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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2013年10月28日

日本はなぜアジアの国々から愛されるのか

● 侵略国家というレッテルを貼られたうつむき加減の歴史観から脱却し、日本人はこんなにもやさしく、道徳的に気高い国民として、近隣三国 ( 中国、韓国、北朝鮮 )を除いたアジアの国々からいかに愛されているかを世に問う、池間さんの熱情に心を打たれた。

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 日本人よ自信を持って生きようではないか!

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◎ 池間さんは具体的なアジアでの人道上の支援を通じて、こう断言する。

 日本はアジアで尊敬こそされ、嫌われてはいない!


○ 日本はアジアを侵略した 「 白人国家 」 と戦った:

日本が戦争に負けた1945年以前のアジアは、ほぼすべての国(タイを除く)が白人国家の植民地であり、民衆は白き人々に残虐に支配され搾取されていた。

戦争は確かに悪である。多くの人々が亡くなったことに対して心からの反省と謝罪は当然。だが、日本だけが悪だという理論は個人的に疑問である。日本の敗戦後、アジアから白人たちの植民地はなくなった。アジア上層部の日本擁護の言葉も数多く残る。

いま一度、日本人は自分たちの誇りを取り戻す必要があるのではなかろうか。

● 私(増澤)、ちょうど今、30年前に読んだ朝日選書 鶴見良行著 「 アジアはなぜ貧しいのか 」を手元において一部読み返している。
その中で、鶴見さんはこう結んでいます: 西洋列強の植民地から脱したものの、アジアにおける貧困の再生産と民主主義の抑圧は車の両輪であり、私たち日本人はそのことに気づかない乗客である、と。・・・・我々は心してアジアの同胞と接しなければならない。

先日、伊豆新聞に、我々の仕事仲間であった電気設計事務所の石橋社長が、仕事を後輩に譲り、単身フィリピンの街中に私設の図書館を自費で運営して喜ばれているという記事が出ていた。行く前に話は伺っていたのだが素晴らしいことである。たしか64歳ぐらいだと思うが、奥さんを亡くし、娘さんも自立したので余生はフィリピンで図書館をすると言って出かけて行った。気にしていたのだが、地域に貢献し溶け込んで生活しているのが判って良かった。


○ 自分の国は自分で守る:

「 経済だけ頑張ればいい、自国防衛など、考える必要はない 」 とアメリカにしてやられた日本。自国防衛を放棄し、アメリカに頼れば大丈夫と考える日本人。戦後、70年近くもアメリカの囲い者となる生き方を選んできた日本も、「 アメリカに飼い馴らされた動物 」 だと私は思う。

 未来の子供たちのためにも 「 自分の国は自分で守る 」 国家になる覚悟を持つ時期にきている。

一番考えないといけないのは、 「 アメリカと中国が手を握る可能性が高い 」 ということ。膨大な購買力をもつ中国とスクラムを組むのは、アメリカの国益を考えても当然の流れだろう。

ベトナム、ラオス、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどは大国からの侵略に常に不安を抱えている。特にチベット人やウイグル人の話を聞いたときは、「 民族抹殺 」 本気で考える国が有るのかと、恐ろしさを感じた。

「 軍隊を持たなければ平和になる 」 とのお花畑思想を聞くと寒気がする。尖閣は中国から侵略され、北方4島はロシアが、竹島は韓国が占領中。

● 私(増澤)思いますに、この3国そのうち何らかの “ バチが当たる ”

「 自分の国は自分たちで守る 」 は当たり前すぎるぐらいの世界の常識であり、 「 自国を他国に守っていただいている 」 のは日本だけ。


○ 世界で初めて 「 すべての人間は平等である 」 と宣言した日本

大正8(1919)年4月11日、フランスのパリ講和会議国際連盟委員会において、 「 すべての人間は平等である 」 との 「 人種差別撤廃提案 」 を日本が世界で初めて出した。

世は人種差別の真っ只中。有色人種は人間ではないと言われていた時代に、 「 毅然として立ち向かった 」 国家が私たちの日本である。
賞賛の中、賛成多数で可決されるはずであったが、議長のアメリカ代表のウィルソン大統領は 「 全会一致 」 じゃないと決定できないと否決した。これまでは多数決で決めていたのにである。このニュースが広まると、多くの有色人種国家から抗議の嵐が吹き荒れた。

世界の有色人種に一筋の希望の光を照らしたのは日本である。なぜ、このような素晴らしいわが国の歴史を子供たちに教えないのだろうか。なぜ、 「 日本が悪いことをした 」 とばかり教えるのだろうか?


