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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2014年04月28日

地球外生命体は存在するか!?

 圧倒的な知の世界を展開する 「 立花隆の書棚 」 より

GAIA = GAEA( ギア ); (有機生命体としてみた) 地球。

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◎ 生命が存在するためには、まず水が必要であることは間違いない。水が無いところには、基本的に生命は存在しえないのだから、水が液体として存在している必要がある。水はうんと冷たければ固体に、うんと熱ければ気体になってしまいます。そうなると太陽系の場合は、太陽からの距離で、液体水の有無が自ずと決まると同時に、生命の有無も決まってきます。

 太陽系の惑星のうち、水星と金星は太陽に近く熱過ぎて生命は存在できない。一方、地球,火星よりさらに遠い木星、土星以降の惑星になると、今度は、水は凍ってしまう。ですから、水が液体の状態で存在し生命が存在しうるのは、地球と火星だけだと一般的には考えられています。それはほとんど正しい。
 けれども、必ずしもそれだけだと言い切れないのは、実は木星や土星のようにサイズが大きい惑星の場合には、その内部構造を考えなくてはいけないからです。つまり、表面は凍っていても、中は液体という状態もありうるわけです。おまけに木星と土星にはそれぞれ、地球で言えば月にあたる、その周りを回っている衛星があります。そのいくつかの地中には、水が液体で存在しているものがあるのです。
 その一つが木星の衛星エウロパであり、もう一つが土星の衛星エンケラドスです。その二つの衛星についてもう少し精密な調査を行えたなら、宇宙で地球以外に生命が存在しているという証拠が見つかる可能性がある。


◎ もう一つの可能性としては、太陽系の外に生命がいるというものです。この宇宙に太陽系の太陽に相当する恒星は、それこそ無数に存在しています。夜空を見上げたときに星として見えるものは、あれは全部恒星、すなわち太陽と同じです。だとしたら、夜空の星の周りには太陽系と同じように、それぞれ惑星がいくつか広がっているということになります。
 その無数の惑星の中には、ハビタブルゾーンと呼ばれる、要するに生命が生命として存在可能なゾーン、言い換えれば、水が液体で存在できるゾーンに入っているものがあることが予想できます。
実際に、そのハピタブルゾーン内に入っている惑星がいくつあるかについて、かつては単にコンセプトとして検討することしかできませんでしたが、最近では観測することが可能となりつつあります。具体的に言うと、数年前からケプラーという人工衛星が上がっています。ケプラーは、太陽系の外にある恒星の惑星系の中に、ハピタブルゾーンがどれだけ存在するのかを調べるために作られたアメリカの人工衛星です。

 ケプラーは、しばらく前から飛んでいて、データを蓄積していますが、その結果がはじめて2010年に発表されました。解釈によって見解の相違はあるにしても、ハピタブルゾーンにある惑星はほとんど無数に近いことがわかりました。とにかくとんでもないポテンシャル ( potential: 潜在能力、粒子が力の場の中に在るとき、その位置エネルギーを位置の関数として表したスカラー量 ) があることがわかった。だから今は、 「 宇宙は生命に満ちあふれている 」 「 今までは生命は地球にだけに存在するものだと考えられていたが、実は地球こそが生命の辺境だ 」 と極端なことを言う人もいます。


● てなわけで、立花さんは数年以内に、本当に生命がある系外惑星が見つかるのではないかと思っています。と、述べています。


● 私(増澤)思いますに、
生命が存在するための絶対に必要な条件が 「 水 」 とはあまりにも普通で、恐れ入りました。

母なる海、生なる水

水が不必要な生命体って有り得ないのだろうか?
  

