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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2011年11月28日

CUPNOODLES MUSEUM

佐藤可士和 総合プロデュースのカップヌードルミュージアムに行ってきました。サブタイトル?として、 『 安藤百福発明記念館 』 といいます。
本当はこちらがメインなんですが・・・。
百福さんのことを忘れている方が多いのではないでしょうか

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 外観です

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◎ クリエイティブシンキング ボックス・安藤百福の6つのキーワード。

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1 まだ無いものを見つける
2 なんでもヒントにする
3 アイデアを育てる
4 タテ・ヨコ・ナナメから見る
5 常識にとらわれない
6 あきらめない



○ エントランス回りです。

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● 正面 大階段の下はトイレとロッカールームになっています。近くに大桟橋があるので、圧倒的な階段を見て 『 大 』 その辺がデザインモチーフかなどと、あらぬ疑いをかけてしまいました。


○ 歴代のカップヌードル戦士たちです。

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○ ここで映像を見て百福さんの足跡を辿ります。

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○ 百福さんの実験小屋が原寸大で飾られています。

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○ THINKING BOX です。

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○ 百福ヒストリー ( 名言集 ): 出来ないことはない とか 味に国境はないとか色々な含蓄のある言葉が ‘ イラスチック ’ に飾られています。

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○ 以下、名言集です。

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○ 世界の偉人と黄金の百福さんです

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○どうもここが一番の目玉スポットのようです。マイカップラーメンが作れます。

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● 学生たちが赤い紐の付いた 透明巾着袋 に入ったMYカップヌードルをニコニコ顔で携えている。学生・子供・おばさんたちなら判るが、おじさんたちの場合はどうなんだ、集合時間に遅れてまでも・・・オジサンやってました。


○ いろいろな国の麺 ( ベトナムのフォーとか ) が食べれます。

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● ここだけインテリアの色彩感覚が違いますが、元々麺はこういう下町的なざわざわした中で食べられてきたので、泥臭くという感じですが、ちょっと違和感があり、もう一工夫欲しいと思いました。 いずれにしても赤と白の世界は心がウキウキします。



● キューブな外観とインテリアは、床の木と壁の白、赤の展示、まるで紅白幕の地鎮祭、お晴れの世界。シンプルで明るくていい。平日でも混んでいました。

   雨にけぶる港未来の大観覧車です。

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● ところでこのマーク、デザイン的には “新美術館” と似ていると思いませんか。似て非なるものですが、同一線上と思えるから・・・・・ま、いいか!

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● 一番気に入った言葉

『 人類は麺類である! 』 この名言、百福さんなのか佐藤さんなのか?!


● ちなみに入場料は500円。記念すべき ‘ 1 ’ のゾロ目の入場券

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Posted by masuzawa05 at 10:08Comments(0)

2011年11月21日

ちょっといい話・その10

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◎ 建築と論語 ( 住まいづくりの要諦 )


○ 住まいをつくるときの心構え:
「 本立ちて道生ず 」

 しっかりと両足を地に着けて立つことにより、 ( 良い住まいをつくるための ) 基準とすべきやり方が導かれる。


○ つくり手の価値観:
「 君子は義にさとり、小人は利にさとる 」

 立派な人は義 ( 本来なすべきこと ) を大切にすることに喜びを感じる。ちっぽけな人は自分が儲けること、得をすることによろこびを感じる。


○ 住まい手のあり方:
「 己の欲せざるところを人に施すことなかれ 」

 自分がされていやなことを、決して人にしてはならない。( 隣地・町並みへの配慮 )


◎ 建築と論語 ( 設計の心構え )

○ 設計者のあり方:
「 名正しからざれば則ち言順(したが)わず。言順わざれば則ち事成らず 」

言っていることが正しくなければ、その内容は発言通りに進まず、言葉の通りに進まなければ何事も成しえない。


○ 設計者の姿勢:
「 いやしくも仁に志せば悪(にく)むこと無し 」

 もし仁の心で対応すると、いやなことや酷く苦しいことはない。


○ 設計者の行い:
「 過ちて改めざる、是を過ちという 」

 度をこすこと、分をこすことをあらためない、これこそが間違いである。


◎ 建築と論語 ( 作り手が心がけること )