○ 誰の過ちか!?:

『 安らかに眠ってください、過ちは、繰返しませぬから 』 広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑の石碑を見て、国際法専門家で極東国際軍事裁判(東京裁判)判事の中で唯一、 「 日本無罪論 」 を主張したインドのパール判事は激怒したという。

「 過ちは繰返しませぬから 」 石碑を初めて見たとき、私も強い違和感を覚えた。

原爆を落としたアメリカが言っているのなら理解できる。しかし、人類史上、最も残虐な方法で殺された善良な人々の 「 過ち 」 とはなんだろうか? 誰か教えてください。

● 私(増澤)思いますに、自虐的な考えがはびこって、まるで原爆で大量殺戮されたのは「 日本人の悪さ 」 がもたらした故の結果であるようなこの考え方は間違っている。

教育が悪く、正しく伝えない親が悪く、日教組が悪く、えせ左翼の論壇が悪い。一番悪いのはアメリカである。

● 世界に向けていつでも正論が吐ける態勢の構築のためには、経済力と自分の身は自分で守り通すという気概と軍事力であろう。


○ 昭和天皇とマッカーサー:

直立不動で国際儀礼の挨拶をするも、戦勝国最高責任者は無礼千万なる態度で天皇を迎えた。マッカーサーは天皇が、戦犯として起訴されないために命乞いに来たのかと思った、

ところが天皇は、
「 わたしは、日本の戦争遂行に伴ういかなることにも、また事件にも全責任を取ります。また私は日本の名においてなされた軍事指揮官、軍人および政治家の行為に対しても直接に責任を負います。自分自身の運命について貴下の判断がいかようのものであろうとも、自分には問題ではない。構わずに総てのことを進めていただきたい。私は全責任を負います 」
と言われ、さらに、

「 この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい 」と願われた。

後にマッカーサーは回顧録で、「 明らかに天皇に帰すべきでない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じ取った 」



● 大震災、原発災害、隣国の嫌がらせにもめげず、 大志を掲げ

「 小さな炉辺の幸せのみを求めず、広く世界に目を向けて正義のために生きよう 」
  

Posted by masuzawa05 at 09:46Comments(0)

2013年10月21日

日本とアジアのことについて

● 最近TVで見かけないと思っていたら、篠沢先生の渾身の一冊 ( 日本へのわが遺言 )が目にとまった。私(増澤)、彼の病床にありながら日本人におくる暖かな心配りに、生きるヒントを得たような幸せな気持ちになれた。

民主党政権の頭を下げ続ける外交から、政権が変わり日本を取り戻す国へと勇気がわいてきた。


◎ 「 戦前、戦中、戦後、日本はひとつ。同じクニ 」

大丈夫です、日本の皆さん。
ニッポンは美しいクニです。 

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◎ 日本は何のために戦ったのか、なぜ西洋列強に屈しなかったか。

明治維新は革命、アジア最初の国民国家実現。

 「 戦後イデオロギー 」 では明治以来の日本の行動は 「 アジア侵略 」 だし、極東国際軍事裁判では日本帝国の企ては 「 世界制覇 」 です。 今日でも中国と南北朝鮮では、政府もマスコミも、明治維新の近代化の目的そのものを 「 アジア侵略 」 と論じています。
それは違います。 「 アジア侵略 」、 ましてや 「 世界制覇 」 は、日本近代化の目的ではありませんでした。西洋列強の圧力に屈せず自立を保つのが目的です。そのことは日本占領の任務を終えて帰米したマッカーサー元帥が、米国議会で証言しています。日本のやった戦争は自衛のためである、と。連合国軍総司令官として日本統治に当たっていた米ソ冷戦時代、ソ連 ( ロシア ) の圧力が中国、朝鮮を介してかかって来るのを体験した上の理解です。だがもちろん、言い訳しようとするのではありません。明治から昭和まで展開した戦いの戦場はアジアばかりです。西洋に対抗するといっても、西洋諸国の本土に攻め込んだことなど一度もありません。本土攻撃は対米戦闘中、一度と。風船爆弾が山火事を起こしただけです。
 西洋の国と戦っても戦場はアジアばかり。ということは、西洋の国々がアジアに進出し植民地にしていたからです。
日本が介入することによってアジアの国々は次々と独立を果たしてゆきました。中国におけるイギリスのアヘン戦争にしても然りです。冷静に事実の確認が必要です。


