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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2010年11月29日

天丼

 以前、銀ブラのついでにソニービル地下の天一で、白ワインを飲みながらカウンターで天ぷらのランチを摂ったことがある。 ( 天ぷらにはプレーンな白ワインが合う ) どうも天國なのか、天一なのか判らずに入ってしまったようで、そこは紛れもなく天一だったのだが、それ以来天國 ( てんくに ) に行きたいと思っていた。

183天國・1






 たまたまTVの ‘ 街歩きもの ’ 銀座特集で、天ぷらの天國を放映していて、親方の天ぷらを揚げている無駄のない動きや、天丼につゆをかける仕草に見惚れてしまった。
なおかつ、初老の支配人の客あしらいに老舗 ( 創業120年の ) のさり気ないもてなしの ‘ 妙技 ’ に感動してしまったものだから、さっそく天丼を食べに行ってみた。

 新橋駅から銀座に向かう通りに面した風除け室を一歩踏み込むと、まさしくその支配人が奥のテーブル席の方から、軽く微笑みの会釈をしてこちらを見やりながら、どうぞと手差ししている。一瞬四人席のようだから悪いと思い、指を一本立てて、一人だからとサインを送ると、又にこやかに微笑んでどうぞと招く。昼時を外れていたので席は2~3空いていたからだろうが、客席に気を配りつつ、舗道から風除け室を経て室内に入るこちらの動きは全てお見通しのようだ。流石だ。

183天國・2






 たかが天ぷら屋、たかが天丼と思いつつも、凛とした彼の立ち居振る舞いに気圧されて 『 C・天丼 』 を頼んでしまった。
                               
C天丼は: 海老二尾、キス、文甲イカ、大海老一尾、野菜二点、で一番高く2、940円の天丼なのだ。以下B,Aの順に値段が下がる。一番安いのがお昼天丼 ( 土・日・休日は無しの平日サービス ) で1,100円。それにお昼ビール210円を付けることもできる。銀ブラついでにお昼には天國の天丼目当ての客が多いいからであろう。

 タレは甘からず、しょっぱからず
 御飯は硬からず、柔らかからず
 代々受け継がれたタレといえども、てかてかせず。
これみよがしの汁沢(つゆだく)ならず
熱々でうまい。

 周りを見渡すと、銀座の買い物ついでであろうか、初老の紳士淑女が軽めの天丼を食べている。よく観察すると四種類の天丼は香の物と味噌汁を付けた構成はどれも変わらず、丼の絵柄だけが違っている。それも老舗の気遣いなのだろうか。
                      
( ギンブラニテンプラ・テンクニノテンプラ。かつて天國が配った、マッチ箱に印刷されたこの文句が銀ブラ族の合言葉になったという )

 老舗の名物天丼であれば、金額に関わらずどれも旨いはずで、まして平日のお昼に天丼を食べに来るお客様への心遣いであるとすれば・・・・・しまったと思ったが後悔先に立たずである。

 2,940円(税込み)の天丼は、私にとって金額面からは邪道であったが、お勘定を終えパンフレットに手を出すと、さりげなく 『 銀座200店 』 の小冊子を手渡してくれる支配人の絶妙の間合いは流石で、些細なことで豊かな気分になれる。それが老舗の奥床さであろう。                                    
つぎはお昼天丼でお昼ビールを軽くやろう! それならば、しめて1,310円でおさまる。それこそリーズナブルプライスで、銀ブラにささやかな花を添える。


大学生時代の日曜日のお昼、懐具合が豊かなときは、近くの蕎麦屋で 『 カツ丼とざるそば 』 か 『 天丼とざるそば 』 を食べるのが楽しみだった。今でこそセットものはあるが、 『 天丼+ざるそば 』 でないところがミソで、○+○はどちらかがメインで残りが従なのだが、○と○は両方が同格であり、二つ食べるという当時はそれなりの贅沢であった。
          
7:3 位で天丼の方が多かったように思う。カツ丼  ( 普段我々の食べているのは煮カツ丼と言い、刻みキャベツの上にソースカツの乗ったソースカツ丼もある ) のヌクッとした卵味の汁沢 ( つゆだく ) 飯も捨てがたいが、甘辛の醤油味のタレが ‘ 若いし ’ の空きっ腹にはたまらなく食欲をそそり、そしてなによりも丼ものとサラッとした蕎麦は良く合った。



