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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2016年07月25日

東急プラザ・銀座

オープンしたばかりの東急プラザ・銀座に行ってきました。

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●数寄屋橋交差点に接しSONYプラザの道路向かいにあります。
設計は日建設計です。
多分こんなに広い敷地を使っての新築はこの地域では久しぶりだと思われます。

◎銀座の新しい風景;

世界中どこにいても、いつでも欲しいものが手に入る今。都心の大規模商業施設において、 「 建築できることは一体何なのか? 」 その答えとして、この場所でしか体験できない価値を生むことをデザインの目的とした。
「 光の器 」 というデザインコンセプトと共に外装のモチーフとなった江戸切子。ここには見た目の美しさや品格だけでなく、伝統と革新が共存する街銀座において、和洋の技術が融合した文化の結晶であり続けるという意図が込められている。
    ( 設計コンセプトより )

●一番の表通りにはBALLYの店舗が占めている。ここではテナントの論理が表に出て、ビルとしての論理が二番手に引っ込んでいる。

丁度BALLYの入口近辺に、導入部としての溜まりの空間が欲しいと私(増澤)は思った。軒先を借りているたかが一企業じゃないか、複合商業ビルの顔である導入空間をここに持ってくるべきである。店舗内部を拝見してみたが交差点に面し落ち着かない、ここでは無くても良かったと思える。

建物への大きな引き込み空間は、新橋寄りの3階へと導く大エスカレーター空間となっている。直線の高低差の多い傾斜は危険でもあるし、エスカレーターゆえに流れに身を任すだけの流動空間で、佇むスペースがないのが惜しい。

向かいにある芦原さん設計のSONYプラザは、屋外の公共空間を数寄屋橋交差点の角の一等地にとってあり、その脇の入口にビルの玄関とエントランスホールがあり、そのスペースには床暖房が施されていて、寒い冬の待ち合わせにも丁度良かったのだ。 ( SONYビルは2017年3月にクローズして、新ビルに生まれ変わるようです。またそこでも公共空間としての顔を見せて欲しいと思っていますが、とりあえず、緑地としておくそうです。 )

そんなビルの性格を表す一番手の論理がここでも欲しいと思ったのだが・・・・。残念と言えば残念である。


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●しかしながら、6階数寄屋橋交差点角にある切子ラウンジはのびやかで、すがすがしい空間で、交差点を見下ろす絶好の位置にあり素晴らしいが、喫茶とオープンな休憩展望空間が半々で、中途半端。

写真を撮る人で込み合い、喫茶が落ち着かない。


●途中階にある、江戸の職人さんたちが立ち上げた、小物と服飾の店舗 ‘ IKIJI  ’ は個人的には気に入った。


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ここで黒皮ケース付き扇子はセンスが良かったので買い求め、BVLGALIの香りを忍ばせて使っている。


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●いつもお世話になっている、知り合いの先輩格の素敵なおじさんに、具合がいいので 
「 父の日のプレゼント 」 とした。
  

Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2016年07月18日

北大路魯山人の美 

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●日月椀;塗り椀を大柄の月と太陽で覆いつくすデザインが素晴らしい。


◎魯山人曰く: 書でも絵でも陶器でも料理でも、結局そこに出現するものは、作者の姿であり、良かれ悪しかれ、自分というものが出てくるのであります。一度このことに思い至ると、例えばどんなことでも、他人任せにはできないものです。

●仰ることはよくわかるんですが、何でも完璧にやってしまうから凄い。










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○椿鉢、赤呉須花入れ

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○銀三彩輪すかし鉢、雲錦鉢

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○織部竹型花入れ、瓢亭食器、京都吉兆食器

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○不二鉢

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●この器よく見ると松原、砂浜、海、空、その先椀の中に不二山を忍ばせ、立体の中に表している。

絵画化してみました。

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●今回は器の展示だったが、自由奔放大胆にして緻密、すべてにわたり美しく素晴らしい。
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2016年07月11日

 民藝とは何か

ずっと長いこと気になっていたことが三つある。

一、民藝とは何か

一、柳 宗悦(むねよし)さん とは

一、日本民藝館とは


お名前だけは存じ上げていましたが、柳さんの同名の本を読み、東京に在る日本民藝館に出かけた。

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◎一般民衆の日常の用具、すなわち私が 「 民藝 」 “ Folk−craft ” と呼ぶものが美の領域において重要な意義を齎(もたら)す。民藝は民衆のために民衆の手で作られる日々の用具なのです。いわば生活と切っても離れぬ存在なのです。かかるものは普通の品であり、数も多く価も安いために、今日まで卑賤なものとしてその価値を深く省みる人がありませんでした。
 ですが日常の用品だというこの性質に積極的な意義がないでしょうか。その質素な謙虚な性質の価値は見直されていいのです。
( folk: 人々、家族、みなさん、国民、民族、種族 )


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●柳さんの私邸、西館の坪庭の景色です。

◎ 宗教においてこの真理は早くから説かれていました。イエスは知識に誇るパリサイ人よりも無学な漁師や農夫に好んで話しかけました。または謙遜深い女達を相手にしました。また金持ちよりも嬰児(えいじ)の方がいかに天国に入りやすいかを説きました。あの聖フランチェスコは貧の徳を何よりも尊びました。仏教においても無心なる者の深さが説かれました。真理は美の世界においても変わるところはありません。民藝は器物の領域において質素なもの謙虚なもの無心なものを代表します。
私は何も特殊な見方で美を論じているのではなく、多くの優れた宗教家達が体験したことを美の領域で説こうとしているのです。不思議ですが人類は幾つも宗教的聖典を有(も)っているにかかわらず、美の聖書は未だ一冊も書かれたことがありません。多くの人がこれがために美の目標を見失っているのではないでしょうか。

