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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2017年04月24日

愛子さま

皇太子ご夫妻の長女 愛子さまが学習院女子中等科を卒業され、卒業記念文集に寄せた作文が公開された。
作文は 「 世界の平和を願って 」と題された、修学旅行で広島を訪れた時の文章です。

 とても素直で素敵な文章でしたので、その要旨を取り上げてみました。


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◎ 『 世界の平和を願って 』  敬宮(としのみや) 愛子


 卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること・・・なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中3の5月に修学旅行で広島を訪れてからである。
 原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで、71年前の8月6日、その日その場に自分がいるように思えた。被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない。
 その2週間後、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問され、 「 共に、平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持とう 」 説いた。オバマ大統領は、自らの手で折った2羽の折り鶴に、その思いを込めて、平和記念資料館にそっと置いていかれたそうだ。私たちも皆で折ってつなげた千羽鶴を手向けた。私たちの千羽鶴の他、この地を訪れた多くの人々が捧げた千羽鶴、沢山の折り鶴を見たときに、皆の想いは一つであることに改めて気づかされた。
 平和記念公園の中で、ずっと燃え続けている 「 平和の灯 」 これには、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けようという願いが込められている。
 何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。
 唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の 「 平和の灯 」 が消されることを心から願っている。


● 私事ですが、皇太子妃雅子さまのファンである。家族円満な写真を見ることが何よりであり、嬉しい。
そして、愛子さまの素敵な作文がほほえましい。

● 今から40数年前、友人の結婚式に岩国を訪れ、その帰り道広島の平和公園を初めて訪れた時のことが思い出される。今は亡き友人U君と無言で記念館を巡り、憂鬱な気分で、もっと早く来ればよかったと言いつつ、自宅に戻ったことが懐かしい。
  

Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2017年04月17日

 伊豆天城山麓の太郎杉

久しぶりに天城の太郎杉に会いに行った。麓まで林道が通じているので、車高の高い乗用車であれば近くまで行ける。 私の乗っているレクサスのSUVは、老齢の母にこの太郎杉を見せたいという思いから購入したのだが、未だ叶えていない。

のびやかで巨大な一本幹、筋が通った樹形が美しく、佇まいには崇高ささえも感じる。


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 もともときれいな水の流れている川と、大きな自然木のある景色が大好きで、巨樹と対峙するだけで身の引き締まる思いがする。身近な天城山にはそれがある。
 
太郎杉という名称がいい。

『 太郎杉 』

 天城山一の杉
 樹齢 450年
 高さ 53メートル
 根回り 13.6メートル
 目通りの幹回り 9.7メートル

 今も成長し続けているという。
静岡県の杉の巨木ランキングで1位の “ 河内の大杉(沼津市西浦市民の森) ” に次ぐ巨木で県の天然記念物に指定され、森の巨人たち・100選にも選ばれている。


○ ちなみに、これは西浦の河内の大杉です


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 静岡県内、1位2位の大杉がふるさと伊豆半島に有るというのがすごいと思う。
自然環境の豊かさを表している。

川端康成の伊豆の踊子に代表される天城峠には、深い緑と清流とロマンがあり、じっと見守る太郎がいる。  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2017年04月10日

サウジアラビアの王様

先日、サウジの王様が従者1,000人を連れて日本を訪問された。
石油という資源大国の富める国の王様が、今更何で? という思いが私(増澤)の頭をかすめた。豊かな天然資源に恵まれた国であっても、化石燃料である資源は有限であり、それのみで国を回していくのには限度があると思ったのだろう。と邪推していた。


 産経新聞のコラム 「 透明な歳月の光 」 に作家の曽野綾子さんがこう書いていた;

“ 貧しさが培った 日本人の勤勉 ”

◎ 王様が日本に来られた一つの目的は、今まで石油生産に依存してきた経済からの脱却を探ることだという。これまで夢のようなお金持ちだったこの国にも、石油だけに頼っていては将来やっていけないかもしれない、という不安の陰が、現実にさして来たようだ。