◎ 話し変わって、かつて嵐山光三郎さんが良い町や村の条件として 『 おいしい豆腐屋があること 』 と述べていたことを思い出しました。

 その理由は 「 豆腐屋は朝早くから起きて、冷たい水を扱い、出来た豆腐もそんなに値段が高い物ではない。大変地味な骨の折れる商売である。なのに、その店が存続していられるのには、それを支える味に肥えた地域の人達が居るからだ 」・・・ と。


 老舗とか、いい街とか考えると “ 人 ” の存在を考えざるを得ません。街づくりは人づくり、店づくりは人づくり。 何故かふと嵐山さんの 『 豆腐屋 』 理論が頭をよぎったのでした。
  

Posted by masuzawa05 at 09:00Comments(0)

2010年11月22日

ヤン・ファーブル×舟越桂展 IN 金沢21世紀美術館

  
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SANAA設計の美術館で、空間体験かたがた、好きな彫刻家の展覧会を楽しんだ。

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● 名前は知らずとも作品は知っている人が多い 舟越桂

前々から見たいと思っていた。
 
削り込んだ楠の木肌に漆喰調の彩色を施し磨き上げた木理がつややかで、まるで生き物の様だ。ヌーボーとして国籍不明の人物は石を使ったカーキ色の目玉が淡く生きている。

表情がたまらなく好きだ。

 像の形態・仕草、肩に手首が付いていたりして、それが変でない・・・不思議。


○ 森の奥の水のほとり

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○ 支えられた記憶

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○ 水のソナタ、急がない振り子

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◎ ヤンファーブル(変貌の天使): 1970年より、Bicの青色ボールペン用いて表面を覆い尽すドローイングのシリーズ 「 青の時間 」 を製作。その後、甲虫の殻や動物の剥製を使ったインスタレーションに発展し、一貫して 「 生と死 」 のテーマを探求してきた。1984年のヴェネツィア・ビエンナーレに出品した前衛演劇 < 劇的狂気の力 > で注目を集め、以降、美術、演劇、オペラ、パフォーマンスなど、ジャンルを横断する活動で注目を集める。


○ 雲を測る男

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● これって、私の好きな感じの構図です。 名前も作品も初めて知る芸術家。


○ フランダースの風景 / 青の時間、コノハムシ

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○ 昇りゆく天使たちの壁、ブリュージュ3004(骨の天使)

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● 片や黄金虫、片や骨の切れ端で出来ています。


○ 水に書く男

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● よく分からない人だが、これからも変わり続けることだろう。変わり続けるための物凄いエネルギーを感じる。



● 古都金沢、モダンな白いブリキ缶のような、透けて閉じた美術館、風変わりな作家の展覧会、郷土料理、わざわざ車で出掛けた私。
 
展示物についてはどんなものでも良い訳ではなく、作品によっては美術館を選ぶかもしれない。さもなくば、美術館が作品を選ぶかもしれないと感じたひと時でした。 今回の作品はピッタシでした。

久しぶりのロングドライブ、朝出て昼着く金沢、日本は広いようで狭い。
  
Posted by masuzawa05 at 10:06Comments(0)

2010年11月15日

金沢21世紀美術館

 建築界のノーベル賞、プリツカー賞を受賞したSANAA事務所の
「 まちに開かれた公園のような美術館 」 を見に行った。

ご存知のように妹島和世と西沢立衛、共同主催の建築設計事務所です。( SANAA: Sejima and Nishizawa and Associates )

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 ● 以下は直感的感想とプランスケッチです

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● 外周をガラスで囲った、平たいブリキ缶を白く塗った様な美術館兼の市民ホールといった印象である。蓋を開けずとも中がうかがえる。

気楽で飾り気が無く、なによりも権威的でなく、四方のエントランスから自由にアプローチできるのがいい。しかしながら建物に方向性が無いので、方向感覚が狂い、どこから入ってどこに抜けるのか判らなくなる。普通、建物と外の景色や道路との相関関係で出入り口等がわかるので、均一な外周だとその辺が判かりづらい。建築をやっている私でさえそうなんだから、一般の人はどうなんだろうと思って、それとなく見ていたのだが、素人の家内はそういうことをぜんぜん感じないらしい。
迷路的なことを素通りし、順路に従って内部を素直にワー面白い・素敵とか言って巡ればいいのだろう。その方が素直に作品を鑑賞できるのかもしれない。配置や平面における位置関係を確かめる性癖は私の職業病であろうか。

