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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2010年02月23日

キース・へリング美術館 ( 露天風呂棟付美術館 )

     
 ● 小淵沢の圧倒的な自然の中で、黒と白と原色 ( 赤・黄・緑・灰  )のうねり。    キース・へリング、作品は見たことは有るのだが名前は知らなかった。

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 車を停め杜の中をそぞろ歩き、小さな流れに架かる黒い木橋を渡ると原色の建物が見えてくる。
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 外部と一体になった ‘ あしらい ’ に好感がもてる。
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 プラン ( 描き入れた赤線は順路 ) です。
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 彼の作品には、子供に好かれそうな天真爛漫さがある。単純で明るい絵・絵・絵、子連れの若夫婦が楽しそう。そこにはシンプルでなんとも言えないヒューマニティーとエネルギーが満ち溢れていた。
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 全体の構成としては 展示室順路 「 闇 」 → 「 ジャイアントフレーム 」 →   「 希望 」 となっている。

 ○ 闇 : 作品 The Blueprint drawings
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 ○ ジャイアントフレーム : 作品 Untitled 1-5 , Dog , Apocalypse 1-10
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○ 希望 : 作品 Precida , Secret Pastures ,
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◎ 私の大好きな芸大教授のアーチスト日比野克彦さんは開館によせてこう述べています:

 美術館とは一体何であろうか?キースは街の中で自分の絵を描き始めた。それがいつか美術的な価値が付き、ギャラリーで売られるようになり、美術館にもコレクションされるようになる。キースの絵を街の中から剥ぎ取ってくることにより、いつでもそこに行けば見られるようになる。それはいいことなのだろうか?
 NYのキースのアトリエに遊びに行ったとき、そこに彼の描きかけの絵が壁にあった。既に活躍していた彼はギャラリーの展覧会のために絵を描いていた。アトリエで一緒にお茶を飲んだとき、そのテーブルのコースターに彼の落書きがしてあった。それは壁の大きな絵よりも、その場には生き生きとしていた。
 そのコースターでさえ今はアトリエにいることはできなく、ガラスのケースに閉じ込められる。街の中の絵も同じである。絵たちは絵のライブの会場に入ることは出来ないのである。
 ライブを見たい、その絵が一番生き生きしているところでその絵を見たい。その絵がどんな気持ちで描かれたのかをその絵が描かれた場所でその絵を見ながら感じてみたい。
 そんな願いを叶えるのはたやすくはない。美術館で絵だけを見るのは簡単だが・・・・。
と述べています。

● なるほどこの美術館、日本の静謐な田舎に閉じ込められてしまったお茶目なニューヨーク子のイメージ、今は亡きキースも戸惑っていることだろう。


 ◎ 設計をした北川原温(きたがわらあつし)さんは自作についてこう述べています:
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 この空間で私たちが忘れてしまったもの、失ってしまったものを思い出すひとつの 「 寓意の森 」 をつくりたいと考えた。
 与条件を整理して空間的な解を見出し、全体を一定の秩序のもとに統合していくという計画手法がいわゆる一般的な設計作法だとすれば、この空間はその作法から悉く(ことごとく)外れた道を辿った。いろいろの意見、悩み、あきらめ、挫折もあり、しかし思いがけない発見や壮大な構想萌芽もあり素晴らしい夢もみることができた。
 そうしたことこそが建築作りの面白いところだ。私はそのような情況を映画や小説のように捉え表現することが出来ないかと考えた。そして、計画論的な概念を棚上げし、新しい道を模索した。( *寓意:他の物語にかこつけて、それとなくある意味をほのめかすこと)
 ( ちなみに 2008年のJIAの建築大賞に輝いた建物です。)
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● 緑多い自然の中では ‘ 白 ’ はやはり異質だ。
凸な建物のゆるい凹面屋根の部分が外壁と一体になるデザインは、見切りがないほうがシンプルできれいだが、耐久性を考えるのであれば屋根庇は必要でしょう。又、大架構(ジャイアントフレーム)の鉄骨の上にコンクリートスラブを乗せるやり方は、クラック防止に苦労したと有りましたが、庇無しのせいか、大架構のせいか知りませんが、カベの赤のモザイクタイル面に白化現象が出ていました ( 無理は劣化を早めると思われる )。