○ 工務店の選び方:
「 其の為すところを視、其の由るところを観、其の安んずるところを察すれば、人いずくんぞかくさんや 」

 その人(会社)がやっていることを注意してよくみ、そのよって立つところをみ、その人(会社)がどのようなところでおだやかに落ち着いているかを、隅々まで調べれば、その人(会社)の特徴がわかるものだ。


○ 工務店のあり方:
「 不仁なる者は以って長く楽に処(を)るべからず 」

 仁の道にそむく者が、長い間ずっとウキウキする状態にあることはない。


○ 工務店の姿勢:
「 仁者は難(かた)きを先にして、獲(と)ることを後にす 」

 仁の道を進むもの(情け深い人)は、憂(うさ)わしいことを一番先にし、利益などの獲得を後にする。


○ 工務店の基本方針:
「 利に放(まか)せて行えば、怨み多し 」

 利益を得ることばかりを考えて行動していると、相手を不快にする。ひいては、誰からも相手にされなくなり、自らが損失を被ることになる。


○ 施工の第一:
「 其の事を善くせんと欲すれば、先ず其の器(道具)を利とす 」

 良いものをつくろうとするならば、先ずは、それをつくる道具を研ぐなど、しっかり調整しておくことだ。


◎ 建築と論語 ( 建築の技を習う )

○ 修行中の者:
「 学びて思わざれば則ちくらし 」

 学んだことに心を細かくくだかなければ、網がかぶせられた状態に似て、それを実際に活用することができない。


○ 年長者の姿勢:
「 学べば則ち固ならず 」

 いろいろな学問に触れると、凝り固まった考えがあらたまるものだ。


○ 教えるとき:
「 憤(ふん)せずんば啓(けい)せず。ひせずんば発せず 」

 躍起になって奮闘しない限り助けず、いらいらして胸が痛むくらいにならない限り教えず。・・・・中略。飛鳥時代、大陸から寺院建築の技術が入ってきました。しかし大陸の建築では耐震性が足りませんでした。そこで、耐震性を付与するために、斗栱(ときょう)や貫が工夫されました。当時の技術者がまさに昼夜、やっきになって大奮闘、脂汗を流し、悩みぬいて到達した技術です。
 

● 斗栱(ときょう): 建築物の柱上にあって、軒を支える部分。斗(ます)と肘木(ひじき)を組み合わせて構成する。ますぐみ(出組み)とも言う。
● この写真は、私どもで設計した旅館のロビーラウンジのインテリアに、斗栱と貫を象徴的にデザインし、クラシカルな和を演出した写しです。

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◎ 原点への回帰:
「 たとえば山をつくるが如し。未だ一簀(いっき)を成さずして止むは、吾が止むなり 」  *(一簀: もっこの事)

 何かを成すのはたとえば山をつくるようなものである。まだ、もっこ一杯の土も盛っていないのに止めてしまうのは、自分がこの世に存在しないのと同じだ。


◎ おわりに:

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 仏教に、有漏(うろ)と無漏(むろ)言う用語があります。心理学やサイコロ・サイバネティクス ( 心理学と工学を融合させた学問体系 ) などをもとに大まかに捉えると、有漏は顕在意識、無漏は潜在意識ということになります。有漏 ( 煩悩のある状態 )は意識界の7〜8%で、90%は無漏 ( 煩悩のない状態 ) にはもともと純粋な心、仁と徳の心が入っています。
 “ 人の生理機能を保つ住宅と論語は、心身を健全にし、幸せをもたらす両輪 ”である。  ( 雑誌アーガス・アイ 樫野紀元氏の建築と論語より抜粋 )


● 私(増澤)ものづくりの心を論語から学ばせてもらいました。・・・・・感謝です。
  
Posted by masuzawa05 at 09:09Comments(0)

2011年11月14日

三人の人類

◎ 「 足跡 」 と書いてアシアトと読めば、廊下の濡れた足型や、犯罪の捜査活動に使う靴跡のように、そのイメージは具体的である。しかしソクセキと読むと、がぜん言葉が深い広がりをもってくる。人生、文化、民族とスケールも大きくなる。

 新聞の文化欄、作家・藤原智美さんの人類の足跡についての一文が目に留まった。

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○ まさにソクセキといえるアシアトに出会った。360万年前に残された人類の足跡である。人類学者、真家(まいえ)和生さんの研究室には、タンザニア北部のラエトリで発見された、アウストラロピテクス・アスファレンシスという初期人類の足跡が保存されている。レプリカだが、地表からはがしたように精巧にできている。・・・1978年の大発見は人類学の論争に終止符を打った。

