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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2008年10月27日

今どきの旅館に必要なもの・その15

     

 カメラ会社の新聞広告に こうありました。

137今どきの

     










 「 まねない だから まねられない 」

  いいものをつくるには技術だけでなく
  確固たるオリジナリティーが必要である。  云々。

旅館のオーナーの ‘ 生き方 ’ ‘ オリジナリティー ’ が問われている。   私(増澤)、そう思います。

 
◎ 似ているといわれる事について:

建築はいつも、まねられる
だけど
イズム はまねられない

つねに イズム をみがく

見てくれではない
その土地と人が醸し出す雰囲気が
形をつくる

まねられてもいい

オーナーの イズム を
その都度
ウチ だけのものとして理解する

オーナーの ‘ オリジナリティー ’ を形に表わす。・・・常に、まねられない。


建築家 安藤忠雄さんは近頃の日経アーキテクチュアのなかで、
「 可能性は自分の中にある 」 と題してこう述べています:

日本には顔の見えるクライアントが少なくなった。多くのプロジェクトでは意思決定する人が見えず、設計者の意思も弱くなる。日本自体が顔の見えない国になっている。現場の技術者は何のために働いているのかを理解できなくなっている。
 一方で、アジア各国ではクライアントの顔が見える。日本と比べて年齢が若く、街づくりや建築に対して熱心だ。日本のクライアントはこの熱心さを欠いている。数字で理解できる資産運用の面だけを追い求めるのだ。クライアントに情熱が無いのに、設計者だけが情熱を傾けることはできない。 と・・・・・。
情熱のあるクライアントの存在が建築設計者の能力を大きく引き出すと説く。


 私(増澤)思いますに、世界が日本の技術と感性に熱い目線を送っているというのに、もったいない。自然や庭と一体になった 『 和の宿 』 は素晴らしい。
  

Posted by masuzawa05 at 09:30Comments(0)

2008年10月20日

心に残る建築家の言葉・その19   堀口捨巳

 以前吉田五十八さんのところで、 木造真壁作りの堀口捨巳、 大壁作りの吉田五十八と教わったと述べました。

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 6〜7年ほど前にどうしても桂離宮風でかつ月見縁台の在る家を作りたくて、その為にも構造柱表しの真壁作りの本物空間を見たくて、 堀口さんが手がけた名古屋の八勝館「 御幸の間 」 を見学に伊豆から車を走らせました。
                 
真夏の昼下がり、見学だけでは失礼と思い昼食の予約を入れてあったので、玄関で白の麻の半被を着た番頭さんが出迎えてくれました。 「 御幸の間 」 は昭和天皇が泊まったことから名づけられているのですが、かつて北大路魯山人も訪れた料亭旅館で、彼の器が使われているということで、出迎えの感じにも格式を感じました。私としてはひたすら頭が建築のことだけで、美味しかったはずの料理のことはあまり覚えていないのが残念。

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 御幸の間は木造の華奢な柱と柱割が美しく、軽快で透けた感じは数奇屋建築の極みといえるでしょう。 但しこの空間は言葉では表し得ない、体感しないとわからない。それだけ単純・直裁で美しい。空間の印象から、堀口さんのことを腺病質な風貌を思い描いていたのだが、写真で見る限り‘ 骨太な農家のおじさん ’のよう、 そんなこんなで特に気に入ってしまいました。 

            
1895年生まれ、東京帝大出身・早大で教鞭をとられた、渋い建築家です。

たまたま松岡正剛さんの千夜千冊に紹介がありましたので、どうしても 『 草庭 』 という本が欲しかったので探したのですが絶版で、発刊時(昭和23年)300円の初版本が古書店で買ったら1万円しました。

草庭








 草庭 建物と茶の湯の研究; 題目についての 「 はしがき 」 より

草の庭は石庭に対する作り庭の一つとして、私は嘗て作ったことがあった。山野草ばかりの庭や、秋草の庭などは、西洋草花の色どり多い好みから見たら、まったく野の草叢としか思へないかもしれない。然しそのような草叢の中に、仄( ほのか )な色や、かすかな匂いを持って咲き添えるような作り庭が私は好きだ。私のここに集めた書き物も、そのような在り方のものでもあり、またそのような宜しさが望ましいので、この名を選んだのである。と述べています。
和花の庭はさりげなく美しく、本の名前一つとっても奥床しくお人柄が偲ばれます。