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 しかし81歳の王様が考えられるほど、この計画は簡単ではない。人間が学ぶ精神の姿勢を作るには、多くの場合、貧しいことも必要なのだ。少なくとも、日本の近代を作ってきた要素の中には、貧しかった日本の歴史がある。与えられていない時ほど、人間は奮起し、工夫する。しかし文句のないほど与えられていれば、誰だって努力しないのは当然だ。

 一つの国家の強みというものは、人々の生活の営みが単一ではないことだ。工場で、直接の生産に従事している人も大切だが、哲学や心理学、宗教学や音楽を学ぶ層もいないと、国家の構造は強靭なものにならない。又精密な近代工業の背後には、長い年月、手工業で職人として働いてきた人々の、精密な仕事に対する執着も要る。

 日本は幸運なことに、水と土と木しか産しない貧しい国だったので、そのあらゆる面に人材が配合され、歴史的に 「 働き続けられる心理 」 の伝承がなされた。
 サウジの王様は温容を持ち、本気で国民の未来を心配されている方のように見える。そういう誠実な方には、日本が、貧しい生活の中で培った国民性のすばらしさを、辛抱強くお話すべきだろう。

 真の経済力というものは、物質とシステムだけのものではない人間力の問題なのだ。

 中国人は、物流によって富を生もうとする。つまり基本は商売で儲ける。しかし日本人は、生産で生きようとする。産物がどれだけ貧しいものであっても、作って売ろうとする。私はその姿勢が好きだ。

 サウジ人に、貧しさの意味を教えるということは、無駄のようでもあり、むずかしくてとうてい教えきれるものではない、という考え方もあるのはよくわかる。
 日本でも最近、貧しさはひたすら無意味な悪ということになった。しかしそうでもないだろう。富を求めるのはいいが、それが与えられなかった時には、貧しさの意味を把握して生きるのが、むしろほんとうに豊かな人の暮らしだ。(産経新聞コラムより)


● 一行は日本からの帰り道中国に寄り、そして7兆円に上る商談をしたとメディアに報じられていた。なかなかしたたかである。

 ものづくりについてこんな言葉が脳裏をかすめた

「 もの言わぬ ものがもの言う ものづくり 」 私(増澤)が、ものづくりに託した執念にも近い心持である。これさえあれば、日本は世界に羽ばたける。
  
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2017年04月03日

横尾忠則さん について

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 美術家( イラストレーター ➡ 画家 )、としての横尾さんはよく知っているのだが、彼の文章については・・・? であったが、本を読んでみるとなかなかに面白い人だと知った。
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○かつて一世を風靡した高倉健シリーズのポスターはこんな感じ。
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◎ 観念ではなく肉体や感覚の力を信じ続けてきた画家が、言葉の世界との間で揺れ動きながら思考を紡ぎだす;
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たとえば、謙虚とか礼節(・・)が本来有している何か神秘的な働きは感じないわけにはいきません。以前にも触れましたが三島由紀夫さんは僕に常に礼節(・・)の重要さを説き続けました。又礼節(・・)は謙虚(・・)とも同意語のような気もします。この間読んだ本で長寿は性格によるものだという研究を80年ほど続けた学者によると、「 勤勉性 」 と同時に 「 礼節(・・)が長寿の為の重要な要素のひとつ 」 であるということですが、ではなぜ礼節(・・)が長寿の為に大きく作用するかと言う事は解っていない、だけれどこのことが非常に大事だと言っていました。
だいたい科学的、論理的に説明できないのが、人間の秘密にかかわる何かの法則があるような気がします。芸術はそのような言葉で説明できない力を描こうとしているように思います。
だけれども多くの人間は言葉や、その力を信じています。言葉を信じなければ文学も存在しないのでしょうか。以前にも書いたと思いますが、三島由紀夫さんは文学者でありながら言葉を信じていないと言っていました。言葉は肉体(・・)から発したものですが絵画ほどには肉体的ではありません。絵画は言葉ではありません。絵画は肉体(・・)です。
文学は論理的で観念的です。いくらでもウソをつきます。絵はウソをつけないのです。もしウソをついて絵を描いたとしても、「 ウソをついた絵 」としてすぐバレてしまいます。肉体(・・)がウソをつけないように絵は絶対ウソがつけない、故に絵は恐ろしいものです。そうすると運命はウソをつくのでしょうか。もし運命がウソをつけば人間は破滅してしまうような気がします。では破滅した人生の運命はウソついた結果なのでしょうか。
ぼくは運命は何か生まれる以前に約束された契約のような気がするのです。その約束をちゃんと魂が記憶していてその記憶が肉体の内なる声としてその人に囁くように思うのです。心の声ではなく、あくまでも肉体をメディアにした魂の声です。心の声は言葉と同じようにウソをつくような気がします。
魂を源泉に肉体を経由して発せられた声こそ約束された運命の声だと思います。その運命の声を聞ける人と、そうでない人がいるように思います。
その内なる声( 運命の声 )に忠実に従った者は運命の路線から踏みはずすようなことはないのではないでしょうか。

