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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2009年08月24日

縮尺 1/100 雑感

スケッチ・1




     




 このスケッチは ノンスケールなのだが、畳という日本人に慣れ親しんだ平面的広さから言うと、平面と体との関係がわかる。

 
 スケール ( 縮尺 ); S:1/100 、  S:1:100 、 縮尺百分の一 etc。

芯研器でホルダーの鉛筆を研ぎ、T定規を使い、黒い腕カバーをしてトレペに手書きで図面を描いていた頃は、基本図として縮尺 1/100 で平面図を描くことが多かった。そして描く際は、詳細図のつもりで書きなさいと、先代・石井信吉より注意・指導されたことを懐かしく思い出している。

 ● これが捨てられずに持っている私の芯研器です

芯研器・2






 丹誠込めた1/100 のスケールの平面図・立面図・断面図がありさえすれば、そのまま建物が造れると言われた。それくらい気合を入れて描きなさいということだろう。それぞれのスケールで表わし方の違いがあるのだが、基本図と詳細図を兼ねたものは1/100であると理解している。                                      
1/200 では小さすぎて、建具や壁の表示法、仕様がわかりづらいので、したがって基本は 1/100 の図面になる。図面の表示テクニックには個人差が出るが、基本計画詳細図と考えると私にとってはなかなかシビレル縮尺である。大げさな話、1/100の図面を見れば、空間に漂う出来不出来やイメージ、何を表わし何を描かなかったかさえ読める。ちなみにこの縮尺平面では170cmの背丈の人は当然1.7cmの大きさになるのだが、寝て1.7cm、立って肩幅0.6cmで畳一帖に納まり、拡げた手先間は一尋(ひろ)1.7cmおおよその長さ・広さ感覚がわかる。

 そんな訳で所内では、基本図でありながら縮尺1/100 の平面詳細図を描けなければダメだと、若い人に指導しているのだが・・・・・。CAD化された図面では拡大・縮小が自在に出来るから、合理といえば合理だが、そのぶんだけ縮尺ごとの図面の表わし方がおざなりになっているように思えてならない。
それぞれのスケールの製図台上の図面を三角スケールで分一(ぶいち)で当たりながらの指導は今は昔、その頃がなつかしい。背後に上司が三スケ ( 三角スケール ) 片手に図面をじっと見やりながら佇むと、身構えたものです。未だにその癖が抜けず、朝一番テーブルの上を見回ることがあるが、体に染み付いたもので悪意は無く、プライバシー侵害などと思わないでください。

 いろいろのスケールの持つ図面の味わいと仕様、スケール感覚があってしかるべきで、その体感スケールに基づく実施寸法を駆使した空間のボリュームが全てを決する。
         
注意しなければならないのは、かつてのように上司による作図中の紙面上に鉛筆で線上を何度でも辿り、真っ黒になるまで上書きしたアナログ的チェックが為されないことの弊害である。
(フリーハンドでゴチャゴチャト書いていると、手がものを考えてくれるとよく言われたものです)
原寸(現場)と縮尺との狭間を行ったり来たりしながら選択する寸法は、一般常識と基本モデュールとそれぞれの感覚に委ねられるのだが、バランスの良さはデジタル的画面ではなかなかチェックしづらいのが実情で、常に全体を見ながら、各部詳細をイメージするトレーニングが必要である。

いずれにしても、設計図は縮尺を通じての便宜上の約束事でしかなく、出来上がりの ‘ 原寸(現場) ’ が全てである。
                                
現場での体感を図面の中にそのまま閉じ込めるのではなく、常に現場と図面を行き来して、原寸 ( 出来上がり ) 感覚をふくらませ、豊かにする事が肝要であろう。



職人的手書き図面が無くなり、素人の家庭の主婦でも器用ならば簡易ソフトで作図できる時代にあって、頑なに手書きのプランニングに拘る私としては、頭の働きと手先で奏でる空間協奏曲 ( 狂想曲 ? ) は捨てがたい味があると思っている。
  

Posted by masuzawa05 at 09:48Comments(0)

2009年08月20日

フェルメール展

 上野の東京都美術館に行ってきました

CIMG4097






 ヨハネス・フェルメール(1632〜1675)、オランダのハーグ近くのデルフトという小都市に生れました。彼が、生涯で残した作品はわずか三十数点。そのうちの七点が去年(2008年)日本との修好150周年を記念して展示されました。


 光を紡ぐ独特の技法の美しさから、光の天才画家と呼ばれている。

○ マルタとマリアの家のキリスト: 彼の作品の大半を占める日常生活の一幕を描いた風俗画とは趣を異にし、新約聖書を典拠とする宗教主題を、等身大のサイズで大胆な筆遣いで描いている。
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○ ディアナとニンフたち: フェルメールによる唯一の神話画である。ディアナは夜と月の女神であるだけではなく、貞節の女神である。だから、この場面の焦点が儀式的な浄化の行為であるのは理にかなっている。
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○ 小路: 現存する2点の風景画のうちの1点で、熟達した風俗画家のみならず、都市景観画の独創的な先駆者の一人であった。