○民藝の美の特質は

一、実用性、美が用途と結合していること
二、実用品であり、常に大量に作られ廉価である
三、極端な異常なものではなく、平常性を有している
四、美しさの特色は健康性である
五、単純性、質素簡単なものである
六、美術品は作者の名を誇らない


○最後に、民藝品の最も重要な特色は国民性である。民藝は直ちにその国民の生活を反映するのですから、ここに国民性がもっとも鮮やかに示されてくる。

●私(増澤)思いますに、

我々がこれから日本の美として目指さなければならない旅館の在りようは、 
‘ 宿り ’ の形としてのハードとソフトは華美に走らず、質実剛健、用の美を秘めた骨太の粋である現代民藝の精神に辿り着くのは必然であろう。 
“ 美しさ ” とは何か、健康的で美しい「 用の美 」 を秘めた具体的なデザインは無限にある。と、思っています。

さあ、 我が民族の旅を始めよう!
  
Posted by masuzawa05 at 08:36Comments(0)

2016年07月04日

 つれづれなるままに・その7


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○かつて作家の村上龍氏が、自分が英語を学ぶ動機について、「 アメリカ軍による日本への原子爆弾投下による市民の大量殺戮をアメリカ人に対して、正々堂々と英語で文句を言いたい 」 というコメントがあったのを、納得して深く記憶している。


●それを受けて、私(増澤)、常々おかしいと思っていたのだが、百田さんがもっともな事を言っている。

○百田尚樹さんが近著 「 大放言 」 という本の中で 
『 原爆慰霊碑の碑文を書き直せ 』 と “ 炎上覚悟 ” で怒っている。

主語のない不思議な文章;

広島には 「 原爆死没者慰霊碑 」 と呼ばれているものがある( 正式名称「広島平和都市記念碑」)これはアメリカが投下した原爆によって命を奪われた人々を慰霊する目的で作られたものだ
その石碑には、原爆で命を失った方々に向けてこういう文章が彫られている。

「 安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから 」

昔から言われていることだが、碑文の後半部分は実に奇妙な文章だ。まず主語がないが、それ自体は日本語には珍しいことではない。おそらく主語は 「 われわれ日本人 」 だろう。つまり「 過ちは繰返しませぬから 」 という文章は、普通に読めば、われわれ日本人が広島の犠牲者に謝罪している文章と読める。
なぜ、私たちが謝っているのか?

実はこの文章は、戦後の “ 自虐思想 ” にたっぷりと染まっている。
戦後、日本を七年間にわたって占領した占領軍司令部(GHQ)は、日本人に徹底した自虐思想を植え付けた。これは 「 ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム 」 (WGIP)と呼ばれているもので、簡単に言うと、 「 何もかもお前たちが悪かったんだ 」 という意識を日本人に植え付けたのだ。

⦅ ● 実際、私(増澤)の友人にも 「 日本人はひどかったから当然だ 」 という認識の人がいるのも事実だ。いろんな考えがあってもいいんだが・・・? ⦆

この教育は完全に成功した。一つの思想をわずか七年でここまで見事に蔓延させることができたアメリカの政策はすごいと言わざるを得ない。そのせいで日本人は米軍が犯したおぞましいばかりの戦争犯罪を糾弾することも忘れてしまった。一夜にして10万人を超える一般市民を虐殺した東京大空襲をはじめとする各都市の無差別絨毯爆撃、さらに広島と長崎における原爆投下にも、抗議の声を上げることさえしなくなった。
それどころか、そうした悲劇はすべて 「 暴走した日本の軍隊のせいだ 」 考える思考回路ができ上がってしまった。わかりやすく言えば、 「 日本が戦争さえしなければ、東京大空襲も原爆もなかった。つまり、そうした悲劇を引き起こしたのは、もとはといえば自分たちのせいである 」 という考え方をするようになったのだ。


●私(増澤)思いますに、何をかいわんやである。戦後初めてアメリカの大統領が5月、広島を訪れた。今からでも遅くないから碑文は書き直すべきである。
「 原爆投下が終戦を早め、無駄な血を流さずに済んだ 」 、 「 パールハーバーはどうなんだ 」 パールハーバーは軍港を襲撃したんであって、一般市民を巻き込んではいない。
ことほど左様に、国が違うと考え方が違うというが、そんなのはこじつけだと思う。

●ついでに、村上さんの高尚な動機とは大分違うのだが、私が英語を学んでいるのは将来ハワイでロングステイをするときに、日常会話に困らないようにという、ごくごくささやかでプライベートな理由です。
あえて言わしてもらえば、ボケた頭のショック療法として、知的に恥をかくということでしょうか。


○PPPとは;

倉本さんのエッセイ(富良野風話)を読んでいてふと首をかしげた。TPPは先般可決したが、・・・・・PPP?
ピンピンポックリの略なんだそうだ。即ち前日までピンピンしている。それが突然ポックリと逝く。ほとんど苦しまずにポックリ逝っちゃう、こういう生き方こういう死に方が実は一番幸せなのではないか。ところが近頃は医学が進歩し、延命手段はいくらでもある。煙草を止めて健康になった分、意識はなくても肉体は元気である。
ある老人の話を思い出す。老人は先年妻を亡くした。妻は前日までピンピンしていた。それが突然ばったりと逝った。呆然たる老人は愛する者の遺体にポツリ一言呟いたそうである。
「 うまくやったな 」

●私PPKと記憶していたのだが・・・そう、ピンピンコロリンと!?
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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