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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2014年06月30日

ターナー展

 伝統を踏まえ革新的な表現!!

東京上野の東京都美術館にロンドンのテート美術館所有のものを中心としたターナーの大回顧展が開かれた。
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 私にとってのターナーは光、大気、水といったとらえ難い自然の要素を描き、イギリスの霧にかすんだ船の景色というイメージが強かったのだが、どうして、繊細なスケッチに見られる複雑な味わいのタッチが多いのに驚いた。黒く強い描写のものも見られるが、薄味仕上げで、もっとしっかり描いたらどうなんだ! と言いたくなるのだが・・・よくよく見るとしたたかな描写がそこにあった。
 あくなき自然描写の中から、人の感性に訴えかけるものを描きたかったということばに納得させられた一日であった。
それでは、今まで心の奥底に仕舞い込んであったあの霧にかすむ鉛色の海と船のイメージのイギリスの景色は何だったのか・・・・。


1 初期:自画像、オックスフォードの景色、嵐の近づく海景
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2 「 崇高 」の追求: 「トゥイード川と湖」スケッチブック、バターミア湖・にわか    雨、サン・ゴッタルド峠、グリゾン州の雪崩
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3 戦時下の牧歌的風景: 廃墟の脇で水を飲む牛、鉄の値段と肉屋の〜田舎の鍛冶屋、ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船、リッチモンドヒル
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4 イタリア: パラティーノの丘よりカラカラ浴場を望む、ナポリ、チャイルド・ハロルドの巡礼、ヴァチカンから望むローマ

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5 英国における新たな平和: 「トラファルガー海戦」のためのスケッチ、スカボロー、座礁した船、ペットワースの庭園の鹿、

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6 色彩と雰囲気をめぐる実験: にわか雨、城、
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7 ヨーロッパ大陸への旅行: ルーアンの帆船、モンブランとル・シェティフ、ジュネーヴ、ルツェルン湖とリギ山
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8 ヴェネツィア: ヴェネツィア・嘆きの橋、ヴェネツィアの月の出、サン・べネデット教会
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9 後期の海景画: トーベイ上陸、海の惨事、日の出
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10 晩年の作品:晩年自画像、海に沈む夕陽、戦争・流刑者とカサ貝、平和―水葬
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● 晩年の自画像がいちばん彼らしいと言われている。
背が低くズングリムックリで鷲鼻の不細工な男との評、冒頭の若かりし頃の正面から見た自画像とは似ても似つかないが、アングルを変えれば想像出来ないわけではない。


● 全体を見終わって、私(増澤)思いますに、心を形に表す、・・・・・正(まさ)しく彼の絵は心象風景と呼ぶ風景画なのだろう。


  

Posted by masuzawa05 at 14:56Comments(0)

2014年06月23日

和ダイニング 「 思いのまま 」

 仙台市秋保のホテルニュー水戸屋さんが中小の宴会場を改装して“和ダイニング”を作りました。 
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◎ 三陸の海の幸、蔵王山ろくの山の幸、そして仙台平野の豊富な野菜に恵まれた食材王国、宮城県仙台市。

●ここは、包丁人たちがおもいのままに味を磨く味舞台です。
我々はゆったりとした和空間で、地産の食材の饗宴に身を任せ、舌鼓をうつのみ。
世界の和食は先ずは日本人が独り占め・・・・、豊かな恵みに感謝です。
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 ○先ずは前菜(旬の山の幸・海の幸)とお造り(鯛の昆布締め、紋甲烏賊の梅肉がけ) が丸の二段重で供されます。

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 ○お吸い鍋(アイナメの吉野葛打ち)
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 ●これからが品数豊富なチョイスが続きます。チョイスが多ければ多いほど、洋レストランのようなフルチョイスに近づきます。和食のお任せの中にお客様の豊富な選択の余地を残す企画はグローバルに羽ばたく日本の宿 ( 旅館 ) の新しい試みでしょう。頼もしくいただきました。

 ○冷菜;