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○ ワイングラスを持つ娘: 風俗画の傑作である。顔に笑みを浮かべ、赤いサテン地のドレスに身を包んだ娘は、ニヤニヤしながら彼女の近くに身をかがめ、あからさまにしつこく交際を迫る男からワインを勧められている。
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○ リュートを調弦する女: 円熟期の作品である。楽譜集と思われる本がテーブルいっぱいに広げられている。床の上にこぼれおちた本もあるが、打ち捨てられたままだ。この小さいがゆえに見捨てられがちな細部が場面を活気づける。

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○ ヴァージナルの前に座る若い女: 近年フェルメール作と認定され大きな話題となった
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○ 手紙を書く婦人と召使: 左側の壁に設置された背の高い窓、その窓からの光にてらされた部屋、その一隅に、黄金色のドレスに身を包み、白い頭巾をかぶり、白い袖を出し、真珠のイヤリングを付け、東洋の絨毯の掛かったテーブルに向かって座り、手紙を書く女。後ろには、物静かで、円柱のような姿の彼女は、腕組みをして、窓の外をじっと見詰めながら、待っている。ここでも床に落ちた紙くずが何をか語らん。
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 ◎ 詩人の谷川俊太郎さんはフェルメールと私と題して 「 いつも胸ドキドキ 」 と述べています:
 フェルメールの絵にあってハイビジョン画面にないものはなんだろうと考えます。また、村上隆の作品にあってフェルメールの絵にないものはなんだろうと考えます。ボッシュもレンブラントもピカソも、そんなことを考えさせたりしません。それはなぜだろう。
 答えはおいそれとはみつからないのですが、少なくとも私にとってフェルメールの絵は、いつどこで見てもいま自分が生きている一瞬へと開かれていて、同時代的という必要もないほど生々しいのです。フェルメールを見に行くときは、いつも胸がドキドキします、まるで恋人と会うときのように。


● 私(増澤)、イアホーンで解説を聞きながらの鑑賞は久しぶりだが、絵によってはそのイメージに合わせて芸大の学生さんが作曲した音楽を聴けるのが良かった。



フェルメールにながれているもの 『 光が色をつくり 色は光にしなやかに応える 』 心からそう思えるひとときでした。
  
Posted by masuzawa05 at 12:48Comments(0)

2009年08月10日

心に残る建築家の言葉・その24

◎ 日本の風土性と住宅:

 「 其国の建築を代表するものは住宅建築であって 」 、その中で 「 歴史・人情・風俗・習慣及び気候風土が建築様式に相違を来す根本条件 」 であり、 「 其の地の気候風土に対応して出来上がらねばならない 」。
 そして、住宅は 「 我国固有の環境に調和し、吾人の生活に適応する 」 と述べています。
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試作自邸 『 聴竹居 』 ( ちょうちつきょ )  のいろいろについて。
昭和3年(1928年) ≒80年前の作

 ○ 外観・アプローチ・玄関
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 玄関を西洋式にデザインしています。日本でも珍しい内開きドアーにしたのは、厳重に施錠できること。また、彼は茶人でもあったため、客人に対して目の前に扉を突き出す失礼と、先導して見送る礼儀をわきまえていたはずです。
 彼の精神面に立ち入ると、玄関の語源になった玄妙な道に入る関門にこだわったとおもわれます。

 ○ 空飛ぶ象
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 入り口には、双子の 「 空飛ぶ象 」 が鎮座します。どこか愛嬌があって、しかもモダンなデザインです。そしてこの象は藤井の先生にして建築界の大御所・伊東忠太へとつながります。それは彼のモダンデザインへ飛躍しようという強い覚悟が刻まれ、アールヌーボーなど当時の 「 現代デザインを 」 踏まえています。
 この 『 象 』 は 師・伊東忠太へのオマージュでしょう。

 ○ 客室・縁側
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 ○ 閑室(下段の間)
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◎ ‘ 一回こっきりの建築 ’ と題して 建築探偵の 藤森照信さんはこう述べています。

