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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2017年05月29日

究極のランチ・その4

カレーにするかハヤシにするか迷うことがある。カレーの方が家庭的で自宅でもよく供されるので、ここではハヤシライスを取り上げることにした。

 ハヤシライスと言えば、東京駅丸の内北口近くのオアゾビル。私の好きな丸善の4Fの洋書棚の一画、眺めのいい場所にあるレストランをお薦めしたい。

〇 店内の様子と窓際席から臨む雨に煙る東京駅のノースタワー

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〇 オムライスにハヤシのルーがかかった。和風セット(¥2,200)です。
単品以外を頼むのは邪道かもしれない。・・・が、しかし、ゆったりとした雰囲気と食後の読書をするのには、このくらいの出費は致し方ない。

 たっぷりの野菜サラダ、オムハヤシ(私が勝手に命名した)、デザート( アイスクリームとコーヒー )


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● 甘ずっぱさが切れ味のハヤシのルーと、レアーな玉子のクリーミーなソフトさが混じりあう口福! ここでも玉ねぎの甘みが効いている。 よく考えられていて、 旨い!


〇 レストラン入り口と、ハヤシライスの謂(いわ)れが書かれたパネル。

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◎ 「 ハヤシライス 」 の命名には諸説ありますが、
明治の初期、丸善創業者・早矢仕有的 ( はやし・ゆうてき ) が考案、そこから名づけられたとされています。
「 ハヤシライスの生みの親 」 である早仕有的の誕生日(9月8日)を「 ハヤシの日 」 と制定することにより、弊社が 「 丸善とハヤシライス 」 の文化を様々な形で将来にわたり、より多くの方々に伝えて参ります。 

● パネルにはこう書かれていました。ハヤシはやっぱりここでなければと思われます。
洋書の丸善らしい食べ物と言えるかもしれません。

ちなみに;
【早矢仕 有的(はやし ゆうてき、天保8年8月9日(1837年9月8日) - 明治34年(1901年)2月18日)は、岩村藩藩医で明治期の日本の官吏、実業家、教育者。丸善、横浜正金銀行、横浜市立大学医学部の創業者として知られる】

  

Posted by masuzawa05 at 08:20Comments(0)

2017年05月22日

墨いろ


三十数年ぶりに、104歳の現役美術家・篠田桃紅さんの本を開いている。
美術書と呼べばいいのだろうか、作品が好きで旅館等に飾らせてもらったことがある。


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 好きな詞をいくつか。

◎ わたくしは作品に向き合うときにも、扱いにくい筆が好きです。さばきも腰もない、文字通り性(しょう)もない筆が好きで、そんな筆をもてあましながらかいていると、楽しいのか苦しいのかわからなくなってきます。書きたいものを書きたいように書く楽しみ、書きたいものを書きたいように書けない苦しみのはざまに漂うのです。それは、作品と向き合うようでいて、実は、自分自身と向き合っているのだと思います。そんな性もない筆が、ときおり心ゆく線や豊かな形を書かせてくれることがあります。それは、わたくしのちから以上のものがわたくしに宿ることの不思議を感じさせてくれます。
 どんな人の人生も、眺めて飽きぬ富士の山と同じように、遠くからはなだらかで美しく見えても、それぞれに険しく、一筋縄ではいかぬことの連続でしょう。けれどもだからこそ、どの人生も尊く、かけがえのないものなのではないでしょうか。
 ラクでまちがいなくやれることであんまりおもしろいことはない。・・・それを知ることが、人生というものに飽きずに生きる秘訣かもしれません。


〇 書は技術だけではどうにもならないもの、書とは人の心が文字のかたちを籍(か)りたものなのだという一つの見方が成り立つ。
 
後代、書家といわれる職業人ができても、高僧や烈士の書が高い評価を持つのは当然のことである。
たとえば、良寛さんの書 「 天井大風(おおかぜ) 」 の四字の楷書は今も清新である。( 空は穏やかに見えても、その上では大きな風が吹き荒れているという意 ) その中には爽やかな生き方が垣間見える。