Posted by masuzawa05 at 11:54Comments(0)

2014年04月21日

文字に聞く 

 天溪会という書道会の展覧会に十数年通っている。

娘が師範コースに学んでいることもあるが、様々な字体に心惹かれ、そして将来私も書いてみたい字体がある。隠居生活に入ったら習いたいと思っている。

no title








◎ 「 空気と水の存在が人間の生命を維持する必須条件であるならば、文字の発明は人間がより人間らしく生きるための必須条件であったのではないだろうか。人間は空気と水と文字なしに生きてはいかれない。 」 
*( 以下南鶴溪 主事の著作 『文字に聞く』  より抜粋 )



○ ○: 丸は四角、四角は丸?

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まるも立派な漢字だといったら驚くだろうか。 
 
索引から三画の部首を探してほしい。最初に口(くち)、次に□(国がまえ)・・・・・四角はあるが丸は見つからない。それでいいのだ、口や国がまえの四角が丸なのである。数学者には納得いただけないと思うが、漢字では丸(○)が四角(口)になっているのである。
甲骨文字では書きやすく収まりのいい四角で代用したものと思われる。



○ 月: 文字になった月の光


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月という字は、形から想像がつくように象形文字で、三日月を写し取って作られた

いつでも丸く輝いているお日様と違い、古代の中国人は満ち欠けを繰り返す月の特徴に着目したのだろう。
「間」という字も月の仲間だったといっても、今では信じてもらえない。間は俗字で本来は「痢廚判颪い拭L腓隆屬ら月の光が見える様子を表して、門の隙間、つまり間(ま、あいだ)を意味したのだが、家の中が明るくなりすぎて、月の光では隙間を感じられなくなったためか、いつの間にか日の光に取って代わられた。
(小説家・内田百里気鵑良期里韻鵝,そうである)


○ 十: 横棒は人生、縦棒は歴史

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縦棒はコンと読み、筆で上から下へ引けば退く、逆に下から上に引き上げれば進むという意味になる。
書道では 「 横棒三年、縦棒十年、点は一生 」 という。二本の直線を組み合わせただけのシンプルな文字で、文字を習いたての子供でもすぐに書ける、十年もかかって会得する文字ではあるまい。そう思うのも無理はないが、十の字をじっくり眺めてもらいたい。
横棒が天地を区切る線、縦棒は進み、そして退く。そう考えると、形こそ単純だが、思いのほか含蓄のある文字に見えてこないだろうか。



○ 象: 象はゾウの象形文字

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象る(かたどる)は形取る、形を写す事だが、「 象 」 という漢字そのものも、本物の象を写生した象形文字で、古い甲骨文字では上記のようになる。

試しに象の字を左に九十度倒して、ご覧になっていただきたい。左を向いて鼻を巻いた古代の象見えてこないだろうか。



○ 負: 負けを認めるのが 「 自負 」

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「 自負 」 という言葉がある。 「 負 」 という文字は人と貝を合わせた文字で、人間が貝 ( 財宝 ) を守り、心強く頼みにしていることだという。そこから、たのむ、たよるの意味が生まれ、自負は自分の才能や仕事に自身や誇りを持つこと、の意味になる。
しかし 「 負 」 は負担、負債、おう、になう、の意味もあり、もっと一般的に勝負の負、つまりまけることでもある。自らに誇りを持つことも大切だが、逆に自負を 「 負けることを自らにす 」、 素直に自分の負けを認めることと考えたらどうだろう。



● 私(増澤)思いますに、なんとロマンティックな成り立ちだろう。字や言葉の意味を考えると、字を書くことの楽しさの反面、己の生き方の安易さにまではね返って来る鋭さがある。もっと心して生きねばならないと思う。 今年も展覧会に行かねば!

