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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2014年02月24日

指導者とは

 『 ローマ人の物語 』 の執筆中に出会った著作の中に、息子が使っていたイタリアの高校の歴史の教科書があり、その中の一節が眼にとまった。
 「 指導者に求められる資質は次の五つである。知力。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意志。ユリウス・カエサルだけが、この全てを持っていた 」
                   ( 塩野七生さんの著作集より抜粋 )

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○ 「 知力 」
想定内であれば、特別の才能は必要でない。想定外であったからこそ求められるのが知力で、ゆえに、想定外でした、では答えにならない。想定外だったがこれからは何を、どう進めて行きたい、でなければ 「 答え 」 ではないのだ。

○ 「 説得力 」
自分と考えが同じ人々に向かって説明するのであれば、説得力と呼ばない。考えのちがう人や疑っている人を説得してこそ、説得も 「 力 」 になるのである。

○ 「 肉体上の耐久力 」
これは、やると決めたことをやり遂げるに必要な期間を耐えていける肉体力である。気力とて、体力にささえられてこそ維持できるのだから。

○ 「 自己制御の能力 」
地位が上がり権威や権力を持てば持つほど、その人には自由が制限される、と言ったのもカエサルだった。例もあげていて、一私人ならば怒りを爆発させ叱りつけてもそれだけで済むが、われわれが同じように振舞った場合はそれではすまないから、いっそうの注意が必要なのである、という。

○ 「 持続する意志 」
非常時とは、何ごとであれ想定外のことが後から後から襲ってくる時期のことである。その奔流の中にいながらそれに流されないためには、何が最も重要な課題かを、常に忘れないでいることしかない。継続は力なり、とは言うけれど、ダラダラと続けているだけでは 「 力 」 にはならない。本筋をきちんと押さえ、その線からは絶対にはずれないようにしながら続けていくからこそ、継続も力になるのである。


● 私(増澤)、なんでこんな名言集ばかりが気になるのかと思って、しばし考えてみたら、自分になかなか出来ないことばかりだからだ。
それでも調子がいいときには3/5ぐらい当てはまっているかのように錯覚して、又ぞろ、言葉を並べ書き立てて、出来たような気になっている自分がいる。

  

Posted by masuzawa05 at 10:12Comments(0)

2014年02月17日

代官山のまちづくり

 公益社団法人 国際観光施設協会の観光交流空間のまちづくり研究会の冬会が代官山で開かれた。お洒落なまちを研究すべくまち歩きをしてみた。

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 東急東横線代官山駅を中心とする代官山と渋谷、恵比寿を結びつなげる 「 新 “ 代官山緑の文化十字路 ” 」 構想がNPO法人 代官山ステキ総合研究所 ( 代スキ )を母体としてスタートしている。この地域は、朝倉家の肝いりで始まった槙文彦さん設計のヒルサイドテラス(四十数年前)を核として、蔦屋書店および代官山を愛する多くの人たちの参加のもと、共創関係づくりが行われている。

● 先日も蔦屋書店で年代物のステキな椅子に座り、ティーをしながら買った本を読んだ。娘のところから近く、居心地が良いので3時間も長居をしてしまったが、まちなかのビルに個人の有料リビングが在るようなものだ。

ざっくばらんに言えば 「 みんなで素敵な町に住みましょう! 」 ということなのではないでしょうか。 

そのことはとても大切なことだと思います。

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 代官山近辺は歩いてみれば分かるが小高い丘である。すなわち山の手である。

 まち歩きしてみての体感はヒルサイド。 旧山手通り・駒沢通り等の大通り、から繋がる小路がヒューマンスケールで延び,住まい・店舗・大使館・マンション・レストラン・ブティック・書店等が混在し、かつ適度な空地が低層な建物の間に視覚的な安らぎを与え、緑豊かなセンスフルな景観をつくっていることにつきる。道路に面して公開空地を惜しげもなく提供し、プライベートが公共の顔を作っていることも、贅沢で品格あるゆとりを感じる。