○ 芸術は爆発だの岡本さん


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◎ 小説家でも哲学者でもないぼくが知りもしない言葉について駄文を書いていること自体喜劇かもしれません。そう、ぼくはいい加減なことしか言えません。・・・・・自分自身が少しでも自由でありたいと思うならいい加減になるしかないように思います;

○ 華奢な割には骨太な感じの川端さんのイラスト


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 ぼくは最近とみに物忘れぽくて困ってるんですよと言いながら実は喜んでる部分もあるわけです。ものを覚えているために、自分の知っている事柄で何かを作ろうとすると新しいものができにくいんですよね。知らなきゃ素人と同じだから、もう一度無の状態から考えるから、新鮮なものができることは確かですよね。その状態に常に置きたいと思っている。それを思い過ぎたために物忘れが激しくなってきたのかもしれない。その場合の物忘れはぼくは歓迎なんですよ。知識とかいうのは結局暗記した言葉だと思うんですよ、小学校の頃を思い出すとわかりますよね。知識はほとんど暗記。大人になっても、覚えている人っていうのはものすごく暗記力の、それは記憶力と言ったらいいのか、その人のこなし方が上手いのかどっちか知らないけれど、そういう感じがするんですよね。そういうものから極力離れたい。
 だから、絵描きさんが文学者よりとは言えないかもしれないがけれど、職業的にはすごく長生きの人が多いような気がするんですよ。ピカソにしてもシャガールにしてもミロにしてもみな90代ですよね。それで毎日絵を描くという労働をしているから長生きしているのか。疲れることは疲れるんだけど、それさえも転換してしまう何か創造的な生命エネルギーみたいなものがある。
考えるということとは別次元の処での、言語で考えるのではなくて、視覚的、感覚的なもので考えるというのか別のところで考えるからでしょうか。

○ かわいらしいルリ子ちゃん
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● 私(増澤)思いますに、やけに色っぽい。 
現実の彼女も厚化粧を除けばやはり ‘ やけに色っぽい ’が、近ごろは具体的過ぎて、もっとミステリアスで悪女ぽい方がいい。 加賀まりこも同じ!

○ 老練なヘンリー・ミラー
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○ 寺山修司のオッチャン
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○ 茶目っ気たっぷりなビートルズの面々
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○ 私(横尾)です
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○ 何だか知らないが、きれいな色使い
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● 天晴! 横尾さん。

模写が好きだった少年が、いつしか人の心の芯まで模写できるようになった。
芸術家 ( 画家 ) としての感性が素晴らしい。  
Posted by masuzawa05 at 06:30Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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