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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2012年03月27日

代官山 蔦屋書店へ行ってきました


 自宅の居間が “ café ” 付の本屋になった。


外観:

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1F,2F プラン:

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● 二階建ての長方形の三つの建物を、少しずつずらしながら配置し、二階で外廊下にて繋がっている。中央棟の二階の書籍空間の中に、核となるゆったりとしたcafeラウンジが拡がり、全体の構成はイレギュラーにcafeと読書スペースが書棚の中に差し込まれている。自宅の延長上にある本を選べる居間がある本屋とでも言いましょうか。

シンプルで分かりやすく、親切で、デザイン化された空間にありがちな硬さがなく、アットホームだ。


渡り廊下: ここは外廊下なのだが、内廊下だと思っていたので意外だった。東京が大雪の翌日だったので、ビショビショを室内に持ち込むので・・・? だ。 
ここで四季の外気に触れるのもいいような気もするが、なにか法的規制でも有るのだろうか・・・?!

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吹き抜け階段:

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cafeラウンジ: ここでハヤシライスのランチを摂る。ライスがキューブなのだ!    キュービックな建物に合わせ、そこまでやるかと笑ってしまう。

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映画コーナー:

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音楽:

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文具:

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旅行:

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メインは本、本、本:

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外部既存樹木:

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 ● 透けた空間に蔵書の山、手にした本を置いて、椅子に腰掛けコーヒーブレイク、図書館風喫茶店。ちょっと散歩がてら出掛けたくなる雰囲気がいい。
  

Posted by masuzawa05 at 09:15Comments(0)

2012年03月19日

今どきの旅館に必要なもの・その22


 新聞の文化欄にイギリスの小村の景観に惚れ込んで、その地に暮らすことになった日本人アーティスト 志村 博さんによる英国詩人の紹介記事が目に留まった。


● 私(増澤)思いますに、英国に見られる景観保存の考え方が、今こそ日本の各地における自然保護に必要だと思ったからです。

スローライフに欠くべからざるものとは!


『 そのままの自然をいかにそのままで残すか! 』 その一点に集約される。


あるがままの自然を残しつつ、その中に点在する温泉宿の佇まいに人は自ずと集まるだろう。

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◎ 英国の詩人ルパート・ブルックさんの代表作から:


 教えてほしい。 

そこでは、まだ、あの美しさに出会えるのか

  あの確かさや、あの穏やかさにも

  嘘や真実、あの痛みを忘れさせてくれた遥かなるメドーよ

まだそこに―

    「 旧牧師館―グランチェスター 」 の一節(志村 博訳)


○ グランチェスター・メドーの四季。

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 ● 私(増澤)もう一度口ずさむ


「 教えてほしい。
そこでは、まだ、あの美しさに出会えるのか
 あの確かさや、あの穏やかさにも・・・ 」



◎ 志村さん曰く:

 ケンブリッジの中心から南約3キロの場所にある小村 グランチェスター・メドーには、昔から多くの文人や学者が集まった。時に独創やひらめきの源泉ともなったため 「 グランチェスターを語らずにケンブリッジを語ることはできない 」 といわれる。

世界的に有名な学園都市ケンブリッジは人口わずか10万の小都市である。そのうち大学人口は1万1千人。命がけで守ったこの地の景観が、ケンブリッジ大学の学生たちの心の拠り所となり、自然科学や芸術の分野で世界的な功績を数多く生み出した。
もう一方の雄、オックスフォードは人口40万。オックスフォード大学は名うての政治家を世に送り出した。オックスフォード大学の方が外の世界に対して開かれた大学になったともいえる。
しかし、どんなオックスフォード大学贔屓でも、町や町を取り巻く自然の美しさ、ノーベル賞受賞者数の圧倒的な差は認めざるを得ないだろう。



● 守り育てた景観が心の内部から人を育てる。

時代に磨かれた、手付かずのあるがままの自然を大切にしたい。
  
Posted by masuzawa05 at 09:01Comments(0)