この人類にはチンパンジーと同じ大きさの脳しかない。顔かたちは私たちよりもチンパンジーに近い。石器さえ知らない存在ながら、彼らは何と立って歩いていたのだ。
猿よりも脳が大きくなり、それを支えるために立ち上がった動物が人類、という説は完全にくつがえされたのである。
しかしこの足跡は新たな論争を生んでいる。当初、それは大柄な人類とそれより小さな人類、二人の足跡だと見られていた。大柄といっても足跡から推測するに150センチほどで、小柄なほうは120センチ程度である。初期の想像図は先頭を行く男の少し後を赤ん坊を抱えた女が歩いているというものだった。
ところが詳しく観察するとそれは三人であることがわかってきた。大柄なほうの足跡の中に、もう一つの別の小さな足跡が点々と見つかったのだ。こちらは推定140センチほど。前を行くヒトの足跡をなぞりながら歩くという行動は人間的であり、猿ではない。つまり、それぞれ身長の異なる三人がいっしょに歩いていたということになる。

彼らはどんなグループだったのか ?

近くに噴火する火山があった。地面はぬかるんだ火山灰で覆われていた。スコールがやんだばかりで、地表には雨粒跡も残っている。そこに通りがかったのが三人である。彼らが通り過ぎた1,2時間あとに大きな噴火が起こり、新しい灰が彼らの足跡を360万年間保存することになる。

まずこのグループが家族であったろうと推測するのが順当であろう。二足歩行する人類は、骨盤の形が四足歩行の動物より出産に不向きになる。よって他の動物より胎児が未熟なうちに産み落とし、つきっきりで長い間育てなくてはならない。それには育児、狩りという分業が必要で、現代のような核家族に近いものになる。
三人が家族とすれば話は早い。先頭を父親、そして少し後を母親、さらに子どもが父親の足跡をなぞりながら後ろにつく。これでおさまりがつく。

 しかし、自然人類学者である真家和生さんは違った見方をする。 

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○ 真家さん著作の 『 自然人類学入門(ヒトらしさの原点) 』 を藤原流に要約すると・・・・・:
「 同時期にヌーに似た動物の大群が通った足跡も前方に発見されている。父親は狩りが使命だ。先に獲物を追いかけて三人の家族を置いていったのではないか。
すると残されたのは母親と二人の子供。彼らの足跡ではないかというのだ。さらに二筋の足跡の歩幅は同じである。彼らは歩調を合わせて歩いた。身長とその歩幅から類推すると急ぎ足である。しかも二筋の足跡の間は狭い。10、20センチ足らずしかない。きっと母親は、わが子を抱きしめるようにくっつきあって進んだに違いない。その後を上の子が母親の足跡をなぞりながら進む 」 と述べています。

もちろん証拠立てるものはない。答えは永遠に出ないだろう。

 しかしわたしは、この説を耳にしたとき腑に落ちるものがあった。
火山はふたたび今にも噴火しそうな勢いである。もくもくと煙を噴き上げていただろう。しかも見晴らしのいい平原は危険地帯だ。凶暴な肉食獣もいたに違いない。自然は彼らにとって脅威そのものだった。

 360万年前の平原を、おそるおそる行くこの三人を結びつけていた感情は、ひとことでいえば “ 怯え ” ではなかったか。彼らは身を寄せ合いながら生き抜いていくほかなかった。いつなんどき災害に、肉食獣に、病に倒れるか分からなかったのだ。
 昨今、家族のもろさが指摘されるが、その一因には “ 怯え ” の喪失があるのかもしれない、と私は思う。 “ 怯え ” が個々人の内部にとどまり、家族として共有されなくなった時、その絆はもろい。 ― 日経・文化欄より抜粋。


● 私(増澤)、あまりにも人間的(サル的)な情景描写にビックリ! そして文学的だ。
360万年前の出来事ですよ! すごいドラマを見ているような気がする。もっと違う理由があったかもしれないが、他に推測しようがない。できればタイムスリップして聞いてみたい。