堅苦しくなくそれでいて適度にお洒落で住んでみたい、歩いてみたい “ まち ” がそこにある。 建築家・槙さんの人柄そのものの 『 スマートさ 』 がまちのイメージとしてピッタリである。

● 先ごろ五木寛之さんの 「 新老人の思想 」 を読んでいて、その中に21世紀のキーワードは 「 不易流行 」 という芭蕉の言葉を借りて、 変わらないものそれは “ スマート ” ということではないかと言っていたのが心に残る。

( SMART(スマート): 米語・・・利口な、賢い、気のきいた。 英語: 洗練された、身なりのきちんとした。 活発な、しゃれた。 )

● シンプルで頭のいい美しさとでも言いましょうか。

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◎ 槙さんはヒルサイドテラスとソーシャル・サスティナビリティ ( 持続可能な社会的なるもの ) について雑誌でこう述べています:

ソーシャル・サスティナビリティを維持していくに最も必要なものは人間の意志であり、アイディアであり、その建築、場所、地域に対して人びとが誇りをもつことであり、歓びを感じることでなければならない。

 建築における最も重要な価値は美ではなく < 歓び(よろこび) > であるとの考えが定説となりつつある。即ち美とは時代、文化、更には個人の主観によって異なるものであるのに対して、歓びとは動物も含めて人間にとってより不変的な価値だからである。

ヒルサイドテラスの個々の建物はアクロポリスのパンテオンや、桂離宮のような美しいものではない。しかしこの建築の一群がそこに住む、或いは来る人々に静かな歓びを与えていることは事実である。それがソーシャル・サスティナビリティの基礎を形成しているといってよい。


● 長続きするものって、理屈ではない体感する “ 歓び ” だと思いました。
代官山はスマートです。
  
Posted by masuzawa05 at 09:37Comments(0)

2014年02月10日

ゼロ ( なにもない自分に小さなイチを足していく )

 堀江貴文さんの本を買って読んだ。五十数冊目の本になるというが今回が初めてである。服役を終え、心身ともにシャープさを増し、元気そうでホッとした。思えば、わが子ぐらいの年である。

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私(増澤)はホリエモンに期待している!

 そもそも何が罪だったのか? 法律という重箱の隅を突っついてこしらえた様な罪と刑はさびしい。

 後出しジャンケンでプロ野球チームを手にした、三木谷某は今やIT時代の寵児としてもてはやされている。先般も政府の規制改革でえらそうなことを述べ、薬の通販が思いどおりにならないと言って委員会の席を蹴ったのだが、馬鹿の欲深・浅知恵で、すぐに 「 もとい 」 と言って復帰した。イヤな奴だ。


◎ 誰もが最初は「 ゼロ 」 からスタートする。

失敗しても、またゼロに戻るだけだ。
決してマイナスにはならない。
だから、一歩を踏み出すことを恐れず、前へ進もう。


○ お金よりも大切なものとは?

「 お金とは『信用』を数値化したものである 」

信用をベースにして 「 時間 」 を買っているのだ

ほんとうに困ったとき、人生の崖っぷちに追い込まれたとき、失敗してゼロに戻ったとき、あなたを救ってくれるのはお金ではなく、信用なのだ


○ ゼロの自分にイチを足す。

信用の 「 ゼロからイチ 」 は、まず自分で自分を信じるところからはじまる


○ 積み重ねた 「 イチ 」 の先に見えてくるものは

  掛け算を覚える前に、足し算を覚えよう。他者の力を利用する前に、自分の地力を底上げしよう

  知識やテクニックを覚えるのは、イチを積み重ねたあとの話だ


● くふうする生活と題して松下幸之助はこう述べています:

きのうと同じことをきょうは繰り返すまい。
どんな小さなことでもいい、わずかなことでもいい。
多くの人びとの、このわずかなくふうの累積が、
大きな繁栄を生み出すのである。