 ・●スモークサーモンと地場野菜の生春巻き
 ・ズワイ蟹のサラダ仕立て
 ・肉厚帆立貝のマリネ
 ・生ハムと旬のベジフル マリアージュ
 ・フルーツトマト 海老と二種のオニオン添え
 ・鯛のカルパッチョ ヴァージンオリーブオイル

 ●私が選んだのは生春巻きです

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 ●ベトナムで食べた生春巻きが思い出されます。味のアクセントとして、なにか日本的な香草が入ればと思いましたが・・・、クレソンでもいいかな・・・芹かな・・・!?
 その辺に一工夫を。


 ○海の恵み;

 ・白身魚のソテー トマトソース彩野菜
 ・鯛のしゃぶしゃぶ
 ・北寄貝の湯引き殻盛
 ・熱々蟹の真蒸揚げ
 ・親方お任せ白身魚の鱶鰭餡かけ
 ・●初鰹のたたき

 ●私が選んだのは初鰹のたたきです。今どきやはり鰹でしょう。
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 ●赤い身と薬味沢山、色どり豊かだから器は無地っぽいものがいい


 ○大地の恵み;

 ・和の調理人が仕込んだビーフシチュー
 ・仙台黒毛和牛のロースト
 ・仙台名物 厚切り牛タン岩塩焼き
 ・●牛サーロイン温野菜添え
 ・牛肉のしゃぶしゃぶ
 ・とろっとろの三元豚角煮 甘酢あんかけ

 ●私が選んだのは牛サーロインの温野菜添えです
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 後はご飯とデザートで締めとなります。

● 和食が世界文化遺産になって、あとは日本の温泉と数奇屋建築が世界の文化遺産になるのを待つばかりです。その為にもわれわれのデザインも進化し続けなければならない。と思う今日この頃です。
( 自然の恵みである温泉がいたるところで湧出する日本、大地と庭と一体になる建築空間で温泉に浸り和食を食べる。世界に誇る日本特有の文化遺産です )

  
Posted by masuzawa05 at 12:55Comments(0)

2014年06月16日

有楽苑と国宝如庵

 有(う)楽(らく)苑(えん)と国宝如(じょ)庵(あん)

 犬山城近くにある、織田信長の実弟で茶の湯の創成期に尾張の国が生んだ大茶匠、織田有楽斎に因んだ庭園と茶室を見学に伺った。

◎ 案内図
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○ 徳源寺唐門
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○ 玄庵中門 ( ● 取次の間の奥先に中庭が見え、透けた空間がいい。こういうあしらいが私は好きだ )
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○ 岩栖門
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○ 有楽椿と竹林
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○ 旧正伝院書院 ( ● 入り口軒先部分の唐破風状小起(むく)りがいい )
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○ 含翠門
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○ 庭園 ( ● 建築家・堀口捨巳監修の庭、さり気ないがえもいわれぬ情感がある )
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○ 弘庵
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○ 萱門
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○ 旧正伝院書院と如庵 ( 右手が如庵 )
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○ 国宝・如庵 ( ● 国宝である如庵の屋根は杮葺、その他は不燃材の屋根 )
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● 路地庭の小宇宙から、おもわず伸びをして大宇宙を見やってしまった!
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● 大地と空、吹き飛びそうな庵の佇まい、緑陰を渡る風、儚げ(はかな)な数奇屋の世界!

  この世の住まいは人の世の仮住まい、わび住い、自然に勝るものなし。一歩引いたその辺の日本人の諦観があっぱれでいい。
  
Posted by masuzawa05 at 13:49Comments(0)

2014年06月09日

動物行動学・その4 「 人里の概念 」

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○ 幻想の標語;

 どの時代にも、人間の社会にはその時代の関心を反映して、いろいろな標語が掲げられる。たとえば、
「 自然と人間の共生 」
「 生態系の調和を乱すな 」
「 自然にやさしい 」 等々、さまざまな商品に用いられていて、セールスポイントにさえなっているようだ。

 これらのことばはわれわれの関心の的である環境問題の解決のためにぜひとも大切な心がまえを示しているようにみえる。
 けれどこれらは、どうやら少々古くさい生態学にもとづいた幻想のように思えてならない。