この写真は 広間の茶室の、知る人ぞ知る 濡れ縁(竹縁)です。 

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 ◎ 建築における 『 日本的なもの 』 とは;

 日本の民族と国土との特徴を建築の中に、何らかの形で、何らかの意味で、持っているものをさすのである。そのためには、先ず日本の民族と、国土の特徴を明らかにしなければならないであろう・・・・・・。                          
しかしながら、 「 日本的なもの 」 はかかる独自なものに限定しているわけではない。それは隣接国の影響を受けながら、或いはその様式を継承しながらも、しかもその受け入れ方に、国土に適するもの、国民の気稟 ( きりん ) に添うものを取捨選択する、又それに合うように改変していくものの中に十分 「 日本的なもの 」 を見るのである。
       ( 気稟:天から授かった根源的な精神 )


 ●古くは法隆寺の建築の中にも 日本的なものを発見する。

注目すべき点は伽藍の配置である。南大門及び中門を結ぶ直線に対して、塔と金堂とが左右に並んでいる。いはゆる「 太子流 」の伽藍配置である。この配置の例は印度及び支那朝鮮にも発見されていない。支那伽藍の配置は左右対称に配置されるのであるが、それを此処では金堂と塔の如き、平面的にも高さにおいても容積においても非常に差のあるものを左右に並べ配置した事は、左右対称 ( シンメトリー ) を極端に好む国民性の支那においては考えられない配置である。

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 法隆寺におけるこの配置は、釈迦の舎利を入れた塔婆は、本尊を入れた金堂と対等の重要さを持つという聖徳太子の叡慮に発していると考えられている。このシンメトリーでない建築は、神社建築の最初のものと伝えられている出雲大社にも見られることは、後に発展する茶室建築の如き反・シンメトリーの極みとも言うべき建築まで発展する契機を持っていたと考えられる。

●住宅の中にも発見する

・住宅として完成されたのは 平安時代の寝殿造りであり、鎌倉室町時代の書院造であり、桃山時代の数寄屋造りであろう。我々の今の住居は書院造と農家の混成によって、現代の様に形づくられた。これらの時代を通じてその基礎となったのは我国の特殊な気候と風俗習慣である。徒然草に有るように 「 家の造りやうは夏をむねとすべし、冬はいかなる所にてもすまる 」 を旨とする。

・坐る生活と清潔の要求である。清潔好きは夏季の高温多湿に関係が深いが、坐る生活は全く別である。この坐る生活によって、建築のあらゆる部分を規定している。他にも数え上げられるであろうが、以上の理由で、有史以来文化的影響を受けた支那とは全く異なる住宅を作った。

 一般に日本住宅は床を張り、畳を敷き、紙障子を建て、縁側を廻して硝子戸を建て、その外部に雨戸を附ける。戸は総て横に動く。内部は土の壁で、外部は下見板を張り、木は生地そのままである。 ( 昭和22年頃の著述である―増澤 )

・貧弱な日本の住宅には床の間という如き、文化的意義深い施設さえ持っている。それは書画や彫刻( 置物 )等を一つの単なる室内の装飾としてではなく、『 観照と言ふ生活 』に対する建築的室礼において受容し、その設えを部屋に対する重要な空間的構成として役立たせているのである。 

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 「 床の間 」にあっては 春・夏・秋・冬 或いは 喜びに充ちた時や、 憂いに沈んだとき、様々なる環境によって、それぞれの色調や、様式や、種類の異なった芸術を要求する生活のための観照空間である。と言い切る。
    
    ・観照: 本質を見極める
        対象を主観を交えずに冷静に見つめること


日本的なるものに ついて
反・左右相称 ( シンメトリーでないこと ) 気候風土  住まいの形  床の間  
等についての考察がありました。なんとも奥が深い。


茶の湯にまつわる いろいろ 堀口さんの『 茶室 』 については                  
またの機会に ‘ 気力 ’ をもって挑戦したいと思います。



探しあぐねたセピア色の本を手に、愛しみつつ その思想にふれあえて良かった。
  
Posted by masuzawa05 at 10:31Comments(0)

2008年10月14日

国宝・薬師寺展

薬師寺

     