たとえば、居間の椅子に座り、食堂のベンチに腰掛け、サンルームの籐椅子に体を沈めて、現代の建築では味わったことのない、いつまでもそのままでいたいような気分になったのだが、ああした印象はどこから来たのか。そのまま寝入りたいほどに気分がいいのに、しかし一方で感覚が覚醒している感じ。安らぎと覚醒の宙吊り状態。建築という表現が人間に与える最高の効果が聴竹居にはあると思えるのだが、それは具体的にこの建物のどこから湧いてきているのか。
 まず、そのまま寝入りたいほどの安らぎの感覚は、使われている素材から来ているように思われた。
 鉄とガラスとコンクリートに加えてアルミとセラミックからなる現代の建築は、目を見張らせたり緊張させたりすることはあっても訪れた人をやさしく包んで安らげることはない。一方、土や木や紙や石といった自然素材には、そういう働きがある。人間は本能的に自然を求めるというような遺伝子レベルのことではなく、おそらく長いこと自然な環境と自然素材で作られた建物の中で暮らしてきたゆえの視覚の感性にすぎないのだが、とにかく、たいていの人は自然と自然素材を基にすると安心する。 

 木の使い方が、ほかの建築家と違う。部材が細みなうえに数が多く走る。コルビュジェは桂離宮を見学した後、小声で 「 線が多くてうるさい 」 と同行した坂倉準三につぶやいたそうだが、もし聴竹居を見たとしたらなんといっただろう。コルの場合、一つ一つ部材の両縁に二本の線を見ていた可能性があるが・・・・・・。
 おそらく藤井は、木材とは線材であると認識していた。かたまり材としての石、面材としての壁土と対比的に、木材は線材ととらえていたのだ。

 聴竹居は、経済的に恵まれた建築家が、自分で選び形成した広大な敷地の中に、自分の目で捜し求めた自然素材をふんだんに使って作った建築であった。これほど一回性の高い建物もないであろう。せんじつめれば、そのことが、聴竹居からいつまでも去りたくなかった理由だろう。(文章一部抜粋)

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◎ ある人は藤井厚二の聴竹居を評し:

『 乱暴ではあるが、この建物を相対的に概観すると 西洋数寄屋 という言い方が言い得て妙であると思ってしまう 』 と述べています。 

● 図面・写真で見る限り、私(増澤)も全く同感 言い得て妙です。

 昭和3年初版、昭和9年の第3刷の古本が弐円八拾銭です。

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 吉田兼好の 「 徒然草 」 の昔から 「 家のつくりやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比わろき住宅は、堪え難きことなり 」 とされていた。

 
● 私(増澤)思いますに:

 この建物は軒を深くし、縁側を廻し、夏場の室内への日射を防ぎ、尚且つ床下の除湿も兼ね通気口を設け、縦ダクトにて冷気を小屋裏に導き、切妻の両妻に可動防虫網付きの可動ガラリにて熱気を排出している。もちろん冬は小屋裏の熱気を逃さぬよう、ガラリを閉じる。その為、小屋裏に入る天井点検口を設け、そこに上るはしごまで取り付けてある。
 冬の陽を入れやすいように軒先は銅板でゆるい勾配に葺き、ほぼ建物の中央に位置する棟部分は勾配の強い瓦葺とし、小屋裏容積を十分確保するという心憎さ、尚且つその屋根勾配の違いを、全体の外観デザインにも生かしている。
 もちろん、夏が長く高温多湿な日本の気象条件を考えた建物であるのだが、80年前の機械を使わない省エネ・究極のエコ住居であることに驚きを禁じえない。

 雑誌で写真を見かける度に思い出し気になる建物である。
  
Posted by masuzawa05 at 09:36Comments(0)

2009年08月03日

写真家の感性に学ぶ・その1(カリブーの旅)

 ● 12年前に買った 『 星野道夫の仕事 』 いう写真集が有る。 歳をとって、少し心が清んできたので、写真の素晴らしさはもとより、文章を通して厳しく優しい彼の生き方が垣間見えるようになった。


◎ 焚き火は一人でいるときの最良の友達だ。
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○ 風が唸り声を上げている。
強風が雪を拾い、地吹雪になって目が開けられない。
山頂から稜線に沿って何かがうごめいている。何だろう。
目をこらすとそれは一列になり、まるで鎖のように山の麓まで延びていた。
僕はあわててカメラをザックに詰め込み、
吹き飛ばされそうなテントのことも忘れて飛び出した。

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○ 夜の十二時をまわっているのに
オレンジ色の太陽が真正面に輝いている。
白夜の北極圏、太陽はもう沈まない。
一瞬、風の切れ目が
オレンジ色のベールをぬぐい去り、
黙々と行進するカリブーのシルエットが
逆行に浮かびあがった。
ぼくは飛ばされそうな三脚に体を乗せ、
レンズにしがみつくようにしてシャッターを切った。
寒さも何も忘れていた。


○ 「 風とカリブーの行方は誰も知らない 」                   
という極北のインディアンの古い言葉があった。
大地を埋めつくすようなカリブーの大群が旅をしているのに、
二十一世紀を迎えようとする今も、それを見る者はほとんどいない。         
ある日、幸運な男が、原野でその伝説の大群に出会ったとしても、
次の日には、見渡すかぎりのツンドラに一頭のカリブーさえ見当たらないだろう。