○ 利己的な遺伝子;

 これはイギリスの動物行動学者のリチャード・ドーキンスさんが創りだしたキャッチフレーズで、自然界の生物たちは、すべて 「 利己的な遺伝子 」 の産物であり、われわれ人間もその例にもれないとする大胆な見方にもとづいている。

 この地球上にはさまざまな生物がいて、それぞれに異なった、それぞれに巧みな生き方をしている。それぞれの種を維持するために、一生懸命生きているのだと、かつては思われていた。
それらの生物たちは、生態系という一つのシステムの中にあって、そこには彼らが皆、ともに生きていけるような調和のしくみがあるのだと考えられてきた。

● 以下、ここからが肝心なところです。

 しかし、ドーキンスが展開した見方は、かつてのこの生物感を根本から覆してしまった。
つまり、生きて殖えていこうとしているのは、種でも個体でもなく、遺伝子なのだというのである。
 それぞれの固体に宿る莫大な数の遺伝子の集団は、自分たちが生き残っていけるように、見事なティームワークを組みながら、その固体をつくり、生かし、成長させていく。そしてその固体を 「 操って 」 子孫をつくらせる。こうして遺伝子は殖えていく。それぞれの固体はこのような遺伝子の 「 企み 」 によって、一生懸命生き、自分自身の子孫をできるだけたくさん後代に残そうと努力する。


○ 問題提起; 

それぞれの種の一つ一つの個体がそうやって自分自身の子孫を増やしていこうとするので、それは当然シェア争いになる。なぜならその種が生きていける条件をそなえた場所は限られているからである。

 だとすると、自然はこのような果てしないシェア争いの場であって、けっして調和のとれた場所ではない。このシェア争いに勝った個体の子孫が殖えていき、その結果として種も存続し、進化も起こる。種の存続、種の維持は、かつて考えられていたように目標であったのではなく、個体同士の競争の 「 結果 」 にすぎないのである。
 同じ種の中でこのような競争がおこっているばかりではない異なる種、異なる動物と植物の間にも、このような競争がたえずおこっている。しかしそこには、強弱の問題や、競争のコストの問題があるから、一定のところで妥協点に達せざるを得ない。この妥協した状態をわれわれが外から見ると、それは一つの 「 調和 」 のようにみえる。われわれはそれを、自然界の調和であり、生態系の調和であると思ってしまったのである。けれど実は、そこには予定された調和はなく、絶えざる競争があるにすぎない。


○ 自然と人間の 調和と共生;

 このような見方に立つと、 「 生態系の調和を乱すな 」 ということばの意味がわからなくなってくる。本来は存在しない 「 調和 」 を乱すも乱さないもないではないか。 
「 共生 」 にしてもそうである。共生している二つの生物は、はじめから 「 お互い仲良く助け合いましょうね 」 といって 「 共生 」 しているわけではない。たとえばいつも共生の例にあげられる花と昆虫も、どうやら互いに相手を徹底的に利用して、それぞれ自分の子孫をできるだけたくさん残そうとしているだけらしい。
 花はなんとかして昆虫に花粉を運ばせたい。蜜はそのためのやむを得ないコストとして作っている。昆虫は蜜だけ手に入れればよい。花粉なんか運んでやる気はさらさらない。けれど、花のほうが無理やり花粉をくっつけてしまうので、やむなく運ぶことになっているだけだ。そうだとすると、 「 自然と人間の共生 」 とは何を意味するのか?
自然が果てしない競争と闘いの場であるなら、 「 自然にやさしく 」 というとき、一体そのどれにやさしくしたらよいのだろう?どれかにやさしくすれば、その相手には冷たくしていることになる。


○ 人里の概念;

