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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2009年10月26日

大変化の時代( 経済環境・人口構造 )

 慶応義塾の塾長に清家篤さん ( 父は 建築家・故清家清さん ) が就任した。変化の時代、物事を自分の頭で科学的に考えられる人材の育成が重要だと強調する。

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 リーマン・ショック以降、世界経済のあり様は大きく変化した。現在の循環的不況は早晩回復するだろう。しかしその後に現れる世界経済が、再び米国の過剰消費や金融資本主義に翻弄されるような構造に戻ったのでは何も教訓を得ていないことになる・・・・・。

 吉川洋 東京大学教授の 「 硝煙の晴れたときに立ち現れる資本主義は、これまでとは違ったものにならなければならない 」 との言葉を引用しつつ 

 もう一つのさらに大きな構造変化は高齢化だと述べています。日本は世界に類をみない高齢化を経験しつつある。かつてのように多くの若者が少ない年寄りを支えるピラミッド型から、少ない人数の若者が大勢のお年寄りを支える逆ピラミッド型に移行する。

 自分の頭で考えるということは、科学的、実証的な思考能力を身につけることである。問題を発見し、その問題にかんする因果の仮説を作り、その仮説を客観的に検証し、結論を導き、それに基づいて問題を解決することである。
 たとえば、運動部の学生が、対外試合でどんな戦術を採用すればよいかと仮説を作り、それを練習などで検証し、試合に臨む。これはまさに自分の頭で考える作業に他ならない。運動部の学生がビジネス界で成功する理由がこのあたりにもある。

 自分の頭で考える能力を磨くことの意義の一つには、前人未到のオリジナルな研究成果を得ることや、新しい付加価値を生み出すことにあるだろう。日々の仕事のほとんども、問題発見→仮説構築→仮説検証→問題解決、の繰り返しといってよい。

 もう一つの意義は意思決定の基盤となることだ。生活や仕事の場では常に選択を迫られる。選択は、どちらを選べばよいか明らかのものばかりではない。むしろその多くは、あちらを立てれば、こちらが立たない トレードオフ ( 二律背反 )の関係にある。
 とくにビジネス現場での選択は、費用と便益、リスクとリターンの関係など、重要な選択ほど、ぎりぎりのトレードオフの下での決断となる。相反するものを客観的に分析し、適切な判断を下すには、実学の精神に基づいて自分の頭で考えることが何よりも大切だ。客観的な分析に反する希望的観測や精神論に走らない、知的タフネスさを身に着けることである。   以上日経より抜粋。

 *トレードオフ ( trade off ) :同時には成立しない二律背反の経済関係。 物価安定と完全雇用のように。 又、交換取引(より必要なものとの)



 ● 大変化の時代、地頭をフルに使って考える我が仕事 ( 石井建築事務所の仕事 )

例えば :

一、マンション
 2LDKや3LDKの古いマンションを1LDKのゆとりのある “ 楽園 ”に替えるリニューアルデザイン。

一、シティーホテル
 これぞと言う和のシティーホテルを創り、粋な大浴室棟 ( 大風呂 ) を作る。

一、 ケア施設・グループホームへの視点 ( 政府はコンクリートから人へ金を掛けると言う、だからと言う訳ではないが、生きていることを楽しみたいではないか )

 老人の終の棲家になるような共同の日本的ケア生活施設を作る。( 数奇屋的空間: 平屋で庭には季節の花木が咲き、小さいながらも旬の野菜が採れ、虫や小鳥と戯れる )

一、住宅
 10年前に考えた木肌美人住宅をより発展させる。省エネ・エコ住宅。

一、旅館
 『 旅館の施設のありよう 』 を今の時代の流れに沿って見つめなおす。小さな工夫。

 やりたいことがブレテいない個性的な宿は支持され残る。・・・デザインはそこを目指す。

 中規模・大規模旅館は昼の食事と湯浴みをセットで売る。増改築を伴う、独立したダイニング・大風呂のレイアウトが肝要。


  こんな風に今考えています。失敗を恐れずに具体的に始めましょう!
  

