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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2015年06月29日

カエルの話

日経の春秋にカエルの話が出ていた。
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インドネシアの熱帯雨林で、卵ではなくオタマジャクシを産むカエルが見つかった。と言う話。科学者が撮った写真を見ると、たしかにヌルリと産み落としている。世にも不思議な珍種と思いきや、カエルの世界には、オタマジャクシどころか子ガエルを産む種類までいるそうだ。
 環境に適応する苦肉の策か。新たに現れた外敵から子を守る企てなのか。生き残りをかけ、自らの身体まで改造するカエルたち。その進化への執念は半端ではない。一匹の生涯だけを見ても、卵から幼生へ。やがて手足が生え生体へと刻々と姿を変える。生命とはこれほど自由であってよいのかと、空恐ろしい気すらする。

 社長室でカエルを飼っている経営者がいるという。大手企業の社長なのだが、面白い趣味だと思い聞いてみると、 「 組織が変わらないということは、死を意味しますから 」 と真顔になった。変化に富む精神を忘れず、大胆にリストラを続けるために机の上にカエルの飼育槽をデンと置いてある。


●私(増澤)、変わらなければとの思いから最近こんな本を買って読んでみた。

「 世界の大富豪2000人がこっそり教えてくれた、3週間で人生を変える法 」

その中の5つ!

 「君の夢は、いったい何だい?お金だけで人は幸せにはなれないよ」
 「自分が本当に望むものを見分けるんだ」
 「嫌いなことなんてやっていて、成功できるわけがないない」
 「成功者のアドバイスを、素直に聞き入れなさい」
 「昨日と同じことをやり続けても、明日は何もかわらないよ」etc.

 ・・・・・That’s right!    その通り! 「 不易流行と言う言葉もある 」。


●表題のイラストにまつわる話だが、今から50年も前の高校時代、学校帰りに学ランの襟を内側に折り込んで、背広風に装い、パチプロのように稼ぐ面白い友達がいた。店の方も学生服には見えない努力をさせて入店を許していたのだろう!?。不良仲間だが、未だ全自動のマシンが無かった頃、球を指送りする機械の頃だ。あまりの素晴らしい指さばきに私(増澤)指南を乞うたこともあった。
彼が社会人になってからのことだが、真夜中に飲酒運転で川に車ごと突っ込み、車が来たので土手に這い上がり、たのむからおまわりには言わないでくれ、と喋った相手がおまわりさんだったという笑い話のような本当の話。

私の結婚披露宴に出席し、祝辞で当時流行っていた漫画から、私のことを 「 増澤はカエルはカエルでも、ど根性ガエル 」 と言い、その場が爆笑の渦となった。

「 カエルの話 」 のついでに50歳ぐらいで早世した友を懐かしく思い出す。
  

Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2015年06月22日

私の目指す庭畑

 Kitchen Garden (家庭菜園) Gardening(造園、園芸) Vegetable Garden(菜園)

 庭畑と書いた(庭もある小さい畑)。

以前イギリス人先生からキッチンガーデンと聞いていたのだが、今度のシェーンの先生はベジタブルガーデンと言う。
自宅近く、私が今耕している海の見える小高い丘(?)にある川沿いの140坪ほどの土地は、一体何と呼べばいいのだろうかとの思いからだ。
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 元々あった甘夏畑の一画を畑とし、駐車場を(3台分)整備し、水道も引いた。道路より一段(約2M程)高い畑に至る階段の角に、土地を得て直ぐ一本の枝垂れ桜を植えた。20年程前のことである。春に美しい花を咲かす桜は、土地購入直前に交通事故死した父が、生きていれば喜んで毎日庭いじりや畑仕事をしたであろうとの思いからである。
ここに、古希を目前にして10坪ほどの極小な “ 閑居 ” を建て、デザイン事務所とし、散策や・川遊びや・磯や浜での釣りや、野菜作りや、和花の庭をなし、たまにはゴルフや旅をして、晴耕雨読、ゴロゴロ、ウダウダすごしたいと思っている。
風流なことに、台風等の大雨で川内の淀みが流されない年は、脇を流れる烏川は初夏に蛍が舞う。なかなかいいもんで、愉しみにしている。