2012年03月14日

長谷川等伯展

 精緻さと華麗な色使い、仏画、枯淡の水墨の世界。
東京国立博物館に 「 没後400年展 」 を見に出かけた。

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 90分待ちの長蛇の列、今迄で最長の待ち時間。

◎ 等伯は、修業を想起させる精緻な作風の時期を経て、エネルギーに満ちた画風で花を咲かせたかと思えば、水墨でモノクローム深みの探究に転じる。安土桃山時代に為政者の信頼を得つつあった狩野派と競うように腕を磨き、一代を終えた絵師の力を思い知ることが出来る。1539年、能登・七尾の武士の家に生まれた等伯は初め信春と名乗り、仏画を多く描いた。華やかで手の込んだ初期の仏画の数々を見るだけでも、素質を知るには十分。
 特筆すべきは、大胆で華やかな京都・地積院の 「 楓図壁貼付 」 と、枯淡の極致とされる東京国立博物館蔵の 「 松林図屏風 」 という、対照的な趣を持つ名作が同じ会場で見られることだろう。

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 「 楓図壁貼付 」 の巨木を前にすると当時の権力者、豊臣秀吉を象徴しているのか、絵師自身の栄華をなぞらえたのか、といった想像が膨らむ。人間の姿態のような太い幹と、画面を細かく彩る花や紅葉を、桃山という時代の華やかで力強い空気の表れと見ると、歴史が身近になってくる。

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 一方、木を画題にしながらも実は空気を描きたかったのではないかと思わせる 「 松林図屏風 」。 もともとこの絵は、紙の質などから考えて画稿だったという説が有力だという。下書きゆえ、絵師の心がより直接的に表れたと見たい。 
 長谷川等伯展より


 ● 私(増澤)思いますに、執拗な写実に見入るばかり。また、墨絵の余白の白に、なるほど空気の流れを感じた。しかしながら、お説のように本絵の為の下書きだとしたら、出来上がりの素晴らしさに思いを馳せながら、未完成の力強さをそこに見ることが出来る ( 設計のエスキースが力強いのと同じように・・・けれども打ち合わせしていくと徐々にしぼんでいく事も多々ある、せめて最初のイメージが五割残れば大成功 )。 時に墨絵には色さえも浮かぶ。


○ 枯木猿猴図 ( こぼくえんこうず )

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○ 恵比須大黒花鳥図

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 ● 蛇に睨まれた蛙の如く、鳥に睨まれた虫、 射るような目線、逃げられない、縮み上がってしまいました。


○ 萩芒図屏風 ( 萩部分のみ )

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● 私(増澤)、松岡正剛 『 山水思想 』 より等伯山水言葉遊びをしてみました。

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◎ 現代美術家の 天明屋 尚さんはこう述べています: BASARA絵師 等伯。

 戦国武将が群雄割拠した桃山時代は絢爛豪華なBASARAの黄金期であり、戦国期を代表するアイテムといえる。

 水墨画も有名だがここでは「 楓図壁貼付 」 を挙げたい。金箔をぜいたくに使い、真ん中に巨木化した豪壮な楓、周辺に色とりどりの草花をあしらい、群青の水景をアクセントにど派手な美を表わした。
大徳寺三玄院にある別の襖絵には、こんな逸話が残る。等伯が同院に襖絵を描くことを願い出たところ、却下された為、和尚の留守に一気呵成に描き上げて立ち去ったというのだ。ためらいなく瞬時に描く行為。さながら現代の即興ペイントするアートの元祖ともいえよう。

 大名のお抱え絵師として一大勢力を築いた狩野派に真っ向から対抗し、下克上を突きつけたのが長谷川等伯だ。

 そんな反骨精神が、BASARA絵師に似つかわしい。



● 先人の美意識にただただ感服の一日でした。
  
Posted by masuzawa05 at 20:12Comments(0)

2012年03月05日

MY辞書より・その4 ( 遊 )


 ● 私(増澤)の好きな白川さんのことから。

◎ 一番好きな言葉は 『 遊 』 白川静はそう語っていた。

< 遊ぶものは神である。神のみが遊ぶことが出来た。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことが出来た >

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 白川が雑誌 『 遊 』 に連載したのは昭和53年から54年にかけて。執筆を依頼した当時の編集長、松岡正剛さんによると、誌名と好きな言葉が一致しているのは偶然だったようだ。 「 一番好きな言葉が 『 遊 』 だったというのは、ずいぶん後から知りました。うれしかったですねえ 」  

 遊: それは、隠れたる神の出遊を意味する、と白川は説く。

< かつて世界は、閉ざされた空間であった > どこへでもでかけることができて、この地上のどんな辺境のことでも映像や情報を共有してしまっている現代人には、想像しにくい。だけど < 古い時代には、見知らぬ地には悪霊がみちみちていた > のだ。生活空間を広げるのは、簡単に出来ることではなかった。異民族や野生動物や悪天候や地勢・・・・。出かけることさえ命がけで 「 呪力 」 の助けを必要とした。