○ 母親は新しい生命を必死になめまわしていましたが、
やがて立ち上がって授乳の体制に入ると、
仔カリブーはぐにゃぐにゃとよろけながらも
母親の乳首に食らいついていきました。
体力を使い果たした母親は、ツンドラの上に落とした自らの胎盤を食べています。
地平線をすべっていた夕陽がそのまま朝陽になって昇り始める頃には、
仔カリブーはおぼつかない足取りで母親の後をついて歩き始め、
いつのまにか視界から消えてゆきました。

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○ ある夏の日の午後、ツンドラの彼方から数頭のカリブーが点のように現れると、
やがて数十頭、数百頭、数千頭と地平線をみるみるうちに埋めつくし、
真っ直ぐこちらへ向かってくる。
いつのまにかあたりは数十万頭のカリブーの海で、ぼくはそのまっただなかにいた。
地球のアルバムがあるならば、その遠い一ページに迷い込んだようだった。


○ 地平線から一頭の黒いオオカミが姿を現し
残雪の中を真っすぐこちらに向かっていた。
春の訪れとともにやってくるカリブーの群れを探しているのだろうか。
僕が気付くのとオオカミが気付くのがほとんど同時だった。
まだ点のような距離なのに、
オオカミは立ち止まり、ひるがえる様に消えていった
一頭のオオカミと共有した閃光のような一瞬は、
叫びだしたいような体験だった。
オオカミが今なお生き続けてゆくための、
その背後あるに見えない広がりを思った。

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○ 低く唸るようなカリブーの鳴き声が聞こえてきた。
カチカチカチカチと奇妙な足音も近づいてきた。
それはカリブーの足首の腱の鳴る音だった。
私たちは河原に伏せながら、そのかすかな音に耳をすませていた。
不思議な足音はどんどんと迫り、
カリブーは一列となって私たちのすぐ隣を通りすぎていった。
自然の気配を何ひとつ乱さなかった快感があった。
私たちの姿だけが消え、
人間のいない世界に流れる秘かな自然のリズムを垣間見たような気がしていた。


○ おれは 夢を見ていた
カリブーの古い足あとや 頭骨のある
ヌプスィック谷の あったかい 夏の草むらで
おれは いつのまにか 眠っちまったらしい
気がつくと
あたりは 見わたすかぎりのカリブーで
おれのまわりを 音もたてずに とうりすぎてゆくじゃないか
あの秋の日 おれが殺した
美しい片角のカリブーがいる
村一番の狩人だった 死んだ
パニアックじいさんが
カリブーと一緒に 旅をしている
おれは 夢を見ていた
ヌプスィックの谷の あったかい 夏の草むらで

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○ 北極海に注ぐコルビル川流域でシロフクロウの巣を見つけた。
長い間会いたかった相手はツンドラの、
何でもない三十センチほどの小川のわきに四つの卵を産んでいた。
突然、背中に強い衝撃があった
目の前を白い大きな翼が舞いあがり、再びこちらに向かってくる。
シロフクロウが巣を守ろうとしていた。
僕はあわててその場を去った。
背中をさわると、手が血で染まった。

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○ 一頭のカリブーを解体してゆくこの男の技はすばらしかった。
そこに残酷さなど入り込む余地はなく、
自分が殺した生き物をいとおしむかのようにナイフを入れてゆく、
一人の猟師を僕は見つめていた。
マイナス五〇度まで下がる冬の狩では、
凍えた手をカリブーの血の中に入れて暖めるという。
腹がきれいに裂かれた瞬間、カリブーが最後の呼吸をしたかのように、
吹き出すような湯気が晩秋の大気に立ち昇った。

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○ ある日ツンドラの彼方から現れ、
風のようにツンドラの彼方へ消えてゆくカリブー
通りすぎてゆくその足音は、
アラスカの原野が内包する生命という潮の流れのようだった。

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○ 私たちはある風景に魅かれ、特別な想いをもち、時にはその一生すら賭けてしまう。
風景とは、ひとつの山であったり、美しい川の流れであったり、
その土地を吹き抜けてゆく風の感触かもしれない。
それをもし自然と呼ぶならば、
人間がどれだけ想いを寄せようと、相手はただ無表情にそこに存在するだけである。
私たちの前で季節が巡り、時が過ぎてゆくだけである。

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 ● 星野さんは43歳の時、ロシア・カムチャッカ半島クリル湖畔で就寝中のテントをヒグマに襲われて果てた。残念至極でこの写真集を買ったのだが・・・・・。
        
文章から映像が浮かび上がるように思えたのですが、如何でしょうか。        
自然と同化するような透徹した眼と温かい心で、地球の姿を切り取ってゆく彼の生き方がひしひしと伝わってくる。

( 宜しければ是非写真集をお買い上げいただきたい。 )

  
Posted by masuzawa05 at 09:59Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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