◎ 靖国神社は嘉永六年、一八五三年に始まり昭和二十年 ( 一九四五年 ) に終わった西洋との戦いに身を捧げた英霊を祀っているのです。
そして、その戦いを 「 終わらせた 」 のが昭和天皇なのです。


◎ 世界最古の現存王朝
「 万世一系の我が国の皇室は万邦無比である! 」

男性天皇が高位貴族の娘を妃とし、或いはもう少し下の貴族の娘を側室として生んだ男子が皇位を継いできています。これが 「 男系 」 の血筋です。日本皇室の伝統です。

しかも、現代科学で、男親から息子へ、男から男へしか伝わらない染色体があると確認されているのです。 「 男系 」 血筋維持には伝統の重さ以外に、実質的効果があるのです。


◎ 皇室は皆で支える文化財です。



● 我々はもっと謙虚に歴史に学び、胸を張って生きなければなりません。
  
Posted by masuzawa05 at 19:06Comments(0)

2013年10月14日

中国という国・・・!?

 我々が日本で作った旅館にお泊りいただいた中国人のお客様の依頼で、3年前から中国大連で日本風旅館の設計をし、ゆっくりではあるが工事が進んでいる。

● 竣工パース

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● 工事現場写真

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● 初めての中国ということもあり、中国人で日・中両国の大学にて建築を学び、日本国籍を取り日本で設計事務所を開いている方と、共同で設計監理をしている。建築技術者であるので、オーナーとの連絡係を兼ね、打ち合わせには同席して通訳をしてもらっている。又法規のチェック・図面の日本語から中国語への翻訳・CGの作成・営業 等を分担している。

構造・設備設計・確認申請業務・施工図は施主選定の中国側の設計事務所が担当し、我々はチェックのみ。工事上の瑕疵はその事務所が負うことになっている。
日本のように一式図面を書き終えてからの着工ではなく、基本設計図(外構図・平面図・立面図・断面詳細図・設備計画図・仕上げ表等)で構造・設備設計・確認申請・施工図を起こし我々がチェックし、工事を始める。躯体・外装工事を終えてからの内装仕上げとなる為、日本で言う実施設計は後付けとなり、その点出来栄えには疑問符が付く。

そんな訳でよその国のことだなんて言っていられない。国が違えばいろいろなことが違う。

大連の物件で言えば、オーナーとの設計料の取り決めのネゴシエーションには手こずった。彼ら(日本でもしばしば有るが)は粘り強くしたたかである。国土が他国と地続きで侵略・征服の興亡が連綿と続いたことを思えば解からないでもないのだが・・・。

 そして、これでもかという飲食の接待が始まる、それは彼らが日本に来たときは我々が同じように接待しなければならない。日本に来たときに食事会に私が同席しなかったが故に、破談になった物件も有った。

接待よりも “ 良い仕事をして相手の好意に報いる ” という日本的考え方ではダメらしい。コミュニケーションを取る為の爽やかな食事会に止め、プライバシーを挟みつつ、後は仕事で返す。それが誠意を尽くすことだと日本人は思っているだが・・・。 過剰な接待は賄賂に通ず!