●或るガーデニングの本の一隅にこんな素敵な文章を見つけた。

◎庭づくりをする人たち;

 人間の行動のなかで、子どもを産むことは別として、庭作りがいちばん楽天的で、希望にあふれたものです。庭づくりをする人は計画的で、少し先のことでもずっと先のことでも、将来を信じ確信している人なのです。インゲン、エンドウマメ、リンゴ、プラム、バラ、ボタン・・・いろいろな植物の種を蒔いたり、植えつけたり、接ぎ木をしたり、ふやしたりするのは、将来に対して積極的な賭けをするということです。これからまだ何週間も、何か月も、何年もあるのだと宣言するようなものです。50年や100年以上もかかる苗木を植える人にいたっては、楽天的なばかりか、次の世代にとっての恩人でもあります。
 いつも戦争のことを考え、それを予想してこわがっている人、人類と地球の終末を思う人、魂がしぼみ、時代の困難や脅威に打ちひしがれている人、希望も慰めもないと思い、新しい夜明けのかすかな光も見ようとしない人。そんな人には、庭づくりをおすすめします。庭づくりをすると、勇敢で大胆に、やさしく冷酷に、きちょうめんででたらめに、おだやかで忍耐強くなることを、順ぐりに覚えていきます。何よりも今日という日を満喫し、明日に希望を持つことを覚えるのです。


● 晴耕雨読という言葉は知っていましたが、畑仕事をする様になって、農業用語でこんな言葉が有るのを知りました。

○五風十雨; 5日に一度風が吹き、10日に一度雨が降ること。転じて、風雨その時を得て、農作上好都合で、天下の太平なこと。

そして、

○予定や目標にとらわれると、
ほかが見えなくなる
ときには、
その日の風まかせにする。

●ここでの作業は私だけの世界、時にはそんな自由度が有っていい。そして畑仕事は身体の健康と魂の自由を保障してくれる。
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2015年06月15日

下世話(げせわ)の作法(さほう)

ビートたけしの表題の文庫本を読んだ。
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●私(増澤)、この人の優しさは何だろうと思っていて、今回解かったような気がした。


◎品; 品のある人は分相応の生き方を知っている。


○「 礼 」がなくなって日本人は下品になった

 日本は柔道を外国に売り渡しちゃったからいけないんだと思うけど、やっぱり日本の武道とか伝統的なことを考えりゃ、外国式のリアクションは慎むべきだよ。ジャパニーズのかっこよさとは、自分の喜怒哀楽をあまり表に出さないで、つねに相手を気遣うところにあるんだから。柔道も剣道も 「 礼に始り礼に終わる 」 のが基本なんだろう。それは相手を思いやる謙虚な気持ちを持ちなさいってことじゃないの。

●軍鶏(しゃも)の喧嘩ではあるまいし、組み合うこともせず、勝ちに走る今の国際柔道は醜い。武道は心と体の芸術である。かくなる上は脱退して、日本柔道を邁進するべきである。


○ごはんは黙って食べよう

 どうも最近の日本人は下品になって、人前で飯がうまい、まずいと大きな声で平気で言う。それに、その飯がいかにうまいかを言うことが仕事になったりする。そんな下品な話がどこにあるんだ。
 うまいものはうまい。食ったやつがそう思ってればいい。日本人なら飯を食ったときに、うまい、まずいとは感じても無口であるべきで、食い物はしょせん殺生(せっしょう)したものなんだから、もともと飯を食うことに罪の意識がなきゃおかしいんじゃねーか。だから黙って食えって。