  
Posted by masuzawa05 at 12:41Comments(0)

2014年04月14日

宿づくりへのこだわり

アマンの本・1









 スモールラグジュアリーホテルとしてのアマンリゾーツの創始者 インドネシア人 エイドリアン・ゼッカーはオリジナルな別荘建築から発し、アマンスタイルを創った。

 そして、リゾートホテルは

『 ホスピタリー産業ではなく、ライフスタイルビジネスである 』 と言い切った。


● 私(増澤)、旅館におけるもてなしのありようはあくまでも手段であって、これからの日本旅館 ( 小規模・高質旅館 ) 創りの目的は、お客様一人ひとりの 「 宿り 」 に託す個々の生き方の具現化であり、施設作りはそれによってなされる。だから、ライフスタイルに合わせた 「 宿 」 が必要である。

ライフスタイルの延長線上にあった別荘が、ゼッカーのような良き管理・運営者を得て 「 スタイリッシュな宿 」 に変身する必然性があった。

今、サービス業としての 「 宿 」 の形態が変わりつつある。宿の主(あるじ)の個性的な生き方・考え方から派生して、斬新なハードを備えた宿を生みつつある。そしてその雰囲気に、お客様の生き方・暮らしぶりの感性が呼応・共鳴し、互いに影響しあったスタイリッシュでオリジナルな滞在空間が生まれる。


◎ 谷崎潤一郎は 「 若いころは地方に講演に行っても、すすんで洋式のホテルに泊まったものだが、歳をとるに従い日本旅館を探すようになった 」 と述べている。 「 多少の不便を感じるところに宿の旅情を感ずる 」 という。


● あるじの宿づくりへのこだわりが、多少の不便を感じても有り余る感動をお客様に与えるのであれば、許されるし、それが宿の個性となる。

我々が得意とする小規模・高感性旅館は、歴史や立地、環境に則してさまざまなバリエーションがあり、それ故にデリケートでさりげないハード創りが建築家に求められ、この時点でソフトが定まる。

そして、思い入れ豊かなデザインワークは小規模旅館に限らず、大規模・団体旅館にあっても、いい塩梅の味付けとして生かされ、考え方の枝葉を伸ばし、一館多機能・多感性のサービス施設展開へとつながる。


『 スモール is ビューティフル 』


 小さいことはスタイルを設定し、徹底して個性を磨くことができからでる、あれもこれもと色目を使わずに、スタイリシュなわが道を行くべきである。

 どのお客様にも当てはまる 「 宿り 」 が 貴方の 「 宿 」 に必要なのではなく、貴方の生き方に共鳴する人たちが 「 貴方の宿 」 を訪れ、ライフスタイルに合った 「 自分流の宿り 」 を楽しむ。


◎ かつて服飾デザイナーの三宅一生さんは、肉体と布の間に自分自身がつくる空間というのがあるはずなんだ、・・・・・と。

そこから 『 一枚の布 』 の発想にいたったのです。

 「 できるだけ、シンプルな造形にすることで、着る側とつくる側とが、半々に責任を持ちあうようにする 」 着る側が工夫してくれて、自分の服飾スタイルをつくり上げる。



● 宿も一歩手前で止めるデザインが大切で、時間や・もてなしや・建築の空間そのものの中に、亭主とともにお客様が工夫し、互いに責任を持って作る空間 ( 宿り方 ) が大切なのではないでしょうか。

「 いちばん過ごし易い場所を、宿の主(あるじ)とお客様がお互いの責任において50(フィフティー):50(フィフティー)で共有する仕掛け 」

オリジナリティーとは究極のところ、そのことに他ならないと思っています。

  施設に必要なものは環境との調和。
そして、 宿と人は 『 天地自然と一体となる 』 ことが望ましい。

◎ 最後に、作家の沢木耕太郎さんは国際化にあっての宿についてこう述べています:

異邦の人を迎えるのに必要なのは、過剰な 「 おもてなし 」 ではなく 「 お 」のない、ごく普通の 「 もてなし 」 であるだろう。
「 もてなし 」 の精神とは、もてなす側の自己満足のためではなく、相手の望むだろうことを、さりげなく、淡々とするところにあるのだから。
 そして、私が旅の宿に求めるもの、その第一が 「 時間 」における、自由度であると述べています。 


私(増澤)思いますに、

● 旅館が一番むずかしいのはお客様の時間に対する自由度をいかに確保するかだと思います。(チェックイン、チェックアウトの時間帯)

● そして客室に於いては、和の設えの中のベッド化(好きな時に眠れる)