 このように考えてみると、ぼくが前から主張している 「 人里 」 という概念が、なかなか重要な意味をもっていることがわかってきた。
 人里とは、人間が住んでいるところと自然とが接している場所である。人間は生きて活動していくために家を建て、田畑を作る。そのためには自然を破壊せざるを得ない。
 家は住んで快適であってほしい。田畑からはよけいな虫や草を追い出して、作物を作らねばならない。これは人間のロジック(論理)である。自然にやさしくなどしてはいられない。
 けれど、その家や田畑のまわりには自然がある。そこでは自然は、自然のロジックに従って、互いに競争しあっている。競争に勝とうとして、人間の家や田畑へ入り込んでくる草木や虫もいるであろう。人間はそれらを、人間のロジックで追い出そうとする。しかし、自然はまた、自然のロジックで巻き返してくる。
 このように、人間のロジックと自然のロジックがせめぎ合っている場を、ぼくは人里と呼ぶことにしている。

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● ホキ美術館で見た写実画。里山という概念で見ていたのだが、 「 人里 」 でいいのかもしれない。


○ 自然と人間の共生;

 こういう人里では、人間は自然のどれかにやさしくしているわけではないが、自然のロジックは自然のロジックのままにさせている。そこに調和はないのだが、人間はあえてそこに調和を作り出そうともせず、あえてかき乱そうともしていない。このような状態が自然と人間の共生なのかもしれないという気がしている。
 ぼくが会長をしている日本ホタルの会は、 「 人里を創ろう 」 ということを訴えてきた。動物行動学ないし行動生態学の見方に立ってみると、これは意外と的はずれではなかったかもしれない。 (以上、日高先生の本から抜粋し私なりの理解としました)



● 私(増澤)思いますに、地球上にはさまざまなイデオロギーの国があり、人間という利己的な遺伝子の塊のような生き物が蠢いている。イデオロギーという組織では抑えきれない人間という動物の本音の因子が自然界に君臨しているかに見える。人間のわがまま遺伝子を上手くコントロールした国が生き残り、できない国は滅びる。
宇宙の歴史の中では、数限りない惑星が生れたり滅びたり、を繰り返しているのだろうが、愚かな遺伝子の葛藤は永遠に続く。

 宇宙が生れたのは通説の137億年前より古く138億年前だった、というニュースがあった。1億年でも思い描けない長さなのだが、それでも、両腕を目いっぱい左右に広げて宇宙と人類の歴史を比べてみると、右手の指先から左手の指先までを宇宙の年齢だとすると、爪をやすりで一擦りするだけで人類の存在など消えてしまうという。
 
あるとき、宇宙の中の地球という惑星を客観視している違う生態系の惑星が、あまりにも地球が醜いので、ポンと摘んで宇宙のかなたへ放り投げてしまうかもしれない。・・・・・そんな力量の星があるかもしれない、どうしたものか。
  
Posted by masuzawa05 at 10:06Comments(0)

2014年06月02日

成功者は端っこにいる ( 勝たない発想で勝つ )

 以前から気になっていた男である。 中島 武・・・野武士然とした面構えがいい、なかなかの文学青年のようだ。

紅虎餃子房という名前の中華レストランをやっている。なんと力強く、うまそうな餃子屋で、ネーミングがいいとひそかに思っていた。拓大の応援団長出身の男で、たまたま表題の本が目にとまったので購入した。いかつい顔のわりにはお酒は飲まないと言う。

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● 多分私と同学年、1970年就職と書いているから間違いはないだろう。拓大の応援団は確か拓親会と言って、私の記憶では、九段下の日本武道館等での空手の大学選手権の時、いかつい学ラン姿でいつも最上段の広い席を数人で陣取り、座ったまま背筋を伸ばし 押忍(オス!)をドスの利いた声で連呼し続ける応援が、独特の雰囲気で辺りを威圧していたのを覚えている。そのころ出会っていたかもしれない。 大学の応援団には、農大の大根を持ってやる大根踊りのように、ユニークなものが有る。

我が母校芝浦工大には、神宮での東都大学野球のエール交換の時にやる “ 鳶とんびの舞 ” という、団長がただ一人衆人監視の中でやる美しく・力強く・格好いい芸術的な舞があった。
学ラン姿で腰を落とし、両手を腰に当て手の甲を平に開き小刻みにゆする様は、上空から獲物を狙いながら旋回滑空するさまを表しているのか素晴らしかった。残念ながら当時、中央大学との殴りこみ乱闘騒ぎがあり、廃団となり見られなくなってしまった。
あれはぜひとも復活して欲しい。