我々も中国のことを知らねばならないと、思いつくままにいろいろの本を雑読したり、聞き入れをしたりの今日この頃である。

そんな中、竹田恒泰さんの 『 面白いけど笑えない中国の話 』 より抜粋した話。


◎ 中華思想について: 簡単に言うと、中国こそが世界の中心であり、中華民族こそが世界の主役であるという、とんでもない自民族中心主義です。これは、中国大陸の歴史の中で、中国人の間に育まれてきた伝統的思考と言えます。そして、五十数族の民族の中で漢族が9割を占め、唯一絶対の中国人は漢族という過剰な自意識がある。

世界の中心であるがゆえに、中国王朝は自らを 「 中華 」 と称し、その周辺の国や民族を 「 夷狄・いてき 」 (野蛮国、野蛮人)と考え、方角ごとに 「 東夷・とうい 」 (東のお馬鹿ちゃん)、 「 西戒・せいじゅう 」 (西のけだもの)、「 南蛮・なんばん 」 (南の野蛮人)、 「 北狄・ほくてき 」 (北のあほんだら)、などと呼んで蔑んできたわけです。」

● さしずめ、我々日本は “ 東のお馬鹿ちゃん ” なのでしょう。  

○ 中国は法治の国ではなく、共産党独裁の人治の国である。( ●・良くわかる )


そしてこう述べています。

○ 毛沢東思想は、言うまでもなく 「 平等 」 を理念とする社会主義思想です。それが、中国の建国の精神となっている。
しかし、現実の中国はどうか。皮肉なことに今の中国は 「 世界で最も成功した自由主義国家 」 と言われています。ちなみに、 「 世界で最も成功した社会主義国家 」 と言われているのはわが日本なのです。

● 日本は世界的に見て、平等・年金・社会保障等進んでいる方ではないでしょうか。

○ 日本は聖徳太子が摂政として政務を取り仕切っていた7世紀初頭のことですが、607年に第二次遣隋使として隋に赴いた小野妹子が携えた国書はあまりにも有名です。時の推古天皇が隋の煬帝に宛てたその国書には、こう記されていました。

「 日出づる処の天子、書を 日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや 」
 
これは日本と中国は対等なのだよという意味を込めたメッセージです。これを読んで皇帝は激怒したと伝えられていますが、当時の日本と中国の置かれた立場を考えれば無理のないところです。
ともあれ、これで日本は晴れて中国からの精神的完全な独立をはたしました。以降、日本が彼の国の配下に組み込まれたことは一度もありません。


● ところで尖閣諸島問題、日本の領土であることは間違いないことですが、全世界の米軍を操る米国防総省。その巨大組織の中枢には92歳になった伝説の名軍略家がいる。アンドリュー・マーシャルさんは日本にこう提言する:

◎ 「 領土については譲る余地を見せない。同時にこちらからは一切、挑発もしない。日本が中国に対応する際、この2点が肝心だ 」 なぜなら、そうすれば墓穴を掘るのは中国だとみているからだ。

「 まだ中国について分からないことが多い 」 膨大な研究を重ねてもなお、結論に飛びつかず、分析を続ける。今日本に必要なのはこうした姿勢だ。嫌中や反中といった感情に流されず、冷徹に中国の出方を読み解き対策を打つことが必要だ。


● 私(増澤)思いますに、老軍略家にしてそうなんだから、我々には手に負えない。臨機応変、是々非々、付かず離れずニコニコしながら上手に付き合うしかない。
  
Posted by masuzawa05 at 18:19Comments(0)

2013年10月07日

「 日本人のセンス 」 は世界に通用する

● 元気・自信 を失くしぎみの日本人に、各界各層・政治の世界からも、“立ち上がろう”という気運が漲りつつあるのを感じる。 私(増澤)もわが国の未来に向けての差別化戦略に、微力ではあるが加わりたい。瑣末な隣国関係に惑わされることなく、人類の未来に対して、豊かな感性と確実な技術力を駆使して、幸福な国の先導者でありたいと思っている。

高福祉
高文化力
高技術力
高経済力
高防衛力
の安心安全な観光・技術・文化立国として、訪れてみたい 『 おとなの国・美しい日本 』 に向け、世界の知恵はアジアの中の日本にありと発進し続けたい。

そんな中、日本の東北・山形から世界に向けて発信する、元気なデザイナー奥山さんの本が目にとまった。

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◎ 著作 「 100年の価値をデザインする 」 より:


○ 日本人にはデザインの、ものづくりのセンスがある。

韓国人や中国人に欠けていて、日本人が持っているもの。それは本質を見きわめ、枝葉を大胆にそぎ落としていくという伝統的な切捨ての文化に沿ったものだ。

たとえば、デザインのプロセスではたくさんのアイデアを取捨選択する必要が出てくるが、僕は無意識のうちに日本の方法論を選択に生かしていた。それがシンプルにつながる。

○ デザインは 「 体育会系 」 でなければならない。

    商品企画と戦略のコンセプトが固まったら、その次にデザインスケッチを描く。真剣に考えた絵を、毎日二〇枚くらいのペースで三ヶ月から四ヶ月描き続けた。なぜそんなに描いたのかといえば、 「 たくさんの中から選ぶからいいものが出てくる 」 としか答えようがない。
    ちなみに、現在のうちのスタッフもみんな体育会系の人間ばかりだ。その中で僕が一番体力がある。体力がないと量をこなせないのだ。 

○ イタリアと日本に共通する 「 モダン、シンプル、タイムレス 」 という哲学。

モダン:   新しいものは売れる
シンプル:  飽きない
タイムレス: 飽きないものは消えずに残り、奥が深いので次々に発見があり、それがタイムレスにつながる

○ 日本人の無常観と美意識

「 どうせ戦争や天災が起きて家は焼かれちゃうんだ。すぐ持って出られるものだけで生きよう 」 という考え方が積み重なっていくうちに、切捨てを軸とする日本の美的感覚や文化が生まれてきたのではないか。そういう積みかさねこそが日本人の美学なのだろう

日本人の精神を形作っているこの無常観は、人間も自然の一部という宗教観からくるものだ。日本人は震災を自然からの罰、もしくは何かのメッセージだと思っていて、口に出さなくともどこかでそう思い、そしてすべての自然に神が宿ると思っている。これはキリスト教的な一神教の考え方とはまったく異なる。

そして日本人はものづくりの現場を信じるという、他人(ひと)に任せるということができる民族である。疑るよりも信じて掛かる潔さ!

○ イタリア人は言葉でデザインする

デザインというものは、ものを作るために意見を集約する仕事である。誰が何をほしがっているかを明確化し、具現化していくプロセスともいえる。

デザイナーといえば一日中絵を描いている商売だと思っている人が多いが、絵を描くことよりも何よりも大事なのは 「 言葉を通してコンセプトを選び出す 」 作業である。その意味では、議論ができない人はデザインができない。

● まったくその通りだと思う。私(増澤)、的確なコンセプト言語を持たないデザインには心がないと思っている。

それは建築のデザインにしても然りであり、その建物を一言で表す言葉が大切である。


○ 「 第六の面 」 というひと言ですべてを表現したセルジオ氏

それまでの車は 前・後・左・右・上 の五つの面しかデザインされていなかった。車の底面を積極的にデザインに取り込み、空気の流速をたかめて、スポイラーなどに頼らずにダウンフォースを発生させるようにしたのだ。

彼が 「 歴史上初めて第六の面をデザインした 」 という短い言葉に凝縮して言い放った。

○ アイディエーション ( 観念化 )

アイディエーション(ideation)は、いわば個人で行う絵によるブレーンストーミング(brain storming)である。ブレーンストーミングは複数の人間による言葉でのアイデア出しだが、アイディエーションは、絵を介して自分自身と対話し、アイデアを引き出すプロセスだ。

○ 「 ニーズとウォンツが 」 が利益を大きく左右する

ニーズ(needs)とは、必要性にかられて仕方なく買うもの。ウォンツ(wants)
とは、必要ないかもしれないが、欲しくて仕方ないものだ。

ニーズの例としては、電気や空気、水、生きていくため食べ物、最低限の衣類といったものが挙げられる。ウォンツは楽しみや快楽、趣味につながるものだ。そして面白いことに、ニーズに対しては、人は安ければ安いほどいいと思うのに、ウォンツには高いお金を平気で払うという特性がある。

○ クリエイティブになるための第一歩は 「 片っ端から疑う 」 こと

「 え? 本当か? 違うんじゃないのか? 」 と疑っているうちに、 「 もしかしたら真相はこうかも 」 という創造力が芽生え、頭の引き出しがどんどん有機的につながっていくはずだ。


● 「 疑い 真似て 超える 」 デザインの醍醐味は体力勝負ということか。
以前買おうとして買わなかった奥山モデルの眼鏡を、今度買ってみようと思っている。
  
Posted by masuzawa05 at 16:23Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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