● 食事については、どういう食事をどんな場所で摂るのか、食事場所と食事の種類の選択が急務と思われます(絶景を眺めながら、お酒と軽い食事だけでいい場合もあるし・・・・居酒屋ではなく居食屋、はた又・外メシもある)

  
Posted by masuzawa05 at 13:02Comments(0)

2014年04月07日

MY辞書より・その8 gifted

 天賦の才能 ( gifted ) ・・・ いい言葉だ。
 
20130411142023_00001









 ○ a gifted musician ; 才能のある音楽家
 ○ a person gifted with the art of persuasin ; 説得の才にたけた人
 ○ a gifted child ; 天才児


◎ 東大受験の東・西の名門、灘 (中学・高校)校と東京・開成 (中学・高校)の校長先生の対談が文芸春秋に出ていた。その中の一部抜粋です。

 日本社会は gifted に冷たい: 

○ 柳沢さん(開成); 私はハーバードで教えていた経験もあるので、向こうの様子を聞きたい生徒には校長室にどんどん押しかけてもらっている。卒業生から東大を辞めてハーバードを受け直したいという相談を受けたこともあります。彼はハーバードのサマースクールに行ってサンデル教授のような双方向型の講義に刺激を受けたようです。

 ただ、現状ではハーバード大でもエール大でも海外の大学を目指す生徒には、卒業後「 その地域の会社や組織に就職しなさい 」 と言わざるを得ません。日本の企業は、主張しなければ生き残れないトレーニングを受けた若者を育てることができない。“ あいつはうるさい ” と言われてしまう。未だに1970年代の感覚で止まっていますから。

○ 和田さん(灘); せっかくの才能を生かしきれない今の状況は非常にもったいない。日本は、飛びぬけた個性を持った人や自己主張の強い人にとっては、今でも生き辛い社会なんです。

 特別な才能を持った人、その能力のことを意味する gifted というイギリスの教育用語があります。残念ながら日本の公教育には平等主義が蔓延っていて、gifted な生徒に冷たい。教室で先生が 「 分かりますか? 」 と聞きますよね。優秀な子がパッと手を挙げても、その子ばかりに当てるわけにいかない。そのうちに、だんだん手を挙げる気が無くなってくる。そうしてgifted の芽を摘んでいるのです。

 しかし、日本には山中教授のような gifted な若者はちゃんといます。彼らはこのグローバルな時代に、リーダーになる潜在的な資質も秘めている。

● 私(増澤)思いますに、平等であるとか、ゆとりであるとかの大切さも解りますが、やがて訪れる競争社会の予備軍としての子供たちには、競争と格差があることを同時に教え、その後ゆるやかな個性の芽生えを待ちながら見守り、育てるという才覚が、大人たちに必要なのではないでしょうか。

 たとえば、建築のデザイン: 他人と一緒でない自分を認識し、違いを個性に変え、デザインする努力と感性が欲しい。

誰でもが天賦の才能を持っているわけではありませんが、誰でもが天賦の才能を持っている可能性があります。何もない白紙の心も一つの才能とみなして良いでしょう。色々な色に染められるから・・・個性的であることは大切なことだと思いますが、白紙という個性があってもいい。

遺伝子・・・「 万人に生まれながらに備わった個性 」 である。

◎ 政府は世界を舞台に活躍できる人材を育てるため、全国246校から申請のあった中から、56の高校に原則5年間、毎年1500万円の援助をする決定をした。
物理学者のアインシュタインは常識が大嫌いで、そのことを 「 18歳までに身につけた偏見の寄せ集め 」 とこきおろしたそうだ。
彼は特別な才能だが、それでも澄んだ感性や好奇心を常識が邪魔する経験は誰にもある。若者に小賢しい常識の衣を着せないこと。それも国際人を育てるすべであろう(先週の日経、春秋より)

● 石井建築事務所は若者(?)の伸びやかな個性に期待しています。
  
Posted by masuzawa05 at 16:08Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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