◎ 人生を楽しむ度量、器量を持てば、血眼で「 勝つ 」ことはない。それよりもあえて「 勝たない 」と引いて構えて、次の一手を考えたほうがいい。


○ 弱いヤツが生き残る:

喧嘩でも強いヤツが長生きかと言えば、そんなこともなくて、自信があるから、つい、しなくてもよい喧嘩で大怪我をしてしまうことだってある。自信が災いするのだ。
「おまえ、応援団なんかに入ったこと、今、後悔しているんじゃないか?」と先輩が言った。「俺もイヤだったよ、最初のうちはね。ま、おまえもそのうち、好きになるよ。ともかく応援団は、へたに根性があったらやってられないところだ。おまえも根性なんかつけるなよ。肩の力を抜いてゆっくり生きていけよ」

根性なんかつけるな、肩の力を抜いて、ゆっくり生きろ。
魅力的な先輩だった。生きていくうえでの至言名言だと、今にして思う。

○ 中身と見た目は一致する:

人間でも時の流れに身を任せて放っておくと、ただの爺さん婆さんになって、単なる歯が抜けた、見るに忍びない年寄りになるばかりである。中身と見た目は一致する。メンテナンスを怠ると価値は保てない。やはりそこそこのお金をかけてケアして、素敵なお爺さんお婆さんになっていかないと、人が寄りつかない。店も同じで、ケアしてあげることで、価値が維持できる。

○ 不器用な生き方を誇ってみる:

経済的な破綻は現代で一番きつい。だが、寝る場所と食い物だけには、不満足ながら心配ないということならば、金がなくとも格好いい生きかたが出来る。金持ちとの比較で言っても、ずっと格好良く生きることが出来る。

○ 大きな欲を持つことが肝要だ:

そう、欲と行動とは、密接不可分。ニワトリと卵のようなものだ。
欲があるから行動し、行動することで欲がさらに強く大きくなる。小さな欲でいいから行動すれば、もう少し大きな欲が出てくる。その欲を実現しようと行動していれば、もっと大きな欲が湧いてくる。やがてだれでも良い「欲深」に成長するわけである。

○ 三五〇店舗 成功の秘訣:

私はものを考えることが、大好きである
大好きな理由のひとつに、どんなに時間をかけて考えても、一銭のお金もかからないから、ということがある。しかも楽しい気分を味わえる。

○ 強く思ったとき「縁」が向こうからやってくる:

絶えず意識し関心を持つことで、目の前を通過する人が単なる通行人ではなくなり、意味のある人間になることがある。
それが「縁」だと私の経験は教えている。

○ 伸びる人間は自分で伸びる:

伸びる人間というものは、教えられて伸びるというより、自分で伸びていくものだ。
必ずだれかが見ていて評価しているものだし、自分を評価しない会社だと見きわめたら、やめて別の会社に移ったほうがいい。

○ 負のオーラを変える方法:

仕事を楽しめと言う人がいるが、これは無責任な放言に近い。仕事それ自体は決して楽しくはない。苦しいことのほうが多い。しかしなんとかしてやり遂げないと生きていけないから、必死に頑張るだけだ。
では仕事をして、何が楽しいかと言えば、成功したときである。
だから上司は部下に、「仕事を楽しめ」と言うなら、成功する方法を教えてあげる、手助けしてあげることが重要だ。


◎ 中島さんはこう結んでいる;

成功した人は、あまり語らなくなる。
が、成功の何歩か手前にいる人は語る。激しく語る。
語って、相手を説き伏せようとしているように見えるが、ほんとうは、自分に向かって吠えている。
 自分の言葉の、その壮大さ、耀かしさに酔って、思い込みをいっそう燃え上がらせているのだ。



● 私(増澤)思いますに、中島さんの繊細でいて豪胆な男の生き方を垣間見た思いがする。 さっぱりしていて、それでいて含蓄があっていい。
  
Posted by masuzawa05 at 09:34Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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