正方形・枡形の公園にフワリと降り立ったUFOか・・・。

正面とか裏が無く、ガラスの外周と外周に沿った公共スペースに覆われた展示空間、内部に穿たれたいくつかの中庭が公共スペースを介して、外部の芝庭に透明に抜けてつながる不思議、光が内外部を風のように通り抜けるさまは秀逸で、模型による検証がかなりなされたのであろう。
外壁ガラス張りの迷路。軽さが気安さにつながっている為か、気負いなく見ることが出来る。然しながら、軽い空間の割にはしたたかな動線が確保され、建物を取り込んだ公園化の意図・仕掛けが見て取れる。


○ アプローチ周りです

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○ 外部の風情です

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○ 丁度お昼時だったのでランチビュッフェを摂った。パレットのお皿が可愛らしい。

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● 加賀百万石の城下町に突然舞い降りた月餅状のこの物体、なかなかの優れものとお見受けした。

『 市民を繋ぎ、子供たちの成長を見守り、今を生きる美術館 』 という謳い文句は生きているように思える。

レストランで見かけた乳母車の3人連れの若い母親のグループ、お洒落に夏の日ざしを避け透明な涼やかさの中、ランチを摂っていた。コンセプトが受け入れられた証であろう。
車を飛ばしてやってきた甲斐があった。

モダンさは色あせるかもしれないが、みんなの心に芽生えた我がまちの交流空間として、 「 普段着の贅沢 」 として息づいて欲しい。

10年後に再訪してみたい美術館である。
  
Posted by masuzawa05 at 09:57Comments(0)

2010年11月08日

季節の訪れ

 炬燵好きの我が家では秋たけなわの頃、いつから炬燵を出そうかといつも迷う、いっしょに床も衣替えし籐マットから絨毯に換えるからだ。早い時もあり遅い時もあるが、いずれにしても薄ら寒いこの時季、炬燵に入ると何故かホッとしてひとごこちつくのは、床に座る生活ゆえの楽しみであり、特権でもある。

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◎ 詩人のアーサー・ビナードさんは炬燵についてこんな英訳をしている:

Kotatsu
The kotatsu is both a table and a space-heater,
In three parts − a short- legged base with a heat lamp screwed to it’s underside,
A coverlet draped over that, surmounted by a tabletop.  以下に訳文を記します。

こたつ
炬燵はテーブルと置き型の暖房器具を兼ねたものである。
それは三つの部分からなっている― 台の下にネジ止めされた熱球付の短い足つき台と、
それを覆う掛け布団と、その上に置かれたテーブル板で構成されている。


● よその国の椅子で座る形の炬燵に似た機能の物を、何かのTV番組で見たことがあるが、これ程省エネで重宝した使い方をされているのは日本だけであろう。かく言う我が家でも、数年前までは炬燵だけで冬を過ごしていた。


◎ 続いてビナードさんはこんな文を寄せている:

 「 炬燵 」 は冬の季語として、江戸時代から詠まれ、芭蕉の 「 住みつかぬ 旅の心や 置炬燵 」 や、高浜虚子の 「 炬燵出ず もてなす心 ありながら 」 など、数々の名句がある。
 のみならず、 「 炬燵欲し 」 という形で秋の季語にもなり、また 「 炬燵の名残 」 と 「 炬燵塞ぐ 」 は、れっきとした春の季語だ。四季のうち三季にまたがり、日本の生活様式に深く根ざし、 「 おこた 」 の愛称までついて、それなのに相当するものが英語にはない。
 翻訳を試みれば、 「 炬燵 」 の一語だけで俳句の十七シラブルの枠を大幅に超えてしまう。なにせヒーターでありテーブルであること、櫓と熱源の構造、炬燵布団と炬燵板までちゃんと語って、初めて伝わるのだから。そういう点では、上記の英訳は万全を期したはずだ。 〔 シラブル(syllable): 音節 〕