 黒い逆円錐の外壁、屋上は当然のことながら円形平面になっている。北川原さんはデザイン上、末端下部地面すれすれのピンポイントに痺れるのだと言う・・・!?
 解らない訳ではないが、建築家のひとりよがりと言われそうだ。
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一通りの作品の見学を終え、広報担当の美しい女性に案内されるままに、お願いしてあった露天風呂棟見学に向かう。

雨の道すがら彼女と話した。

曰く、「 キースはゲイで彼は進んでカラードの恋人(彼氏)達を選んだ 」 という。

唐突な話に戸惑いながらも、さもありなんと思った。
             
キース曰く: 「 私は間違って白く生まれてきてしまった 」
           
そして、若くしてエイズで亡くなった。
 
● 私(増澤)、考えてもみれば、自然界の生き物では、例えば蛇や虎にも時たま表れる 突然変異としての “ 白 ” は異端だ。



● お待たせしました、今回の訪問のもう一つの目的、建築家の作る露天風呂の見学です。
                  
平面と外観写真です。
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露天風呂周りです ( 見ての通り開放的であっけらかんとしているのは、ここでは水着着用だからでしょうか・・・水着を着けたらつまらないのだが )
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 凹の浴槽が床と一体になる、屋根の部分でも述べたが、見切りが無い方がすっきりきれいだが、汚れや耐久性を考えたら玉縁は必用だと思うのだが・・・・・。オーバー水は床面のゆるい窪みの先の排水に吸い込まれてゆく。

グループ貸し切りや、外国人の予約もあるという。

 夜のライトアップされた露天風呂、フラットな砂利敷きの先に拡がる緑の竹林と林は美しいでしょうと先ほどの広報の女性に尋ねると、夜の星空もいいが、明け方の空が素晴らしいとの返事。 えっ! と思って聞き返したのだが、明け方でも予約なら貸し切り可能だと言う。   

考えてもみれば漆黒の闇の景色は、美しいけれど単調なのかもしれない。
                                              
「 しらしら明けの星と月。 ささやき始める小鳥達。 夜と朝をつなぐ刹那・・・・・ 」その方がドラマチックであろう。

 
 私(増澤)、デザイナーとしてまだまだ修行が足りないと思う今日この頃ですが、新しいものを見ると、もっと良いデザインが出来そうな気がしてくる。果てしないロマンが道を拓き、光明が射す。

 多分、・・・・・そう思えるうちはこの仕事を続けるのだろう。
  

Posted by masuzawa05 at 09:37Comments(0)

2010年02月15日

聖地チベット( TIBET )について

     
 好きなチベットの現状について気になっている事が有って、上野の森美術館で開かれている 『 ポタラ宮と天空の至宝・チベット 』 展 に行ってきました。
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 パネルの説明文の出だしから 「 中国に於ける・・・・・ 」 で始まる文言に私、何故の疑問???・・・・・???

 チベットはあくまでもチベットであって、それ以外の何ものでもない。何故中国なのか? そう・・・・・・・又、思い出したらその憤る想いが頭を駆け巡り展覧会どころではなくなってしまったが、それでも先ずは見てみようと思った。


● 全体を見て回って、この国の ‘ 信仰心の深さ ’ を感じた。 信仰の深さは政治には関係ないのだが、信仰に裏打ちされた日常が政治に翻弄されているのが悲しい。近代国家とはえてしてそんなものなのか !?
 以前文庫本で読んだ13世紀の人道政治家、サキャのような人が出て来てくれないだろうかと祈らずにはいられない。