Posted by masuzawa05 at 08:59Comments(0)

2009年10月19日

悟りとは平気で生きていること

 ノーベル物理学賞に一番近い日本人と言われていた戸塚洋二さん ( 物理学者 )  66歳が 2008年、がんで亡くなりました。
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◎ 戸塚さんは、立花隆さんの 「 死がなぜ恐ろしいか 」 との雑誌インタビューにこう応えていました。

 「 自分の命が消滅した後でも世界は何事も無く進んでいく 」

「 自分が存在したことは、この時間とともに進む世界の中で何の痕跡も残さずに消えていく 」
                                        
「 自分が消滅した後の世界を垣間見ることは絶対に出来ない 」。

○ それゆえに死の恐れをどう克服できるか、諦めの境地に達する為のいくつかについて:

 「 私にとって、早い死といっても、健常者と比べて十年か二十年の差ではないか。みなと一緒だ、恐れるほどのことはない 」 「 宇宙や万物は、何もないところから生成し、そして、いずれは消滅・死を迎える。遠い未来の話だが、 『 自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいく 』 が、決してそれが永遠に続くことはない。いずれは万物も死に絶えるのだから、恐れることはない 」。

○ 死を前にした正岡子規が、こんなことを言っているんですよ:

「 ( 自分は悟りをこれまで誤解していたが ) 悟りということは如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りということは如何なる場合にも平気で生きていることであった 」。 とても有名な言葉のようですが、最近まで私は知りませんでした。平気な顔して死ぬのもすごいですが、 ‘ 平気で生きている ’ ということもすごい。でも、結局それしかないのかなと思います。


○ そして、ご自身も膀胱がんを告白しておられる、立花隆さんは 「 臨死体験 」 の取材を通しての卓見からこう述べています:

 ギリシャ時代の有名な哲学者の言葉に、「 人は死を恐れる必要が全くない。死を恐れている間は、まだ死はきていない。そして、死が本当にやってきたときには、あなたはもういない。だからあなたが死と会うことは永遠にない 」 というのがあります。臨死体験のことをいろいろ調べていくうち、結局、人が死ぬとき、その哲学者の言葉通りになるんだと思うようになりました。そしてさらに、今回がんになって考えていくうちに、戸塚さんの仰ったような、自分という固体が消滅した後も世界は何事もなく進んでいく、そしてそれは当然のことなんだという認識に達していたんです。


○ 対談の最後に戸塚さんの一言:

 今日もここまで来るのに、妻が 「 ついていきましょうか 」 と言うでしょう。それに対して 「 おまえさんがついて来たって何の役にも立たんだろう 」 ってつい、言っちゃうんですよね。                                    
「 そう、ありがとう 」 って言えばいいのに。ほんの一言変えればいいのに、逆に言っちゃうんだなあ。まだまだ修行が足りないんですよ。

      がん宣告「 余命十九ヶ月 」の記録 文藝春秋より抜粋。


● この夏、仲良しで飲み友達の兄貴のような叔父が71歳で亡くなった。一緒にいてそこはかとなく感ずる叔父の無欲さが好きで、それ故に癒されもしたが、飲んでる時に痰が絡むと言うので病院行きを私が勧めたところ、肺がんから全身に転移していて、診断から僅か2ヶ月の旅立ちだった。退院してからは、自宅で亡くなる前の日まで、自分で歩いてトイレに行き、食堂のいすに座ってわずかな食事も摂った。弔辞でそのことを ‘ あっぱれ ’ と述べたが、その言葉遣いを適切であったかと悩んでいる。
今思えば、矍鑠とした最後の日々の中に流れていた意識は、諦観なんかではなく、まさか俺が死ぬわけが無いという、したたかに ‘ 生きる ’ という強い思いに裏打ちされた家族愛ではなかったか・・・と。  であればやっぱり ‘ あっぱれ ’ としか言いようが無い。

私(増澤)、煩悩多く、やりたいこと沢山有って、とりとめがないが、取りあえずは健康に深く感謝。そして我が静岡県・富士出身の逸材、戸塚さんと叔父・齋藤博と先日自殺したザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦さんの冥福を祈り合掌。
  
Posted by masuzawa05 at 10:34Comments(0)

2009年10月13日

MY辞書より・その1 ( お彼岸 (ひがん) )

いろんなものを読んでいて、読めなかったり書けなかったり、忘れてしまっていたり。

● そんなこんなで、小さな持ち歩きし易い未使用の古い日記帳を利用して、『 MY辞
書 』 を作り始めて5〜6年になる。格好付けずに言えば、単なる備忘録雑記帖で、
英語・日本語、お洒落言葉、経済用語を問わず、何でもござれである。

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 春分・秋分の日に当たる中日(ちゅうにち)と、前後三日ずつの合計七日間を彼岸とす
るのは、江戸後期1844年に公式の暦になった天保暦からだそうだ。
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◎ 日経の春秋によれば: 季語としてのお彼岸は春で