◎粋; 本当のかっこよさは気の使い方に現れる


○「 粋(いき) 」 は、どこから来るのか

 俺なりに言うと、「 粋 」 っていうのは 「 常識をわきまえたうえでの、もうひとつ上の生き方 」 なの。それにはまたいろんな意味があるんだけども、まずは他人(ひと)に気を遣えることが大事になってくるんじゃないかと思ってる。気遣いができる人って、すごくかっこいいじゃない。

 簡単な挨拶がきちんとできるかどうか

 そして、気遣いを押しつけないこと


○老醜とは、おいてからの話ではない

 いろんな意味で、若い時代からの準備が足りないと、歳とった時にオロオロしちゃう。自分は歳をとったんだなという現実に気づいて、初めて愕然とする。日本語の 「 老醜 」 って、そういうことを表してるんじゃないかな。品のいい年寄りには余裕みたいなものがある。醜い歳のとり方がどこから始るかっていうと、中年からなんだね。中年のなれの果てがじじいやばばあなわけで、中年の時どう動いたかで、その人の品も決まる。巷には見るに耐えない中年が、うじゃうじゃいるじゃない。図々しいおじさんとかおばさんの、とんでもなく下品なやつが。絶対にろくなじじいやばばあにならないと思うよ。まわりに気を遣っていないし、自分に気を遣っていないから。

●萩原朔太郎のことばにこんなものがある:

老いについて

人が年老いていくことを誰が成長と考えるか。

老いは成長でもなく退歩でもない。

ただ、変化である。

若い時代といかに変化して見せるか、それが老いていくことの楽しみである。



◎作法; サルがパンツを穿いた瞬間から作法が始った


○「 ちゃんと 」 すること

 若い時に連れてってもらった料理屋で、俺はずいぶん得をした。料理屋に入って座敷に上がろうとしたら、下足のところが脱ぎっぱなしの靴でいっぱいになっている。だから俺はいちいち揃えたのね。そしたら変なヤクザが俺を見ていて 「 おい若(わけ)えの、ちゃんとしてるじゃねえか 」 とか言って小遣いをくれた。そんなことが何回かある。
 下足を揃えるとか、基本的で伝統的な作法っていうのは、社会としてみんながちゃんと生活するためにできている振る舞いだから、実に無駄がないんだ。


○「 恥の文化 」はどこへ行ったんだ

 日本は 「 恥の文化 」 で西洋は 「 罪の文化 」 だと書いた本があった。西洋の人には良心というか、神に対する罪の意識みたいなものが根っこにあって、これが日本人だと他人に恥をかかせないとか、他人から恥ずかしいと思われるようなことをしない、要するに 「 恥 」 が基準になるというね。そう言われれば、なるほどなって思う。
 武士が名誉を傷つけられて果し合いを申し込んだり、戦争中でも捕虜になって辱めを受けるぐらいならって兵隊が自決を選んだり、日本人は昔から命がけで自分の体面を気にしてきた。でも今はどうなんだろう。恥の文化が残ってる片一方で、恥だと分かってても開き直るのと、恥を恥と気がつかないやつの二つが新しいタイプで出てきたんじゃないか。



●私(増澤)思いますに、仕事上のことですが、交渉術としてお互いの立場をはっきりさせるが為に、いきなり本論に斬りこんでくる人がいる。仕事の関係とはいえ、不躾(ぶしつけ)過ぎて嫌いだ。自分勝手な都合ではなく、もうちょっと相手の立場を慮(おもんばか)って話を進めたらいいのにと思う。相手のことを思いやる気持ちが大切である。
●「 疑う余地のない正しい意見は、人から疑う能力を奪いかねないから眉唾なのだ・・・・」
という考えがある。それもまた然りと思うのだが・・・。

いずれにしてもこの男 私と同い年 ( 彼は早生まれで学年では一級上 ) としては
なかなか “ 深い ”!
  