◎ カンギュル ( 経典 ) について: 
インドからチベットに仏教が伝来し、サンスクリット語の経典のチベット語訳が11世紀以降、盛んに進められた。
 「 カンギュル 」 は、たくさんの経典が伝わることから第二の敦煌と呼ばれるサキャ寺 ( 以前ブログでサキャの格言集を載せたことがあります。参照いただきたい )に残るチベット大蔵経の一部。幅70センチ以上ある330枚の紺色の紙にチベット語で経典が書かれている。功徳を積む目的で、写経は頻繁に行われた。
 チベットの人々は、信仰心の表現方法として、寺院や僧侶に寄付したり、聖地への巡礼に出たりした。

◎ 「 マニ車 」 について: 巡礼が手にする必須の仏具だ。内部に経文や祈りの言葉が収められ、回すごとに経文を唱えるのと同じだけの功徳があると信じられている。内部の経文や、装飾まで各家で特注することも多いという。

 ◎ チベットでいまも行われている ‘ 鳥葬 ’ も神や縁者の生まれ変わりかもしれない鳥への布施なのだという。鳥葬は事故や不慮の死者には許されず、幼児は川での水葬となり、ほかの者は土葬となると聞いて、鳥葬は、天寿をまっとうした者への特権なのかもしれないと思う。と写真家の長倉洋海さんは写真集 「 西域の貌 」 の中で述べています。


● 今の日本、特に中国寄り民主党政権の無防備な外交の時世に開かれたこの展覧会、国家間の露骨なイデオロギー検閲にあっては、チベットのいきさつや、詳細な記述なんぞはある筈も無いのだが、ざっと見て回って私の感性を試してみた。


○ これはチベットに於ける千手観音像 (十一面千手千眼観音菩薩立像 )。

すべての人を救済するためたくさんの顔、手と目を持つ。
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 ● 見終って、やっぱり、チベットはチベットだろう! 中国としてのチベットは考えられない。チベットにはチベットの香りがする。と、そこへ収束する。


● そこで、チベット自治区について調べてみた:

○ 中国の公認された少数民族としてのチベット族(蔵族)の居住領域に設けられた民族自治区とされるが、チベット自治区の領域は歴史的・文化的なチベット地域のうちの、中国領に内包される部分の一部で、歴史的に西蔵と呼ばれてきた地方を占めるのみであり、中国語による名称は 「 西蔵自治区 」 という。

 歴史的・文化的なチベットの全体ではなく、その一部を占める中国行政区域であるチベット自治区をもって、そのチベット全体域と同一視するむきがある。それは聖地ラサを制圧しているからかもしれない。

 亡命政府は中国政府に対して、歴史的・文化的なチベット全体の一体性を要求し、チベットとチベット自治区の中国側の同一視に対して異議を唱えている。

○ 中国共産党は、国民党との内戦に勝利し、チベットに対しても、1949年までにアムド(青海)地方、カム地方を征圧し、この年の10月に 「 中華人民共和国の建国 」 を宣言して 「 中国人民政府 」 を発足させた。そして1950年、 「 西蔵和平開放 」と称して、人民解放軍を中央チベットに派兵、1951年にラサを占領し、チベット全土を制圧した。 

 1911年: 辛亥革命、チベットにおける満州人の支配崩壊
 1913年: ダライラマ13世、チベット独立宣言。モンゴルと相互承認条約を結ぶ
 1933年: ダライラマ13世死去
 1940年: ダライラマ14世即位
 1949年: 中国人民解放軍、チベット東部のチャムド占領
 1951年: 人民解放軍、ラサ進駐
 1956年: チベット動乱の始まり
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 1989年: 亡命中のダライラマ14世ノーベル賞受賞
 1998年: 国連高等弁務官 チベット訪問
 2008年: チベット動乱の始まり

