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増澤信一郎の心模様

2008年05月07日

京の料理人(菊乃井 風花雪月)

 先日 「 村田のスペシャリティーは 何? 」 という質問を外国の人から受けたのです。

「 季節です 」。 自然にそう答えていました。すぐにこの答えでわかってもらえるやろうか、とも思いましたが、 相手は 「 なるほど! 」と、納得してくれました。

murata











 お祖父さん、先々代が残した家訓があります。何をもって 菊乃井 というか。
「 美しくして浮華ならず。渋くして枯淡ならず 」。今風にかみくだいて言えば、「 上品で美しくあれ。ひょろひょろした華奢なもんはあかん。渋くても力強くあれ。枯れすぎて弱々しいのはあかん 」といったことでしょうか。

 僕は好んでひっくるめて「 料理屋 」と呼んでいますが、『 料亭 』と『 割烹 』の違いを簡単に説明すると、
                                    
「 料亭 」は料理を楽しんでいただくだけでなく、庭の佇まい、床の間の軸や花、それらを含む座敷のしつらい、女将や仲居さんの対応など、空間と時間のすべてを楽しんでいただく場所で、すべて個室。格のあるレストランにあたります。
「 割烹 」は目の前で料理人の仕事を見たりしながら、気楽に料理が楽しめるところ。うまい料理が売りのビストロでしょうか。
僕は料理人として、経営者として、それぞれの違いを大事にしていますけれど、基本はみんな「 料理屋 」。そこを忘れてはならないと思っています。



○ 真鯛の御造り

01








 両刃の包丁が、ブツッ、ブツッとものを断ち切って二つに分けるに対して、僕らが使う片刃のそれは、刃がものの中へスーッと入っていくような感覚です。和包丁はみな片刃。刺身は、包丁を刃元から入れ、その角度のまま手前に引いてゆき、長い刃のすべてを使って切ります。ひと切れひと切れの角がピシッと立ち、断面に光沢が出るように切るのが技術。こうでなくては刺身にはならないのです。
 僕らが刺身のさくに包丁を入れるとき、それは単にものを切り分けるという作業ではありません。切るという行為そのものが料理。切ることで料理を造る。刺身のことを「 御造り 」と言うのは、そういう意味です。

○ 竹の子

02







筍料理の王道、「 若竹煮 」をどんな器に盛るか。若い頃でしたら、地味な料理だからと、何か大胆な器に華やかに盛ろうと考えたかもしれません。でも今は、筍は竹藪にいたときのように静かにあって欲しいと思います。騒がしくあって欲しくない。この器は五百年前の李朝です。フォルムの美しさ、品のよさに魅かれます。落ち着いた中にも、時代を経てきた力強さがあり、若竹煮と共通するものを感じて盛り付けました。

○ 散らし寿司

03








 散らし寿司はお寿司屋にもありますから、「 お料理屋さんとお寿司屋さんとでは、どう違うの 」とよく質問されます。「 お寿司屋さんの具は生もんが主役で、うちのは生もんは全く入りません。そこが大きく違います 」と答えます。懐石では「 かぶる 」ことを嫌います。生もん、つまり御造りは向付でお出ししてしまっているので、御飯にはもう使わないのです。

○ 無花果

04






 若いときは、ものに「 味をつけよう 」と思っていたんです。今は、それはおこがましいんやないか、と。そのものが本来持っている「 味を引き出す 」のが僕らの仕事じゃないだろうか、と考えるようになりました。
 鰹のうまみが無花果の邪魔をしてはいけない。鰹を控えることで、無花果の清涼感、みずみずしさをより感じてもらえるようになったと思います。

○ 鱧鍋

05









 僕は、料理にはサプライズが不可欠だと考えていますが、コース全体の流れの中では、すべての料理が驚くようなものばかりでも駄目だろうと思います。サプライズの大きいもの、小さいもの。そして驚きより安心感のあるもの。それらをうまいバランスで組み合わせてこそ、お客さんに楽しんでもらえると思っています。柳川風やけど実は、全然違う。それは食べれば判る。

○ 琥珀羹

06






 大きな蓮の葉の露が乾かぬうちに、ツルンと冷たい鱧の煮こごりと蛇籠蓮根をすっと盛り付けて饗します。
 この料理で重要なのは香りです。日本料理では、香りを複合で使うことが昔はタブーでした。ひとつの料理にひとつの香り。でも僕は複合で使うことで奥行きが出ると考えています。ここでは花穂紫蘇、青柚子、生姜を重ね、清涼感を強調したつもりです。違う香りを重ねることで、料理の表現はより立体的に、より豊かになるはずです。