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2015年06月08日

ウィレム・デ・クーニング展

ブリヂストン美術館にクーニングを見に行った。
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◎Willem de Kooning は、優れたデッサン力をもとに、強烈な色彩と暴力的とも思われる激しい筆触、大胆な賦彩で描いた女性像のシリーズで知られる。抽象表現主義の草分け的存在、あるいはアクション・ペインターと目される一方で、画面の全面性や色面というよりも、伝統を意識し、かつ新しい女性というモチーフに関心を持ち続けた点に特異性を見出すことができる。
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●美しい色だ。

○マリリン・モンローの習作
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○ふたりの女
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○リーグ
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○女
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○頭部
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○茶色の髪の女、歌う女、水の中の女、青い眼の女、ふたりの女、風景の中の女
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○無題
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○二人の人物
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○記号の女
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○水
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●改めて思う。このひとの絵を見ていると、全体に溢れる溌剌とした生気の表現に心が明るくなる。多分色使いのせいだろう。


●近頃読んだ、墨絵を使った美術家の篠田桃紅さんの著作 「 103歳になってわかったこと 」 の中に、ニューヨーク滞在中に、彼女の絵がクーニングさんの絵とともに、メトロポリタン美術館の別館のクロイスター美術館に保管されているとの話が載っていて、墨を使った抽象と、強烈な色彩を使った抽象のクーニングを思うと、アクション・ペインティングの草分けとしての二人の絵を所持するロックフェラー家の審美眼に、なるほどとニンマリ!

私(増澤)、篠田さんの墨絵が好きで仙台秋保のニュー水戸屋さんのEVホールに、飾ってある。懐かしく思い出す。  
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2015年06月01日

日本の色

 日経のアート・レヴューにこんな記事が出ていた。

 古来、自然の素材を染料にして繊細な色彩文化を築いてきた日本人。
営みの始まりは太陽の光だ。和の色は四季が移り変わる列島という大地ではぐくまれた、まさに日本の色だった。
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 赤はご来光などの 「 あかし(明るい) 」 と同じ語源から生まれたという。

 白は、景色がはっきり顕著になる 「 顕(しる)し 」

 青は、薄暗がりの 「 淡し 」

 黒は、「 暗し 」 と同じ語源から生まれたとみている。

 この4色は、他の 「 茶色い 」 などのように後ろに 「 ・・・色 」 と付けなくても成り立つので古い大和言葉だとされる。
 4色だからそれぞれの色に現代より広範囲の色彩が含まれていただろうと共立女子大学の名誉教授の城一夫さんは話す。

赤には現代人が見る黄色も、青には緑色も入っていたと考えられる。飛鳥時代以降、万物は5要素から成ると説く 「 陰陽五行説 」 が伝来し、現代でいう黄色を加えた5色が日本の原色となった。

自然素材の生地のうち一番多くの色に染まりやすかったのは絹のようだ。平安の王侯貴族をはじめ、権力と富を誇った人々はこの高価な布を利用し、美しい自然の色をまとった。
 麻などの簡素な生地しか入手できなかった一般の人々は藍色のように素朴な色に身を包んだ。彼らは、権力者たちが建造する仏教寺院や仏像が極彩色に輝くさまを見て、度肝を抜かれただろう。
江戸時代に木綿が出回るようになると町人たちも多彩な色柄の服を着るようになる。権力者がまとう紫などは、まねしてはいけない 「 禁色(きんじき) 」 とされ、派手な色を禁じるお触れも盛んに出たが 「 微妙に異なる色を使うなどして、したたかに色彩を楽しんだ 」

●かく言う私(増澤)、ずっと “ 黄色 ” が大好きで、先日も黄色のシャツを着て旅をしたら、ツアー仲間の女性からからお似合いですねと褒められた。

彼女曰く、黄色はお金がたまる色なんだそうで、美輪明宏さんが髪の毛を黄色に染めているのはそのせいだとのこと。
今年2015年はの流行色は黄色だそうです。

そのわりにはお金が出ていくだけで貯まらない・・・どうしたものか。
  
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心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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