 ● 1949年以来、明らかに人民解放軍の武力による介入なのだ。

○ 民族・国土: 2002年の人口267万人の内、チベット族が93%、漢族6%でこれに次ぐ。残りは回族0.3%、モンパ族0.3%。  面積日本の約4倍

● そして今、中国は商売と称し漢族を続々と送り込んで経済面 ( 貧しさにつけこんで ) から制圧しようと目論んでいる。

○ 資源: 大量の石油、天然ガス、鉱物資源(希土類元素)の存在が確認されている


● 私(増澤)がこのチベット展に求めたものは
 大高原と仏教、天空に暮らす人々。豊かな自然をも含めた総合芸術としての国の有り様を期待し、出掛けたのだが・・・ポタラ宮はその象徴であったのだが。
 
 ○ 建築家の藤森照信さんは天空についてこう述べています:

 建築にかかわる者として生まれたからには見なければ死ねない、とその昔、若気のいたりで思った建物が二つある。一つはチベットのポタラ宮、もう一つはジェンネの泥の大モスク。なぜこの二つについてそう思ったのか、若いころは自覚していなかったが、今になって考えるに、ポタラ宮は “ 天空 ” を、泥の大モスクは “ 大地 ” を象徴しているからではないか。 ・・・・・ 「 建築の原点 」 から抜粋。 

 ● 仏像等の羅列ではチベットをより深く知るには物足りない。天空の楽園を垣間見たかったのだが、私の一方的な思い込みからは肩透かしであった。後日新聞にこんな記事がありました。

 ◎ 小柄で物静かな女性だった。インタビューで 「 あなたにとって中国とは? 」 と第1問をぶつけた。 「 大きな壁の中の国 」 と答えた。 「 壁の外にウイグル、チベットがある 」 と言葉が続く。誰の発言か、おわかりのひともいるだろう。
 「 中国に一番憎まれている女性 」 「 ウイグルの母 」 ・・・ 「ラビア・カーディル自伝 」 には、こんな説明がつく。どんな人物かは、この本を読めばわかるが、中国にとっては 「 テロリスト 」 らしい。自伝の日本語版刊行を理由とした今度の来日に当たっても、中国政府は、日本政府が査証を発給した点に抗議した。
 
 中国政府に 「 一番憎まれている女性 」 がラビアさんなら 「 一番憎まれている男性 」 はチベットのダライ・ラマ14世か。ラビア自伝にはダライ・ラマが序文を書く。盟友である二人が先週、東京の外国特派員協会で相次いで記者会見した。批判された中国は愉快ではないだろう。が、余裕もあるはず、ともみえる。
 ふたりとも日本政府当局者と会っていないからだ。ダライ・ラマはオバマ大統領からも会談を拒まれた。それ以前の3人の大統領はいずれも会っているから政策転換だ。
 日本でも2年前、民主党の鳩山幹事長はダライ・ラマに会い支持を伝えたが、首相になったら会わない。日米とも、中国には抗(あらが)えぬ?   日経 春秋より。

( 後日談:2010年2月、台湾への米国の武器輸出に中国が強固に抗議したため、オバマ大統領は中国の態度が気に入らないらしく、又もや政策転換、18日にダライ・ラマに会うという )


● 私(増澤)、なにをかいわんや ( だらしがねえ、つまらねえ ! ) である。

新疆ウイグル自治区についても、同じようなことが言えると思うのだが・・・・・・、 『 中華思想 』 いかがなものか。

いろんなことに対して、もう一つおまけに 「 バカヤロウ ! 」 である


鳩山さん中国人は “ したたか ” で 一筋縄ではいかない民族ですぞ。

友愛を論ずる前に、母性愛に溺れることなく、
自立した大人として、
国を預かる筆頭政治家として、

しっかりとした防衛力に裏打ちされた外交を!
  
Posted by masuzawa05 at 09:31Comments(0)

2010年02月08日

今どきの旅館に必用なもの・その18

     
 見慣れた温泉街に‘ 潤いを ’

 街並みを丸ごと数奇る! 