○ 鮎

07








 流れの中を必死で泳ぎまわって、苔だけを食べて生きてきた、野性の荒々しさと気高さが顔つきに出ています。「 そんなヤワなところに棲んどらへん 」という顔をしているのがいい。この野性味を食べなければ、鮎を食べる値打ちがないと僕は思います。
 器は魯山人。この器に初めて出会ったとき、釉薬の光る感じが川面のように見え、すぐ、鮎の棲む川やと感じました。盛られた鮎が、再び川の中を泳ぎ回っているかのように、そこに野性の姿を見てもらえたらと思っています。

○ 漬物寿司

08








 雨は降るわ、蒸し暑いわ、いう日には、御飯いうのも難儀やな、と思います。気が弱っている時期だから、パワーのある料理ばかりではげんなりする。「 これやったらちょっと食べてみようか 」と、つい箸が出るような、さっぱり、あっさりしたもんがこの時期にはいいのです。浅漬けの水茄子と酢漬け茗荷、それに御飯です。

○ 長月の八寸

09








 八寸は、湖に浮かべた小舟でお月見をしているイメージです。水面に月が映り、色づいた木の葉が浮かんでいて、岸辺を見ればススキが穂を垂れている。そんな静かな秋の夜の風景です。

○ 雲子(くもこ) 銀餡蒸し

10







 茶托にのった小さい蓋つきの器が出てきます。お客さんが「 おや 」と思うくらい妙に小さい。エスプレッソカップくらいです。中は真鱈の白子(雲子)に銀餡をかけたもの。熱々で、白子はクリームのように舌に溶け、とろみのある出汁がお腹にしみます。ただし「 あ、生姜がきいている 」と思う間におしまいです。「 おいしいなぁ。もうちょっとたべたいぁ 」というところで終わる。この量がいいんです。量というものはとても重要で、どのくらいにするかで料理の仕立て方が違ってきます。

○ 神無月の八寸

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 秋の七草の葛の葉を敷き、萩の花を乗せます。あえて小さな籠の中いっぱいに八寸を盛り込んでいます。お客さんはみなさん、八寸を崩さないようにと、慎重にゆっくり虫籠をはずされます。そのとき、手元に注意を集中されますから、「 ほう、こんなもんが入ってんのやなぁ 」と、よくよく見てもらえるという仕掛けです。


● 何を求めて生きるのか:
人は自己回帰するためにレストランに行ったり、料亭へ行ったりする。 これは僕の考えです。 何か人間の本能に響くものに出会うとか、もっと単純に何かに感動するとか、人はそういうことを求めているのではないか。そうだとしたら、出来る限りそれに応えたいと思います。ライブ感のある料理というのは、その答えのひとつです。

● 郷土料理:
日本に限らず、世界中どこでも、郷土料理にはどっしりとしたいいものがたくさんあります。その土地土地に生きる人々が、先祖代々、地元の素材を使って、気候風土や暮らしぶりに合った料理を作り、伝え、育んできたのが郷土料理です。自然に与えられた素材に素直に、真摯に向き合った結果生まれ、そして長く食べ続けられてきた料理には、何より「 実 」が有ります。本当のことが当たり前になされている、そう言い換えてもいいかもしれません。料理をする人間は、この『 実 』を見失ってはいかんと思います。
 地味だけれど、「 しみじみおいしい 」 「 じんわりおいしい 」


○ 鱧と松茸 どんぶり

12







 松茸が贅沢なくらい入らないのだったら、作る価値がありません。ちょぼちょぼ入れるのだったら、入れないほうがまし。松丼はやめにして卵丼か親子丼にしたらいいんです。
 料理には思い切りが必要じゃないだろうか、と思っています。 決断力といったら大袈裟ですが、これを入れたらうまいやろなぁ、と思ったものは入れる。もったいないなぁ、というのは、無駄なことをしてしまったときの言葉で、高級食材でも何でも、それをちゃんと生かして使うのだったら、何ももったいないことがあるものか。 入れるべき材料は入れ、振るべき塩は振らないと、自分の目指す料理は完成しない、僕はそう思います。

○ 師走の八寸

13











 うちの庭の山茶花の花びらを、はらはらと散らしました。仕切りを並べたこういう器は、日本画のパレットを模して、魯山人が最初に作ったものです。蓋をしてしまうと硯箱のようで、中の華やかさは想像もつきません。だからこそ、開けた瞬間の驚きが生まれます。