〇 玄という色;
昔から墨の銘に 「 玄之又玄 」 というのがあり、私などは、玄(くろ)は黒で、黒のさらに黒、というぐらいの意味に思っていた。しかし玄というのは “ くろ ” であっても、ただ普通の意味の黒ではないらしい。
中国の 『 筆法記 』 という古い書物に 「 墨を用いて独り玄門を得 」 とかかれてあるそうだが、玄門というのは老子の言葉で、玄とは、人生と宇宙の根源で、真、本質、実在であり、また余計なもののないこと、おのずからのもの、無為のもの、作意のないこと、を言う言葉であるというのだが、それを色に置き換えると “ くろ ”となって、玄ということになるのだと言われる。その “ くろ ” は、墨を用いて得られると 『 筆法記 』 の筆者は考えたのであろう。
そして、墨による黒は、真っ黒の一歩手前の色、明るさのある黒で、心を騒がせない色、沈静であって死ではない、動きを残す色、ということである。玄というのはまた、一筆の濃墨で書くのではなく、淡い墨を重ねて濃くしていき、真っ黒の一息手前で控えた色、とまことにむずかしい。
くろうと、というのは、だからとことんまでやりつくしてしまわないで、どこかにスキマというか、やり残したものをおいて、しろうとが手がかりにできる場、入り口みたいなものをつくっておくのだということにも通じる。
ほんとうの “ くろ(玄) ” は真っ黒ではない、という考え方が、私にはたいそう気に入る。一歩手前でやめる、という、そのあと一歩無限のはたらきを残し、それはわが手のなすことではなく、天地自然、神、宇宙、とにかく人間のはかり知れない大きな手にゆだねる、そういう考え方が好ましい。好ましいが、一歩手前がまことにむつかしい。

● 私(増澤)が高校時代に習った空手道は 「 玄制(げんせい)流 」 でした。

今は亡き造園家 鈴木直衛は “ 玄庭園 ” 創業者であり、高校の空手道部・玄制流の後輩。
玄という字を再確認し、玄の海に心を泳がせています。


◎ ある外国人記者との対話;

〇あなたは白と黒の作品を作っているが色を使いたいと思わないか?

「 私は墨の中に、あらゆる色を見ているつもりだが・・・ 」

〇ということは、東洋の禅の思想に通じるものか?

「 私は禅について知らないし、墨と禅が結びつくかもわからない。幼い時から墨と付き合って来て、おのずからそこに無限の色を見得るようにはなったが 」

〇墨絵の山は青に塗ったよりももっと青に感じさせることがある、文学でいえば詩の領域に近い?

「 詩が言葉のエッセンスであるように線がかたちのエッセンスでありたい 」

〇あなたの線は大胆で確信に満ちていると思えるが?

「 確信はないが、捨ててもいいと思えるものを省いていった残りが今の私の線だと思う 」

〇加えるより省くことの方がむつかしいですか?

「 省かれる‘もとのもの’は豊かなほどいいと思うので、省くことの以前つまり “ 書く ”より以前のことが大切だと思う。具体的な色も墨の抽象性を深めるのに役立つかと思うが、色が入ると墨の色が感じにくくなる段階だと今の自分を思っている 」

〇それで金とか銀、色というより光を加えているのか?

「 今はそういう時期だが、私は自分の墨色をいたわりすぎているのかもしれない 」

〇あなたの、文字でもなく物のかたちでもないスミエのイメージはいつも心にあるか?

「 心にはいつも溢れるほどある。が、かたちにすることがむずかしいく苦しい。心に溢れるもののうちから、多くのものを捨てていく行為で自分を引っ張り続け、あるものが熟してなったとき、それまでの私から抜け出ていることをいつも感じる。 」

〇それは大きな喜びであろう?!