 新聞に出た作家の一文が目に留まる。
 なるほどと感動する。
そして、記憶のノートに整理する。

人類学者の本を探す。
そして読む。
いろいろな記述に感動する。

自然人類学という分野を知る。
この分野は初めてだ。
なるほどと感動する。 

ややあって、それをブログする。
う〜ん と唸って納得する私。
知の連鎖は楽しい。


◎ 「 人間に関する情報を蓄えることは、その人の人間観を育ててゆくことになる。人生観や世界観にも関係する。様々な視点から人間を見ること、これが豊かな人間観を育てる必要条件だと私は考えている 」 ・・・自然人類学者 真家和生。


ちなみに本は:
『 自然人類学入門 』 (ヒトらしさの原点) 真家和生著 技報堂出版 ¥2,200円+税
  
Posted by masuzawa05 at 09:50Comments(0)

2011年11月07日

今どきの旅館に必要なもの・その21

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 ● 設計の仕事で私(増澤)が旅館さんに伺う度に、いつもお願いしていた事。

 「 ソフト有ってのハードです 」 どういう風にしたいか仰ってください。我々は作る側のプロですが、使う側のプロではありません。其の辺のところをよく咀嚼してハードである設計に反映させます云々。
 
 ところが、目から鱗が落ちるとはこの事でしょうか。新聞にこんな記事が出ていました。


◎ 現生人類が生き残った理由?:

 かつて地球上には20種類近い人類が住んでいた。しかし、今いるのは私たちホモサピエンスだけ。他の人類が滅び、現生人類だけが生き残ったのはなぜか。約2万5000年前に絶滅したネアンデルタール人と比べると、その秘密が見えてくる。
 ネアンデルタール人はかつて人類の祖先と考えられたが、骨の化石から取り出したミトコンドリアDNAの解析結果から、60万年前に分岐したと判明。約4万年前から1万年あまりは欧州で現生人類のクロマニヨン人と共存していた。
 だが、クロマニヨン人だけが栄えたのはなぜか。
従来は言葉の差だとされてきた。言葉文化を持つことでクロマニヨン人は経験や知識を次世代に伝え、効率的に食料を確保できたと言う。ところが最近ネアンデルタール人にも言葉に関する遺伝子が見つかり、流暢に話せなかったものの言葉を話せたという。ではどうしたことか?
 高知工科大学の赤沢教授は 「 道具の技術革新の差ではないか 」 と言う。ネアンデルタール人の石器は時代が新しくなるにつれて精巧になるが、新しい道具を開発した形跡は無く、20万年近く同じ形状だった。
 化石に残った窒素の同位体を調べると、ネアンデルタール人は肉しか食べていない。ヤリや斧で大型の哺乳類を殺して食べる生活だったようだ。
 
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 クロマニヨン人は1万年おきに石器が進歩。刻む、削るといった目的に応じて加工し、矢尻など狩猟用の道具を開発していった。この結果、小型の哺乳類や魚介類を新たに食料にできた。 「 当時は最終氷河期の最寒冷期で、欧州では食料となる大型の哺乳類が少なかったが、勢力を拡大できた 」 と教授は分析する。

 ホモサピエンスの意味は 「 知恵ある人 」。 技術革新を起こす知恵が人類の繁栄をもたらしたようだ。
( 以上、日経・ナゾかがく、食料確保道具の技術革新か。 より抜粋 )



 ● 私(増澤)、なにをか言わんやである。


時代に合わせて作り方を変えていく。・・・・・ハードである施設作りが大切である。そして、施設作りが変わるゆえにソフトであるもてなしの仕方も、時代に合わせ変わりつつ本道を行く。

もてなす道具空間としてのハードがソフトを喚起刺激し、商品建築として施設の変換をなし、旅館の繁栄をもたらす!?

そんなことが有ってもいい ( 施設・空間・空気が商品だから )。

 構造的不況業種と言われないように、もてなしの道具である施設創りに知恵を使い技術革新を加え、 日本の ‘ 宿り ’ の繁栄を導く。

そこにこそ我々 旅館・設計士の生きる道が在る。

世界の建築はアニミズム的感性に裏打ちされた、日本の数奇な空間に集約されると信じている。それは自然との一体感が演出されているからです。

「 心は冒険を求めている 」。

今からでも遅くない! 石井建築事務所に声を掛けていただいて、一緒にゆるやかな改革を実行しようではありませんか。 ハードが大切です さあ、始めましょう。
  
Posted by masuzawa05 at 09:48Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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