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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2015年03月31日

1%の力・・・その2

医師・鎌田實さんの本を読んだ。

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● 唐突ではあるが本題とは別に、私(増澤)去年2014年、かけがえのない人を二人亡くした。

一人は小泉室内装飾の小泉利郎さん。ジュウタン屋の小泉さんと呼んでいた。会社の経営で困ったときには、必ずお会いして酒を飲みながら私のつまらない愚痴を聞いてもらった。
75歳で亡くなられたが、“ 死者は生者を煩わす無かれ ”と遺言し、誰も呼ばず家族葬で最期を仕切った。あっぱれで、小泉さんらしい幕引きであった。
そんな訳で後日、新盆にお線香をお送りしたところ奥さんからの返礼に、 「 小泉は80歳ぐらいまで生きて、増澤さんと一緒に飲みたかったと言っていました 」 との電話をいただき、ありがたさに涙がこぼれた。

もう一人は玄庭園の社長鈴木直衛です。うちの仕事の造園は殆んど彼にやってもらっていた。韮山高校の空手道部の二年後輩で、国立大学(山形大学)出身の庭師だった。私がいつも仕事上標榜している 「 金(かね)に負けるな好奇心 」 を地で行くように、予算はあるものの、やるべき仕事はきちんとこなした。
モダンな造形物を自然の中に嵌め込むのが好きな直衛と、あくまでも自然にという私との庭を巡る葛藤の二十数年でした。庭に付加価値をつけるとの直衛の思いと、素直な庭が建築空間に付加価値を生むと私が考える、その違いだろうか。
枕花を供えた床脇で無常さと残念な思いに涙が溢れ、放心し、青春の終わりを感じた。寿命が延びている今どき、65歳は若すぎた。


 谷川俊太郎さんの詩に 「 そのあと 」 というのがある
 
 そのあとがある
 大切なひとを失ったあと
 もうあとはないと思ったあと
 すべてが終わったと知ったあとにも
終わらないそのあとがある

 そのあとは一筋に
 霧の中に消えている
 そのあとは限りなく
 青くひろがっている

 そのあとがある
 世界に そして
 ひとりひとりの心に


 ここからが本題である。

◎ため息をつく(鎌田さんの本文中より);

 ため息をつくと肺の中にいっぱい空気が入ってきて、深くていい呼吸になります。副交感神経が刺激されるのです。日本はストレス社会で交感神経過緊張になりやすい。
 生き方上手の人は、副交感神経を一日に何回か刺激しています。

 副交感神経が刺激されると、心が落ち着いてきます。怒りも収まってきます。血管は拡張して、循環がよくなり、血圧が下がり、リンパ球が増えます。免疫力もあがります。生きる力になるのです。ナチュラルキラー細胞が増えて、がんにもなりにくくなります。
 生きていると、ピンチに立たされることがあります。そんな時、深呼吸してみる。息をいっぱい吸って全部吐き出してみる。嫌な気持ちを全部吐き出してしまうのです。空気が変わり始める。次に息を吸ったとき、なんとかなる、と思えてくるのです。体と心はつながっている。

深呼吸でもため息でもいい。どちらも状況を変えるきっかけになります。体のリセットの仕方を覚えれば、心のリフレッシュは簡単。


● 1%の話に戻り、例えば自己中心的な私でも一応基本を100だとすれば、1%足すと101%となる。その積み重ねが大切なのだろう。
  

Posted by masuzawa05 at 13:45Comments(0)

2015年03月23日

1%の力・・・その1

 鎌田實さんの本を読んだ。
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● 私(増澤)齢67歳、昨年会社の役員を辞任し、ただの相談役を兼ねた会長という初老の男として、来し方往く末を慮る(おもんばかる)時間が有り余るほどできた。

そんな折、「 1%は誰かのために生きなさい 」 と言う天の声が聞こえたような気がした。
大病もせずに、わがまま勝手に生きてきて今がある。大きく延びをして見上げる空は雲一つない青空だ。柄にもなく多くの人に感謝してこれを書いている。


◎何十%も生き方を変えるのは簡単ではない(本文中より);