「 自然は春に於いてまさしく慈母なり 」。明治大正期の作家徳富蘆花は 「 自然と人
生 」 に収めた小文にそう書き、続けて、この季節には 「 人は自然と溶け合い、自
然の懐に抱かれて、限りある人生を哀しみ、限りなき永遠を慕う 」 と記した。

 なぜ七日間かについて、俗にこんな説明がされる。 「 中日に先祖に感謝し、残る六日は、悟りの境地に達するのに必用な六つの徳目 『 六波羅蜜 』 を一日に一つずつ修める 」 列記すれば布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧となる。 (一部抜粋)。 


 ● ここからが私(増澤)の出番で辞書を片手に調べ始める。

 彼岸(ひがん)とは; 川の向こう岸。生死の海を渡って到達する終局・理想・悟りの世界。涅槃。

 此岸(しがん)とは; 涅槃の世界を彼岸というのに対し、こちらの岸。生死を繰り返す迷いの世界。

○ 六波羅身とは

 布施(ふせ); 人に物を施しめぐむこと。

 持戒(じかい); 戒をかたく守ること。

 忍辱(にんにく); もろもろの侮辱(ぶじょく)・迫害を忍受して恨まないこと。

 精進(しょうじん); 心身を淨め、行いを慎むこと。

 禅定(ぜんじょう); 心を静めて一つの対象に集中する宗教的な瞑想。

 智慧(ちえ); 真理を明らかにし、悟りを開く働き。


● 年二回、春・秋のこの時季イスラムのラマダーンのように欲を捨て、己を深く見つめ直し、来し方行く末を深く心に感じろ! という事でしょうか。
                 
私(増澤)、一ヶ月に一〜二度は必ず墓参りと掃除をしますが 〔 その為に、お墓に供える樒 ( 一般的には ‘ しきび ’ と呼ぶ ) を畑の隅に植えて、いつでもお供えできるようにしてあります ( 日当たりのいい正面ではどうかと思い、奥の隅に植えたのでなかなか大きく育ちません )・・・その事はまた後日の 「 MY辞書 」 で 〕 
                          
“ お彼岸の入り ” には当然のことながらしっかりと墓参をし、ちゃんとした買い物等はお彼岸明けにするようにしています。この事は我が家では女房が頑なに守ります。


 ここで又一つMY辞書に追加が出ました。

{ ラマダーン ( Ramadan ); イスラム暦の第9月で、断食月。一ヶ月間、
日の出前から日没まで飲食・性行為を断つほか、虚言・悪口・怒りを避ける。 }


そんなこんなで、 私(増澤)、知的に恥をかくのを恐れず、されど、なるべく恥をかかな
いように 「 MY・辞書 」 を活用し生きたいと思っている。

  
Posted by masuzawa05 at 10:01Comments(0)

2009年10月06日

加山又造展

 ● 伝統を踏まえて、どこかモダンな世界。
そして、すべてに妥協を許さない精緻な描写が息づいている。


青森県大鰐温泉の旅館 「 錦水 」 のロビー正面に色彩鮮やかな絵が有って、二十
年前に見学に行きました。モダンな和風旅館のロビーには合うんだとつくづく思いました。   
今思えばその頃が日本旅館のホテル化したはしりだったようにも思います。その意味からは象徴的な絵でした。
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国立新美術館の回顧展より。

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◎ 日経 春秋の紹介文:

 画家の作風を評して 「 芸域が広い 」 とはおかしな言い方だろうか。国立新美術館で没後五年の回顧展が開かれている加山又造にはぴったりと思える。
 画材も手法も一つの型にはまらぬ仕事ぶりに、変化し挑戦し続けた人だったと改めて納得する。
 本人が 「 私は、時折、絵がわからなくなると何か、むちゃくちゃに取っ組んでいるものをデッサンする 」 と書いている。徹底して基礎をやり直す大切さが伝わる。もう一つ。 「 私は古画その他工芸品からも平気で写しをする 」 との言葉を見つけた。過去に習えということだろう。しかし、この文章には続きがある。

 「 自分がそれの伝承者でなく、それとの断絶を確信しているせいだ。断絶している者は、古いものの中の、ものすごい前衛性を掴み出すことが出来る。そして、それを自分の世界に組み入れることが出来る 」。ただまねて写すだけの伝承者ではない。強烈な自負が目を過去に向けさせたのか。

 オバマ米大統領を持ち出すまでもない。誰もがいつにもまして変化しなければならない時、挑戦をせまられる時の中にいる。どうすればいいか。基礎に立ち返り、過去から前衛をつかみ取ることだ。過去は歴史といってもいい。展覧会で広大な芸域が生んだ作品群を見ていると、そんなヒントが浮かんでくる気がする。