● 炬燵・・・薄ら寒い秋の夜長 ‘ こたつ ’ が欲しくなる
木枯らしの夜はテレビを見ながら ‘ コタツ ’ でうたた寝
やがて
名残惜しく ‘ おこた ’ を仕舞う春の訪れ・・・・・炬燵。
  
Posted by masuzawa05 at 17:33Comments(0)

2010年11月01日

作家の感性に学ぶ・その3


 私(増澤)高校時代に島崎藤村の 『 初恋 』 を必死で暗唱したことがある。

「 まだあげ初めし前髪の・・・・・・」 もう四十数年も前のことである。

 北方謙三 私と同い年、それも十月生まれ。ボルサリーノを目深に被り、葉巻をくゆらす感じ・・・、ハードボイルドものはあまり好きでないので、読んでいないのだが、 『 水滸伝 』 だけは文庫本が出たらこれから全巻読破したいと思っている。


 そんな時 “ 私と読書 ” と題した彼のインタビュー記事が出ていました:

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◎ 先日、書庫を整理していたら、 「 定価五〇円 」 と書かれた一冊の文庫が出てきた。有島武郎の 「 惜しみなく愛は奪う 」 だ。 おそらく、高校生のころに読んだ本に違いない。開いてみると、物差しで丁寧に何本も線が引いてある。なんと切実に読んでいたのだろう。
 小説を書き始めてから数十年、直木賞や新人賞の選考委員もやっているので、今では仕事で読まなければならない本も多いい。小説家として言わせてもらえば、ぼくは 「 読者 」 がうらやましい。今、本を開いても、いい小説にはムッとするし、そうでない本にはもっとムッとする。
 物差しで線を引っ張っていたあのころの読書は、もう味わえないのだ。なんという快楽を失ったことか。実際、書庫を片付けるたびに、大量の本を処分せざるを得ないのだが、処分できずに残してしまう本は、十代のころに切実に読んだ本ばかりだ。だからぼくは、読者がうらやましくて仕方ないのだ。邪念無く読書に没頭できるのだから。

 そして邪念の無い切実な読書は、心の中に街を作ってくれる。

 心の街は、本を読むたびに広がっていく。最初は、同じような本ばかり読んで、似たような団地が建ち並ぶだけの街かもしれない。一軒家かもしれない。それでもいい。それでも続ける。次第に道ができ、カフェや花屋が建ち並ぶ。心の中の街で、いつしか豊かな生活が営まれていく。

 心の中に 「 アナザーワールド 」 を作るということだ。そこが自分のよりどころとなる。心の中の街があなたの 「 人間の力 」 を大きくしてくれる。
 
 では何を読むか。情報だけのビジネス書を読むことを、僕は読書とは思わない。これは勉強だ。読書とは、想像力を刺激する行為だ。読む人次第で、本の価値は変わる。想像を膨らませることで、貴方の街も豊かになっていく。これが人間の大きさだ。少なくともぼくは、面白い街を作っている人間とつきあいたい。

 かつて僕は、青年向けの雑誌の人生相談で、 「 自殺のことを考えています 」 という十八歳の男性に、 「 本を読め 」 「 五十冊読むまで死ぬな 」 とアドバイスしたことがある。豊かな街を持っている人間は、冗談でもそんなことは考えない。読書に消費するプラスのエネルギーは、人間を前向きにさせるのだ。

 本を読むということは自分と向き合うことでもある。そして小説は、人間の影に光を当ててくれるのだと、僕は思う。

「 たかが本、されど本。これでいいじゃないか。 」                
と北方さんは読書賛歌を述べています。



● 私(増澤)、高校時代の 「 まだあげ初めし前髪の・・・ 」 文言も色褪せてしまいましたが、同級生の家内だけは、なぜか活き活きとして存在感を増してきています。

『 初恋 』

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畠の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたもふこそこひしけれ


先日 『 カラマーゾフの兄弟 』 を買って読み始めたのですが、名前が錯綜してしまい続柄が最初からチンプンカンプン。どうしたものかと攻略法を考えていると、たまたまスーパーの本屋で 『 漫画で読むカラマーゾフ兄弟 』 をみつけました。これ幸いと購入して、大体のあらすじを頭に入れ、それからじっくり読破しようと思ったのですが、それだけで分かったような気になって、そのまま今日まで。 ・・・どうしたものか。
  
Posted by masuzawa05 at 14:44Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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