 景気の動向に揺さぶられ、そのせいか今まで行ったことの無かった ‘ 温泉街 ’ に行くことが多くなりました。

箱物然としたビル状・旅館建物がひしめく、アスファルト道路と駐車場に埋め尽くされた温泉街はなぜか荒んだ感じがする。我々は周囲の自然景観に配慮した建物作りをしてきているのだが・・・・・、まるでバブルの遺跡を見るような・・・・そんな景観が眼前に拡がっていた。

 荒んでいるのは、それぞれのオーナーや、地域の人々の心が荒んでいるのであって、バブル・団体旅行全盛時代の吾も我もと、自分の所だけを考えた配置計画や建物の偉容は、致し方ない面もあるが、ある意味滑稽でもある。当然設計者の我々にもいくばくかの責任があるのだが・・・・・どうしたものか。

 「 人の手になるものは時として醜いが、自然に醜いものは無い。すべてが美しい。この単純な事実になぜ人は気がつかないのか、醜いということは、結局自分たちが作り出したものに対する我々の自己嫌悪ではないのか 」― 池澤夏樹

 そのことをずっと思いつつ、とある旅館の屋上から、温泉街をぐるりと眺め回していて、ふとアイデアがひらめきました!

 現状の建物群と街並みを、ポイント植樹と外壁のライティングによって、街全体をライトアップする。
壁を舐めるあかりによる建物の陰影と緑の植栽と道端のベンチ等でエクステリア空間の変身を図る! 建物自体を街中に在るオブジェとして捉える。
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 建物がひしめいていればいるほどいい。街全体をひとつの公園としてとらえ、あるがままに演出してみてはどうか。

 照明とシンボルツリーとベンチとフラワーポットなら、大してお金は掛からない。


 ダメだと思っていた外観デザインや玄関前のアプローチ空間、地域全体が一区画という目で捉えると、個々にはアンバランスでも、バランスがとれてくる。アンバランスのバランスである。


 温泉街全体を一つの庭と見立てたランドスケープデザインをする。地面の起伏や、緑、照明の縦・横・上下・斜めの照射角度による陰影やあかりの色気が、思わぬ良い効果を生むであろう。人工環境による自然化である。


 建物は大小様々なボリュームのストーンへンジだ。ライトアップされたストーンヘンジ( 箱状の旅の棲家 ) は植樹と道とベンチとフラワーポットに裾まわりを彩られ命を与えられる。 ‘ 旅の棲家箱 ’ は自分で ‘ 安心・清潔・快適 ’ を旨に徐々に小額投資で改装していく。
自分のところだけで出来ないものはランドスケープデザインを専門家に託す。自分で完結しようと思うから出来ないのであって、プロの力を活用する。そのことが大事であって、全体で見たほうが安上がりで、間違いが無く、地域に人を呼び込めること請け合いである。

 ただし、公共 ( 道 ) に面する個 ( 私有地 ) の部分には、最低限の植栽・空地・照明を全体の流れの中で、規制と条件付けをすること。

なにやら楽しそうな雰囲気がしてきた。

個々の建物が完璧さを競うのではなく、現状の街並みをあるがままの形で全体を公園化する。個性的でない建物群の方がバラバラであるがゆえに、全体として見たときには却って個性化が図れるだろう。

 ぽっつら、ぽっつら取り壊しの建物も出てきているが、そこの空地にはこの考え方を適用し、全体とのバランスを考慮し、よりインパクトのあるものを嵌め込む。植栽や、足湯、共用トイレetc、全てが温泉街公園として捉え対処する。

 
 なにか出来そうな気がする。
アンバランスのバランスをとる手法こそ、日本人の数奇思想だから。
  
Posted by masuzawa05 at 10:18Comments(0)

2010年02月05日

号外! 石井建築事務所 住宅相談会開催

◎ 石井建築事務所はリーズナブルプライスの住宅も設計いたします。


旅館設計で培った数奇屋のノウハウをもとに、和風・洋風にこだわらず、庭や自然を取り込んだ “ 伸びやかな住空間 ” を提案いたします。

 新築住宅、住宅のリフォーム
 マンションの楽園化・リフォーム
 住宅に限らず、旅館・ホテルのご相談にも応じます。

 2月7日( 日曜 ) 第一回目です。
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サンウェルぬまづ


 ● 遊び心の先に夢がある。社内でこんなことにもチャレンジしています!