◎ 第犠蓮‘以たち、あるいは生きる悲しみ・・・様式化の試み: 描かれた動物たちは、厳しい現実と不確かな未来を前に、なお日本画の可能性を信じて必死に模索を続ける加山自身の姿でもあるようだ。

○ 原始時代( Primeval Ag e) この作品は、アメリカの写真誌 『 LIFE 』
にカラーで掲載されていた旧石器時代の有名なラスコーの洞窟壁画に感銘を受け、日夜眺め暮らした後に作画された。 「 実際4,5万年前から人類は絵の上で進歩が無いらしい。形の芯にあるものは変わらない 」 と語っています。
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○ 冬(Winter) 揉紙の上に描かれている。冬の透明で厳しい空気を表現することで、描かれた鴉に己の心情が投影されている。
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◎ 第蕎蓮〇間と空間を超えて、無限の宇宙を求めて: 場所も時間も超越した自由な構成、自然の営みがつくりだす一瞬の輝きに秘められた生命の真実を無限の宇宙へと解き放っている。


 ○ 春秋波濤( Waves in Spring and Autumn ) 季節の異なる二つの風景を一つの風景としてまとめ上げ、琳派の波濤文を自己の世界に華麗に再生させた。

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 ○ 天の川 ( The Milky Way ) 琳派に深く傾倒した加山は、自分の絵画性の枠内に宗達、光琳およびその派の古画や工芸が内包する美的要素を渉猟し、独自の様式美を展開する。

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◎ 第珪蓮\描の裸婦たち、永遠のエロティシズム: 加山の裸婦は恥らうことなく美しさを誇るように、どこまでも軽やかに宙を舞っている。


 ○ 黒い薔薇の裸婦( Nude in Black-Rose Lace )

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 ○ 裸婦習作(カシミヤ錦青)( Nude Study against a Blue and Gold Kashmir Brocade )

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◎ 第絃蓮_崢参茲寮こΑ◆屐,い里繊 廚里たち: ゆるやかに変化していく自然の営みのなかで、生と死が交錯してゆく姿に日本人は 「 いのち 」 そのものをみていた。


 ○ 秋草 ( Autumn Grasses )

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 ○ 夜桜 ( Cherry Blossoms at Night )

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◎ 第江蓮/緞浪茵⊃Ш未鯆兇┐拭 屐/А 廖 А/緞浪茲話羚颪農犬泙譟完成した芸術である。色彩を拒絶したモノクロームの世界は、視覚を離れた絶対的な表現であり、至高の芸術として古来より尊重されてきた。


 ○ 月光波濤 ( Waves in Moonlight ) 「 私は、音にならぬ音、停止した動感、深い静けさを表現したいと思った 」 述べています。

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 ○ 龍図 ( Dragon ) 黒色淋漓たるなかに雲や霧を描き、姿を現し、対峙する2頭の龍を雄渾な筆致で描出している。

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◎ 第詐蓮\験茲涼罎棒犬る 「 美 」 : 「 美 」 とは特別なものではなく、もっと普段の生活の中でも生かされるべきだと加山は考えていた。


 ○ 鉄絵金銀彩蔦文俎皿 ( Square dish with ivy motif , underglaze iron, gold and silver )
 ○ 掻落桜文俎皿 ( Square dish with cherry blossoms motif carved in shallow relief )
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 ○ 綸子色地柳桜文訪問着 (Kimono for a formal visit with cherry blossoms motif )
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 ◎ ピアニスト 中村紘子さんは:                        

 加山又造の作品には、私の心を狂わす 「 魔の血の一滴 」 が潜む。あの二十世紀に私を狂わせた歌のマリヤ・カラスやピアノのホロヴィッツにも共通する 「 魔の血の一滴 」。 それは、彼の装飾美の極致のような花鳥画の世界にも、愛くるしい猫の絵にさえも潜む。この 「 夜桜 」 に漂うただならぬ花の霊気も、闇へと燃え盛るかがり火の炎も、この世に存在しない魔の世界なのだ。そして私はその 「 魔 」 の世界に囚われの身となってその甘美さに戦くのである。 と述べています。



● 私(増澤)、華美で執拗な描写に見ほれて一気に一回り・・・・・。


模倣から始まる設計人生も、ただまねて写すだけではない伝承者としてあり続けたい。 

『 革新の衣を纏いつつ創造の花を咲かせたい 』 と、我が行く末を想いながらのひとときでした。
  
Posted by masuzawa05 at 10:14Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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