 冒頭に記した 「 遊字論 」 の一文は、こんな風に続いていく。

 < 遊とはうごくことである。常には動かざるものが動く時に、遊は意味的な行為となる。(中略)神は常には隠れたるものである。それは尋ねることによって、はじめて所在の知られるものであった >

 松岡正剛は自著 「 遊行の博物学 」 の中でこう述べています:

どの民族の文化史においてもそうであったように、この国にも、二種類の遊び方があったようだ。それをごくおおざっぱに言えば、 「 神の遊び 」 と 「 人の遊び 」 である。まず 「 神の遊び 」 は今でも 「 あそばします 」 とか 「 御覧あそばせ 」 などという言葉がつかわれている。のべつまくなしにつかわれるわけではない。本来は過分の客にたいしてつかわれる。さらに本来は神についてつかわれた。あそばしますもの、それは神において遊ばせるということだ。
神はときおり出遊するものである。かならずしも鎮座していない。たとえば神無月という言葉は、神々が出雲へ遊びに出かけてしまって各神社が留守になったという月のことをいう。・・・中略、

「 神の遊び 」 にたいして 「 人の遊び 」 がある。分類すればこのようになるのだが、むろん当初はこのふたつは神人交感してつながっていた。 「 人の遊び 」 はまず 「 神の遊び 」 をもてなすことにはじまった。もてなすには相手を知る必要がある。しかも相手は神である。とりあえずは神の力を借りてみるしかなかった。 云々。



 ● ・・・で私(増澤)、新聞の 「 かんのん道をゆく 」 を読んでいて、はたと気がついた。 ( 観音さまは男なのか女なのか、論争は後で述べるとして )

 これは、 9世紀・平安時代前期 法華寺 「 十一面観音立像 」 です。

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 ○ 唇の赤さ、眼の黒さ、量感豊かな体が妖しい美を放射する。光明皇后の伝承で親しまれている。

 右足に注目したい。親指をわずかに反らせ、一歩、見る者の方へ踏み出す気配を見せている。 『 遊び足 』 といい、優雅で女性らしいたおやかさである。

● 動きを表現することは、動かないものの心を表現することである。そして動こうとする心が ‘ 遊び心 ’ に通ずるとは・・・。観音さまは、どこに向かって動こうとしているのか、崇高で艶めかしい遊行のお姿。
もう一度、写真左下、右足の 『 遊び足 』 をご覧いただきたい。


 ● 若手能楽師の観世喜正さんが能の粋を今に伝えるべく 「 能楽神遊(かみあそび) 」 という会を結成して15年になるという。能楽のもとは、寺社の祭事における平和と五穀豊穣を祈願する翁猿楽という芸能だ。会の名前は 「 八百万の神遊(あそび)、これぞ神楽のはじめなる 」 という謡の一節から名付けたという。ここでも神の遊びと人の遊びが ‘ 感謝の気持ち ’ を繋ぎとして連綿と続いていることを思うと、神の出遊は気まぐれではなく 「 季節のみのり 」 に合わせた人の営みと重なっている。



○ ここでもう一つの MY辞書より

 古来男性を表わした観音像、優しい女性的な姿で魅了:

仏教では世界を地獄界から仏界まで十界に区分する。このうち、声聞、縁覚、菩薩、仏の四界は悟りの世界で理想境とされる。これらの世界に住む者は絶対の力を持ち、休むことなく衆生を救うための努力を続けている。この菩薩界に、女性にみなされがちな観音がいるのだが、四つの悟りの世界にいるのは男性だけなのである。観音菩薩を含め菩薩はすべて男性なのだ。よく見るとヒゲの有るものもある。
 


 ● 私(増澤)思いますに、優しさゆえに女性的でもあり、両性具有ともとれる。阿修羅像など美少女風美少年でなまめかしい。

 じっとしていては面白くない。

遊びに動き出す心の変化、そして、心の動きに伴う具体的な初動に表れるのが観音様の 「 遊び足 」 とすると、足を動かさなければ心が動けないという逆説にも通じているようにも思える。足の動きが、心の変化を伴って私の心に訴えてくる。ならば遊び心の第一歩にみる ‘ 足 ’ の表情に、奥ゆかしくも艶めかしい人の営みを感ずる。


そろそろ “ 私も動いてみようか ” と 下世話な遊び心が疼き出す!
  
Posted by masuzawa05 at 09:31Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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