば進むという意味になる。
書道では 「 横棒三年、縦棒十年、点は一生 」 という。二本の直線を組み合わせただけのシンプルな文字で、文字を習いたての子供でもすぐに書ける、十年もかかって会得する文字ではあるまい。そう思うのも無理はないが、十の字をじっくり眺めてもらいたい。
横棒が天地を区切る線、縦棒は進み、そして退く。そう考えると、形こそ単純だが、思いのほか含蓄のある文字に見えてこないだろうか。



○ 象: 象はゾウの象形文字

4







象る(かたどる)は形取る、形を写す事だが、「 象 」 という漢字そのものも、本物の象を写生した象形文字で、古い甲骨文字では上記のようになる。

試しに象の字を左に九十度倒して、ご覧になっていただきたい。左を向いて鼻を巻いた古代の象見えてこないだろうか。



○ 負: 負けを認めるのが 「 自負 」

5






「 自負 」 という言葉がある。 「 負 」 という文字は人と貝を合わせた文字で、人間が貝 ( 財宝 ) を守り、心強く頼みにしていることだという。そこから、たのむ、たよるの意味が生まれ、自負は自分の才能や仕事に自身や誇りを持つこと、の意味になる。
しかし 「 負 」 は負担、負債、おう、になう、の意味もあり、もっと一般的に勝負の負、つまりまけることでもある。自らに誇りを持つことも大切だが、逆に自負を 「 負けることを自らにす 」、 素直に自分の負けを認めることと考えたらどうだろう。



● 私(増澤)思いますに、なんとロマンティックな成り立ちだろう。字や言葉の意味を考えると、字を書くことの楽しさの反面、己の生き方の安易さにまではね返って来る鋭さがある。もっと心して生きねばならないと思う。 今年も展覧会に行かねば!



Posted by masuzawa05 at 12:41│Comments(0)
 
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
MONTHLY ARCHIVES
アクセスカウンター

アクセスカウンター