「 喜びというより虚しさの感覚で、“ 無 ”ということをほんの少し垣間見る様な気がする 」


● 天晴! 104歳。この人を見ているとオバアサンと感じない。
背筋がピンシャンとしているからでもあるが、老いとかそういうものが取り付く島のない、何か “ 生 ” という強靭なオーラが彼女を包んで、ガードしているような気がする。

 私(増澤)、ずっと好きな 美術書家である。
  
Posted by masuzawa05 at 09:32Comments(0)

2017年05月15日

メアリー・カサット展



 「 母子像の画家 」 と呼ばれ、アメリカを代表する女性画家のパイオニアであるメアリー・カサット、NHKの日曜美術館で知った。
アメリカに印象派を紹介し、近代美術の発展に寄与した女性画家である。

● 印象派というと風景画が多いのだが、彼女の作品には母と子の情愛が美しい色彩で紡がれ、 心が肉体を介して表現されている。

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 横浜美術館は初めての訪問である。

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◎ 作品をご覧いただきたい。 

○ バルコニーにて
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○ 庭の子どもたち
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○ 浜辺で遊ぶ子供たち
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○ 桟敷席にて
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○ 眠たい子どもを沐浴させる母親
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○ 夏の日
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○ 湯あみ ( たらい )

 ● よく見て欲しい、この辺りには日本の浮世絵の影響が表れているという。
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○ 母のキス
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○ 果実をとろうとする子供
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○ 母の愛撫
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○ 農家の母と子
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● 私(増澤)思いますに、

母の慈愛に満ちたまなざしと、子供の個性が表れている。
スキンシップを通して、したたかな体表(たいひょう)現(げん)会話を感じるのだが・・・。
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2017年05月08日

旅について


 Be hear now : 今ここに。 ( 今こう在(あ)ることの、しあわせ )


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● 旅と言う字は菅笠をかぶった旅装束の人が足早に歩く姿を表すという。そんな風に感じませんか!


 松尾芭蕉は “ 人は永遠の旅人である ” と看破(かんぱ)して

◎「 月日は百台(ひゃくだい)の過(か)客(かく)にして
      行き交う年も又、旅人也 」 と述べています。


● 夢は旅心を誘います、旅先で出会うのが現実であったとしても、またぞろ、旅心を誘うのは夢であろう。


◎ 作詞家で作家の 故・阿久 悠 さんは
作詞家の使命と題してこう述べている;

旅人の心は必ずどこかで “ 揺れている ”
その揺れを見つけるのが作詞家の使命です。 ・・・と。


● ならば、旅館設計者の使命とは;

『 旅人の心は必ずどこかで揺れている。その揺れを見つけ、形に表すのが設計者の使命である 』 と言い換えることもできる。


ハードとソフトを絡めて私(増澤)は “ 宿(やど)り ” という言葉を使いますが、旅の演出家としての我々には、その言葉に秘めたいろんな意味が込められています。

やすらぎ
いとしさ
せつな
ふるさとの風
今ここにいる、吾
そして

啓発と希望。
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2017年05月01日

 おでん

● おでんと言えば

屋台のコップ酒
家庭の団欒
最近ではコンビニのレジ脇のおでんプール。

 恵比寿ガーデンプレイスタワー38階の飲食街が、開業20周年を記念して大改装をした。 そのなかの 「 こんぶや恵比寿 」 に行ってきました。正直言って、たかがオデンとたかをくくっていましたが、さにあらん。

庶民的なオデンも、演出効果抜群のカウンターダイニング(テーブル席もあります)にてお披露目です。

ちなみに、

そばと魚 銀平
鮨 たか
焼肉 叙々苑
お好み焼き 鉄板焼き 華千房
焼鳥えびす坂 鳥幸    都合6店がスタイリッシュに登場です。


先ずは “ おでん ” 
中央にデンと構えたおでん種の数々。バック棚には美味しそうな冷酒とワインボトルが控えます。
寿司バーを彷彿とさせるシンプルな室(しつ)礼(らい)の中に、日本的な白木のカウンターが映え、上品な美しさがうかがえます。


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 最初はなぜかシンプルにお刺身の盛り合わせから始まり、以下のごとくのオデン種。


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 おでんと言えば日本酒。大吟醸をたっぷりと頂きました。

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● 特に気に入ったのが、春菊のオデンでした。忘れかけていたお野菜の登場で目から鱗とはこのことで、絶品で、おでんによく合う。中央緑色が春菊です。

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  次は、残りの店舗も徐々に食べつくしたいと思っていま
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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