   極小・個性派住宅の薦め

巣家 ( すや ) シリーズ


子供の頃遊んだ木の上の家

普段は水の流れない橋の下の住みか

浜辺のボート屋根の雨宿り

河辺の石積み土手の陽だまりの窪地

大木の洞(ほら)の温もり



 棲家は面白い方がいい。
 小さければ小さいほどいい。
 使い易ければ使い易いほどいい。
 住み手の個性が滲み出ている方がいい。
 美しく刺激的な方がいい。
 心が豊かになる方がいい。
 何もかもは要らない。



 ● そこで私(増澤)、早速提出しました。

 『 閑居 』 と名づけました。 12.5坪の土間のある家です。
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 いかがでしょうか!?

 ご来場お待ちしています。
  
Posted by masuzawa05 at 13:58Comments(0)

2010年02月01日

写真家の感性に学ぶ・その3( 生き物たちの宇宙 )

   
● 私(増澤)思いますに、彼( 星野道夫 )はアラスカの大地、動植物、そして自分自身さえも風景と一体になりたかったのだろう。そうしていると 『 優しさ 』 が繋ぎになり、いつしか空気のように全てが溶け合って一つになる。その為に、何のガードもなしにその中に埋没していく。そして大自然の風となる。
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◎ いつか おまえに 会いたかった

遠い こどもの日
おまえは ものがたりの中にいた
ところが あるとき
ふしぎな体験をした
町の中で ふと
おまえの存在を 感じたんだ
電車にゆられているとき
横断歩道を わたろうとする しゅんかん
おまえは
見知らぬ 山の中で
ぐいぐいと 草をかきわけながら
大きな倒木を
のりこえているかもしれないことに
気がついたんだ

気がついたんだ
おれたちに 同じ時間が 流れていることに


○ これほど春を告げる光景を見たことがない
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○ ドールシープは高山地帯に生息する
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○ 五月の息吹、ムースの新しい生命がどこかで生まれている。
ある日森の中で、二頭の仔ジカを連れたムースに出会うだろう。
けれども近づいてはいけない。仔どもをもった雌はとても緊張しているのだ。
母親はその大きな耳をアンテナのように動かしながら、
森の中のわずかな物音さえ逃そうとしない。
オオカミ、そして冬ごもりから覚めたばかりの腹をすかしたグリズリーが、
この新しい生命を狙っているのだ。
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○ 草を食むウサギ
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○ チュルル!
トウヒの森のしじまを破り、
アカリスの警戒音が聞こえてくる。
僕の好きな極北の小動物。
トウヒの種子を食物にして、
残ったマツカサの殻は木の根元にうずたかく積まれ、
その山の中に越冬食料を貯えている。
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○ オオカミ
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○ 川沿いの土手を歩いてゆくと、
なぜかそこだけに
花が咲き乱れている
ホッキョクギツネの巣があった。
長い歳月の中で、
幾世代にもわたる
ホッキョクギツネの排泄物が、
大地に栄養を与えてきたからだ。
白夜の風に吹かれながら、
じっと待ち続けていると、
やがて仔ギツネが巣穴から姿を現し、
花の中でたわむれている。
ツンドラの彼方から、
狩を終えた母ギツネが、
獲物をくわえて走って戻ってきた。
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○ アラスカの自然を旅していると、
たとえ出会わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する
今の世の中でそれはなんと贅沢なことなのだろう。
クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。
もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も恐れずに眠ることができたなら、それは何とつまらぬ自然なのだろう。
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○ ホッキョクジリス
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○ オコジョ
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○ ある日、風が運んできた雌の匂いに魅き付けられ、
森を抜け、川を渡り、さらに別の森に入ると、
雌の群れを囲いながら戦士のように立っている雄のムースに出会うだろう。
夏の間に貯えた脂肪が鎧のように身体を覆い、
輝くような肉体に変貌している。
繁殖というただひとつの目的に向かい、
テリトリーを奪い合う雄同士の戦いが始まってゆくのである。
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○ 山の谷間のガレ場を横切っていると、
どこからかピッ、ピッ、と、何とも可愛らしい泣き声が聞こえてきました。
あたりをぢっと見渡すと、大きな岩のてっぺんにナキウサギが座っています。
口にはもうこれ以上入らないほどの枯れ草をくわえています。
矢のように走り出したナキウサギの行方を追い、
それらしき岩の間をかがんでのぞいてみると、
そこにはベッドのようにきれいに積まれた枯れ草がありました。
来るべき長い冬のために少しずつ蓄えているのです。
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○ カナダヤマアラシ
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○ アラスカの原野を歩く一頭のグリズリーから、
マイナス五〇度の寒気の中でさえずる一羽のシジュウカラから、
どうして僕たちは目を離せないのだろうか。
それはきっと、そのクマや小鳥を見つめながら、
無意識のうちに、彼等の生命を通して自分の生命をみているからなのかもしれな  い。
自然に対する興味の行きつく果ては、
自分自身の生命、生きていることの不思議さに他ならないからだ。
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○ ぼくは ( 麻酔で眠った ) クマのそばに腰をおろし、
ごわごわとした体毛を撫でながら、その一本一本の毛の感触を確かめていた。
手入れをしたような汚れのなさに、
人間の想像とは裏腹の、野生に生きるもののかぐわしさを感じていた。
掌を口に当てると、かすかな息が暖かかった。
人差し指をそっと口の中に入れてみた。
指先がクマの体温に包まれていった。
おなかに顔をうずめると、香ばしい匂いと肌のぬくもりが顔面に広がってくる。
ぼくは深呼吸するように、遠い野生の匂いを記憶に残そうとした。
                以上 「星野道夫の仕事」・本文より抜粋。
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◎ 作家の池澤夏樹さんはこう述べています:

人の手になるものは時として醜いが、自然には醜いものがない。すべてが美しい。この単純な事実になぜ人は気がつかないのか。醜いというのは結局のところ、自分たちが作り出したものに対するわれわれの自己嫌悪ではないのか。自然は砂の一粒、葉の一枚から、大陸を縦断する山脈まで、銀河系の全体まで、すべて美しい。その中に、たぶん人の目から見て特に美しさが濃い部分があって、写真家はそれを求めて旅をするのだ。ムースは疾駆する姿が美しく、遠くにたたずむ姿が美しく、育児する姿が美しく、死んで骨になってもまだ美しい。
 自然はそれ自体が祝福である。地球の上に生きるものたちがいて、彼等の営みから風景が作り出される。そのことがすでに価値であり、善であり、喜びである。人もまた生き物だから、いささか道から外れてしまって不自然な生き方をしていても、世界を喜びとして受け取る姿勢はまだ持っている。そこへ戻ろうという気持ちもある。泳ぐ仔グマと、彼を浮かべた水、取り囲む山々、覆っている天からなる図を、全精神的な共感を持って見ることができる。
 星野道夫の写真の土台にあるのは幸福感である。一時的にせよ自然の中に帰ったときの、絶対に揺らぐことのない幸福感。それが彼の作品の中にそっくり写っていることを、ぼくたちは喜ぶ。      文中より抜粋。



 ● この巻の冒頭にも述べたが、読み終わってつくづく思う、自然に溶け込み一体になるためには、自分の存在すら忘れ、ひたすら風になること・・・、自然からの脅威を感じていたら、風になれないのだ。

風になることで撮れた風景である。

彼がロシアのカムチャッカ半島で熊に襲われ果てたのは、私には悲しくやるせないのだが・・・アラスカの自然の章でそうなることを予感していたようである。そして、一連の流れの必然とも思える・・・!?  

いや、むしろそれを望んでいたふしがある。
  
Posted by masuzawa05 at 12:54Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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