○ 鮪

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 近海の鮪ですから、トロの、脂肪と赤身のバランスがとてもいい具合です。この鮪の刺身で僕が伝えたいおいしさは、まさにそこのところです。ひときれのサイズを、少し長めに、やや薄めに造ります。トロを食べたときには、舌の上でとろけるようであって欲しい。   そのとろける食感を強調するための、長め薄めのサイズです。これが赤身なら、もうひと回り小さめに、厚く切って、噛む食感が味わえるように造ります。芥子と黄身醤油つけて食べてください。卵黄だけを醤油につけておき、それを溶きます。ちょっと意外ですが、濃厚な鮪に黄身がよく合います。

○ 焼き松葉蟹

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 それにしても、自然の造るもんはきれいです。松葉蟹もこんなに美しい。それを、人間は、深海に棲むこんな生き物までも、獲って運んできて食べてしまう。料理人は、その命を貰ったのですから、出来る限り美味しくなければ。命を貰ったのだという自覚。食材に対して敬意の念を持つべきです。みずみずしい野菜やら、生きて運ばれてきた魚介やらを見て、「 なんてきれいなもんやなぁ 」と思ったりしたとき、ふとそんなことを考えます。


● 僕には忘れられない鍋があります。三十代前半の頃、天龍寺の管長・平田精耕老
師について座禅を組んでいました。
 ある時、「 いつもご馳走になっとるから、一回わしがご馳走したる 」と、僧堂に呼んでくださったんです。春先の寒い寒い日で、ごっつい土鍋の中にごっつい豆腐が一丁。「 ちょっと待っとれ 」と、ガラッと戸を開けて庭に出て行かれると、蕗の薹を採ってきてバッと鍋へ。湯豆腐のほかには、柔らかく炊いた大根と、菜の花の芥子和え。「 この大根はなぁ、すぐそこの畑ででけてんのや 」「 菜の花はなぁ、あっちのほうから雲水が採ってきたんや 」そんな話をされて、食べ終えて、「 ご馳走さまでした。今回はどんな教えをいただいたんでしょうか」と訊いたら、「え、わしはただ飯を食わしたっただけや。僧堂の飯もうまいやろ 」。それ以上何もおっしゃってくださらなかった。けれども、僕みたいな若造を、ただ単に湯豆腐を食べさせるためだけに呼んでくださったとはおもえない。帰ってからもずっと考えるわけです。何の意味があったんだろう。最近の僕の料理が技巧に走りすぎているから、もっとシンプルに、本質的なことを考えろということだろうか。それから十年くらいして、「 あの時はありがたかったです 」とお礼を申し上げたら、「 そんなことあったかなぁ 」と、それだけでした。
 今も僧堂いっぱいに広がっていた蕗の薹の香りを鮮明に憶えています。老師さんが何もおっしゃらなかったので、今だに考えています。なんだったんだろう。繰り返し考えている。それが永遠の教えかもしれないと思います。この季節には老師さんの湯豆腐を想いながら 「 雪鍋 」を作ります。ぐじゃ豆腐を出汁で炊き、寒さの中で甘みを増した大根をおろして加え、蕗の薹を散らし、その風味が消えないうちにすぐに食べます。 大根がご馳走という素朴な鍋です。

             以上 (村田吉弘著 菊乃井) 料理写真集より抜粋。


 雪・月・花ではなく 風・花・雪・月 は陶芸家・富本憲吉氏の命名とあります。
 謂れは
「 昔からある 雪月花 では、絵にしかならない。そこに空気の流れがあってこそ生き生きとしたものになるのだ 」 と。 

 そこに人が居て、もてなす側 と 受ける側の 心の綾が醸す空気感・風・気遣い、そして、料理に託す思い入れが大切だ、と。 たしかに私(増澤)そう思います。
             
たとえば私どもで設計している旅館、 宿空間 を介して主人(もてなす側)とお客(もてなされる側)の間をうねるような心地よい緊張と空気感、そこん家(ち)イズムが大切で、女将よりむしろ亭主としての男の隠れた存在感(またそれに代わるもの)に 流行る宿の秘訣を感じますが如何でしょうか。                      
ベトッとしていないのがいい。

季節を愛で、おいしいものを食べたい おいしいものを食べさせたい。
そんな 伝統と研鑽された 心技に隠された 普通らしいすごさ。

村田さんの‘ 語り ’に助けられ、墨絵に 色 が見えたら、シメタモノ! と思って描いているのですが・・・・いかがでしょうか。
             
やっぱり ダメですか・・・・・。


うーん と 唸って、
日本料理は 奥が深い。                             
建築デザインも料理人の心がけ(気遣い)から学ぶものが多い。 と 私、思っています。


Posted by masuzawa05 at 10:42│Comments(0)
 
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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