 愚痴や、泣き言や、恨み言を言うのではなく、あるがままを認めながら、感謝しながら生きていけるようになりたいと思ってきました。

 1%でも生活の仕方を変えるとラクになることを何度も経験してきました。

 1億円以上の赤字が2期続いた。累積赤字もたくさん残っている。そんな時、院長を引き受けました。やったことはたった2つ。朝早く病院の玄関に出て、患者さんを迎え「 おはようございます 」 と挨拶をしました。僕を含めた幹部の手当てを1%カットしました。これで院内の空気も、地域の人々の見方もいっきに変わり、赤字もすべて解消しました。1%がミソです。みんながオーッと思っただけ。やったことはたいしたことではなかったのです。

 身につけてしまった自分の考え方を何十%も変えるのは簡単にはできません。1%なら、できるような気にさせてくれます。この感覚が大事なのです。


● 自己中心的な私でも、1%ならできるかもしれない。
  
Posted by masuzawa05 at 09:00Comments(0)

2015年03月17日

渚亭・たろう庵

 岩手県宮古市 田老に在る旅館です。

● 2011年3月11日東日本を襲った大震災で、大津波が田老漁港を襲い完璧といわれた大堤防を黒い濁流が乗り越え、破壊し、町を流し去りました。

ここでたろう観光ホテルを経営していたのですが、鉄骨造6階建ての建物は4階迄津波に浸かり、最上階6階に避難し、窓から津波の様子を撮影していたオーナーは、撮影中あまりの凄さに気を失い倒れ、気がついたら周りはガレキの山だったそうです。その映像を見せていただきましたが、ただただ沈黙してしまいました。壮絶で自然の驚異・残酷さを感じざるを得なかったです。
鉄骨ALC造りで、ALCが剥離し流されたので奇跡的にフレームが残り、建物は倒壊を免れたというのが真相でしょう。被災建物は記念館として市が買い取り、保存するそうです。
no title





● 命あってのものだね、旅館を再開すべくいろいろの人の意見やアドバイスを聞く中で、私どもの事務所に相談にこられました。四の五の言わずに旅館の再開に向けてお手伝いをさせていただくべく計画が始まりました。
オーナーは私の所属する公益社団法人・国際観光施設協会の人々にいろいろご指導を受けていたそうで、それ故に、事務所として個人的な仕事をすることになったことに、多少の逡巡がありましたが、あまたの意見・指導より具体的な一歩、何よりも再開が先だとの思いから、仕事をさせていただきました。
私(増澤)個人の見解としては、建物が出来上がるまでは施設協会の旅館分科会にはけじめとして欠席することとしました。・・・そのまま現在に至っております。

● 今回竣工検査で訪れた。海の見える小高い丘の上にある “ 渚亭・たろう庵 ” は眼下に三陸海岸の絶景を望み、絶対に津波の被害は受けないだろう位置にあります。
ともかく海が透明でキラキラとして美しく、伊豆の海にはない輝きがあり、リアス式海岸は海水浴というよりも海産物を育む宝庫という感じです。

被災した田老港の在る海辺の平地には、ポツンと震災遺構として、6階建ての太郎観光ホテル一軒が聳え立ち、大手ゼネコンによる復興工事が始まったばかりでした。
どういうまちづくりがなされるのか!? 大津波の後、 「 復興の為の宿はどうあるべきか 」 そんな問い掛けが聞こえてくるようですが、もともとまちなかに無くてもいいタイプの建物であり、人に迷惑をかけなければ単独で考えていいと割り切れます。
宿はまちはずれにあり、風光明媚な海を望み、自然の中に溶け込んでいます。それでいいと思うのですが・・・如何でしょうか。
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○ 玄関の門です
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○ 場所を替え新築した建物は、鉄骨4階建てと、木造2階立てと、平屋の三棟からなっています。
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○ 建物の見取り図です。帳場の裏に小会議室のような空間があり、其処で大津波の猛威を映像で見ることが出来ます。
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● 渚亭 たろう庵 によせて: 命名をお手伝いさせていただきました。