○ 苦しいからこそシンプルに考える

「 悩む 」 と 「 考える 」 の間には決定的な違いがある

人は悩もうと思えばいくらでも悩むことが出きる。そしてつい、そちらに流されていく


○ 塀の中にいても、僕は自由だった

「 自由とは心の問題なのだ 」


○ テクノロジーが世界を変える

  世の中を変える手段は政治だけじゃない。もっと大きく、もっとドラスティックに、世界を激変させる方法が、ひとつだけある。テクノロジーだ


○ 絶望しているヒマなどない

「 他者を信じること 」 とは、 「 裏切られるリスク 」 を引き受けることでもある

人の気持ちなんて、究極的にはわからないものなのだ。そして、わからないからこそ、僕は信じる


○ おわりに

  自分の人生を動かすことができるのは、あなただけなのだ。



● 私(増澤)思いますに、この男何かやりそうだ。
  
Posted by masuzawa05 at 09:30Comments(0)

2014年02月03日

ちゅらさ

 沖縄で 「 清らかで美しいこと 」 を ちゅらさ(ちゅらさん)という。

○ 芭蕉布の絣模様

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◎ 芭蕉布:

赤、青、黄に染まる芭蕉(ばしょう)布(ふ)がところ狭しと並んでいた。南の木のイトバショウから紡ぎだした繊細な糸で織る薄茶の地色。その肌合いを保ちつつ、色をまとってふわり浮いて見えたのは、布の軽さが涼やかな情趣を醸していたから。

平良敏子さん93歳 現役である。
1965年、沖縄タイムスから文化賞を贈られた。大宜味村の人たちから何か記念品を、尋ねられた敏子さんはこう応えた。

 「 姿を映す鏡はもっていますが、心を映す鏡をもっていません。みなさんの心におこたえするために心を映す鏡をください 」
 「 織には心があらわれる。偽りのない仕事ができるよう祈りました 」
 記念の鏡は長く玄関に飾られた。

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○ 朱地(しゅじ)縦縞(たてじま)絽(ろ)織(おり) 衣裳

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 民芸運動の柳宗悦(むねよし)はこの布をほめちぎったあと、なお言葉を付け加えた。

 「 もっと驚くべきことは、平凡なものが其のまま美しい場合ではないだろうか。一々意識なくして自ら良い品が出来ることではないだろうか 」
 「 いつ見てもこの布ばかりは本物です。その美しさの由来を訪ねると理の当然であって、どうしても美しくならざるを得ない事情にあるのだとさへ云えるのです・・・」



◎ 八重山上布:

「 ちゅらさ、には美しいという意味に清らかさが含まれる。海の青さ、空の青さ、それは、ちゅらさ。この苧(ちょ)麻(ま)を裂いた繊維の美しさ。これ見たらね、紡がずにいられませんよ 」 八重山上布の第一人者、新垣幸子さんの サ・音は美しくも涼しい。

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○ 白地(しろじ)総絣(そうかすり) 衣裳

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 柳宗悦によれば模様が擦れて見えるので、こうした着物は「かすり」と呼ばれた。柳はこの絣の信奉者だった。手結(ていゆい)と言われる手仕事で生みだされる絣は技法の性質から、どうしても線がそろわない。いわば人間の「しくじり」なのだが、逆にいえば自然の「妙味」ともいえる。正当な絣に醜いものがないのは、自然という加護によって人間が過ちを犯さないためだ。 
 『 絣美 』 について、「 だから絣を織れば、人間は救いの中に入ると云っても過言ではない。絣である限りは美しさに受けとられて行くとも云える 」と述べています。

 又、石垣島の布晒(ぬぬさらし)節から。労働の場で歌うユンタという古謡は助け合って働く「 結(ゆい) 」の歌だったともいう。悲しく歌ったかといえば、そうではない。旋律は輝くばかり。なぜだろう。
 沖縄文化論の中でかの岡本太郎は、「 美化しなければあまりにも辛く、記憶にたえないからか。いやそれはほんとうに美しいからではないだろうか。そのとき、人の魂はとぎすまされ、その限りの光を放つからであろう 」 と述べています。
                        ( * 日経・美の美より抜粋 )



● 私(増澤)思いますに、

美しい景色と言葉、こころ。 
残るは神わざ手仕事。
日本もなかなかなものだ。

  
Posted by masuzawa05 at 10:00Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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