○“ たろう ” は日本人の名前、日本の旅館、みちのくの宿。
リアス式海岸の続く豊穣な海は海産物の宝庫、魚、アワビ、サザエ、ウニ、コンブ、ワカメ。日本の美味を称(たた)えるふるさとの波涛の調べ。

○長屋門 ‘ 訪(おとず)れ ’ 来(きた)る人に出会いを、さり行(ゆ)く人に幸せを。

○たろう は日本の名前
長男は太郎、二男は次郎、三男は三郎。

○本館二階建て玄関棟は ‘ たろうの庵 ’、
四階建てお風呂のある天望棟は ‘ じろうの庵 ’、
平屋の離れは ‘ さぶろうの庵 ’。
三人兄弟、性格の違うそれぞれの設えで、仲良く気さくに宿を支えます。

○ロビーラウンジ ‘ 飛翔(ひしょう) ’ は暖炉を囲み和気藹々、震災を乗り越えて未来へと羽ばたく決意。

○食事処は ‘ 松籟 ’ 粋な松葉のざわめきと緑のそよぎ。

○天望露天風呂は ‘ しぶき ’ 眺望千里、飛沫(しぶき)舞う天空の湯殿。


ここには悲しみを乗り越えてひたむきに前進する “ 日本 ” がある。
自力で歩き始めた決意がある。

当社も仕事として、復興に参画できたことを誇らしく思います。
東北新幹線盛岡駅から車で二時間弱、一部三菱商事さん等、民間企業の支援活動も受け、四月から営業ですが、復興へ向け歩き始めた宿に実際に泊まり、みちのくの宿として景観・施設・料理・サービスを堪能して欲しいと思います。千客万来、是非とも商売が成功してほしいと思っています。 “ たろう庵 ” をよろしくお願いいたします。



○ 風光明媚な宮古周辺、浄土ヶ浜の絶景です。
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Posted by masuzawa05 at 15:33Comments(0)

2015年03月09日

まちづくり研究会(2014・冬会)

 私の所属する国際観光施設協会の第15回観光交流空間まちづくり研究会が2014年12月に行われた。
 今、大手町は連鎖型都市再生プロジェクトがスタートしている。有楽町・銀座から東京駅、大手町を経由して神田まで繋がる高級ファッションブランド等の路面店を誘致し、風格あるショッピングエリアとして魅力を高めている。

● 東京ということもあろうが、大企業や、大地主、ビルのオーナーがやる都市再開発はダイナミックで力がある。それは資金投入に見合ったリターンが有るからに他ならない。それに比べ地方のまちづくりや、再開発は資金力からいって遅々としている。リターンが少ないからだろう。出来る事と言えば、自然を残しながらのまち並み保存・管理・再生をしてゆく以外にないのだろう。
資金面では予算がないので、労力を提供することでその地域の特色の維持・保全が計れればよしとするとして、極力あるがままの自然を残すことに尽きるような気がする。あるがままの自然とは伝統的なあるがままの “ 日本 ” を残すことで、通りに面した個人の敷地の一画をパブリックとして捉え、修景してゆくことに他ならない。

 有楽町の 「 ぺニンシェラ 」 から、「 パレスホテル 」、大手町タワーにはラグジュアリーホテルの 「 アマン東京 」、 温泉を備える高級旅館 「 星のや東京 」、 アスコット社のサービスアパートメントのトップブランド 「 アスコット・ザ・レジデンス 」 などの宿泊施設が目白押しである。


● 温泉を備える高級旅館 「 星のや東京 」:

ホテルサービスの究極はもてなしである。ピカ一なもてなしの国日本、その東京の高層ビルに高級日本旅館を作らないという手はない。皇紀2,600年、伝統と格式の皇居を臨む豊かな緑と石垣に囲まれたこの地に敵(かな)う都市が、世界を見渡してどこに在ろう!?

世界中の大都会 (パリ、ロンドン、ニューヨーク、北京、東京、名古屋、大阪) の高層ビルに、とびっきりの高級和風日本旅館を作る。西洋流のホテルではなく、素足で過ごす佇まいがいい。日本旅館が世界のブランドとして認知されてきているこれからがチャンスである。
高層オフィースビルの中の何フロアーかを旅館にするのではなく。外観等、最初から日本を感じさせる宿でなければならない。和食は小粋で高層な和の宿で。

かつて、石井建築事務所は大風呂のある、 「 素足でくつろげるホテルを都心に 」と何度も提案したのだが、都市型ホテルからは梨の礫(つぶて)であった。・・・・・ホテル・旅館にとっても、これから大切なことは “ Diversity(多様性) ” である。

夢のある企画書で投資家を世界から募れば・・・出来る。

どうやら、問い掛け先を間違っていたようだ。ホテルではなく旅館さんに問い掛けるべきであった。・・・・・旅館サイドからの反撃が始まる予感がする。巻き返しと踏んばりで一矢報いる、貴方もいかがでしょうか。


◎ RE・DEVELOPMENT MAP; 「三菱地所設計さんのまちづくりガイドライン」です。
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○ 丸の内ホテルの在るOAZの1階です。オアゾの5階に私の好きな小松庵という蕎麦屋が在って、お昼にそこで絶品の小せいろ二枚と、サービスの卵あんかけご飯(無料)の小鉢を頼み、最後におなかの隙間を蕎麦湯で満たすのが私の贅沢です。

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○ 大手町のど真ん中に雑木林があります。無機的な都会に有機的な安らぎをかんじます。思いっきりのいい、太っ腹の庭です。
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○ かんだばし から先はもう神田です
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○ オフィースビルのホールから見る皇居の緑です。

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○ 平将門の塚です。首塚の境内には所狭しと、多数の蛙が奉納されている。将門の首級(しゅきゅう)が京から飛んで帰ったことから、必ず 「 帰る(カエル) 」 にひっかけて置かれるようになったとのこと。三井物産本社の脇にあります。

一、 海外勤務を終えたビジネスマンが、帰国を報告して手を合わせる姿が目につくようになった。
二、 誘拐されたりして、行方不明になった子供が無事戻ってこられるように、蛙を供える。
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○ パレスサイド・ホテルです。長方形の手水鉢は流政之さんの作です。
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○ 東京駅も含めて古い建物も保存されています。
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○ 三菱一号館美術館の中庭のムーアによる女性像です
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○ 丸ビル内に在るグリル満天星の自慢のオムレツランチです。安くて旨い。
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● 全体会議の写真です。
今回特に面白いと思ったのはホテルに混じって高層ビル状の建物に 「 星のや 」 という細長いペンシル状の日本旅館ができるということでした。我々の仕事の範囲が大きく花開くきっかけになるでしょう。
司会者から意見を求められたので、講師の三菱地所設計の部長さんに、素直に 「 喜ばしい事です 」 と誇らしげに申し上げました。

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Posted by masuzawa05 at 09:00Comments(0)

2015年03月02日

千里の風

 千葉県館山市の ‘ いこいの村館山 ’ が たてやま温泉 “ 千里の風 ” として去年12月リニューアルオープンしました。
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 私の住む伊豆半島から眺める房総半島は長く大きく連なっていますが、アクアラインを通り車で千葉を走ってみますと、やはり平地が多く伸びやかで広いのに驚きます。

上の写真は館山の海岸から相模湾越しに見た富士山です。これで温泉がバンバン出ると温泉観光地としてトップランク入りです。

 眺望千里から採ったネーミングですが、改装したお風呂からの眺めは正しく千里です。
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○ 玄関とフロント
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○ ロビーラウンジ
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○ 一部改装した客室です
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○ オープンレセプションの時の地元のハワイアンバンドです
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● いみじくも上記写真のように、このあたりの景色はハワイアンムードなのです。広々として伸びやかで、東京駅から快速バスにてアクアライン経由一時間三十分程で手に入る南国の海浜景色は、お手ごろで将来性が感じられます。

● 今回のように公共施設を買い取って、民間の創意工夫できめ細かな施設に改装し、我が事として、料理とサービスに心砕けば、未来志向の施設として、楽しい “ 旅館スタイル ”を築けること必定です。

● 素朴な伸びやかさのある環境に、今時のセンスティブな空間のひねりを入れて宿を作る・・・スタイリッシュに個性的であれ!

  
Posted by masuzawa05 at 09:00Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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