 娘の書道展見学を兼ね、途中下車して東京国立博物館(上野の森)で薬師寺展を観てきました。

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 平城遷都(710年、和銅3年)、1300年を記念して国宝薬師寺展が開かれていました。今回の目玉は日光・月光(がっこう)菩薩が奈良の本寺以外で初めて展示され、光背を外した形で背面からも全体像を拝観できるという珍しい企画で、それゆえに善男善女が列を作り、入場制限つきの参観でした。

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 ご本尊薬師如来の脇侍を勤める菩薩であり瑠璃光浄土に於ける代表菩薩。脇侍の性格上立像である。日本に於いて両尊が登場するのは薬師寺が最古とされている。そして何よりもすごいのは一体鋳造されている技術の精巧さとその美しさです。 
 梵語名を日光菩薩(surya-prabha スーリヤ‐プラバ)、月光菩薩(candra-prabha チャンドラ‐プラバ)、正式名称は日光返照菩薩、月光返照菩薩という。

 スーリヤ‐プラバ: 太陽のように輝かしい。
 チャンドラ‐プラバ: 月のように輝かしい。


◎ 日光菩薩

 ●正面

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 ●背面

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◎ 月光菩薩

 ●正面

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 ●背面

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 いつも美術展等で思うのだが、 全てとは言わないが・・・・・気の短そうな ‘ おじさん・おじいさん ’、 意地悪そうな ‘ おばさん・おばあさん ’の顔・顔・顔。 いずれにしても善男善女なのだが・・・・・。       
そして車椅子の方の無言のやさしさ。・・・・・私は特別の ‘ 気短偏屈 おじさん ’。

 そのうち気ままに奈良路を歩き、古刹をゆっくりと訪ねてみたい。


二十年前にバリ旅行をしたときに、顔の美しさに惚れて買い求めた小さな白檀の仏像を思い出しました(仏壇に飾り朝晩手をあわせています)。共通の美しさがある。
                                      
菩薩のふくよかさに接し、心安らぐひとときを持てたのがよかった。
  
Posted by masuzawa05 at 09:53Comments(0)

2008年10月06日

『御宿 The Earth』 旅サラダ 放映

 10月4日放送の「旅サラダ」にて、『御宿 The Earth』が、紹介されました。
今年の7月にオープンしたばかりの宿ですが、この放送後、問い合わせが1000件ほどあったそうです。

テレビの影響力の大きさに、私達も驚くばかりです。
  
Posted by masuzawa05 at 10:27Comments(0)

考えるヒント・その2(エリート・リーダー・経済)

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 塩野さんはこう述べています

● エリートについて;

 「 高齢化社会だから日本は活力がない、とよくいわれます。でも本当にそうなのでしょうか 。」

 日本に活力がないのは、高齢化のせいではなく、日本のエリートとされる人々の自覚と気概に関わりがあるように私には思えます。

 日本の高度成長期は、頂点に来た時期にもその昂ぶりが無かった。「 これからは、我国の時代だ 」という気概に乏しかった。この景気もいつか終わる、その後日本はどうなるのだろう、と不安に駆られていただけでした。その頃から、日本でエリートと呼ばれている人々から自身が失われていった。

 日本のエリート層の中に利潤追求を後ろめたく感じる人たちが主流になった。稼いだお金を使って、世界の運命の一翼をこの日本が、そして自分たちが担うんだ、という気概が彼らに感じられなかった。この、一種の腰の引けた精神状態は、国民の間にまで伝播していったのです。あのときの日本の指導層はお金を稼ぐことに後ろめたさを感じるよりも、稼いだお金をどう使うかを考えるべきだったのです。

 日本の指導層に無いものは何か、考えたとき、それは、「一般の大衆には自由があることでも、自分は他の人にはない犠牲を払ってでも背負わなければならないものがある、という覚悟」。 ローマのリーダーたちが好んだストア派の哲学が説いたのがこの考え方でした。

 バブルが崩壊した後、日本のエリートたちは「 体を張る 」こともせず、何もせずに、ただ自信を失っただけではないでしょうか。


● リーダーシップについて;

 真のリーダーとは、どんな人物なんでしょうか。私はローマやヴェネツィアの歴史を書きながら、無数の歴史上のリーダーたちと対話を重ねてきました。ローマ史における最大のリーダーは カエサル です。

 彼から学んだリーダー哲学は二つ。
第一にして最大の要諦は 「 すべての人材は活用できる」 とした彼の人材活用術です。
 どんな組織でも、部下たちの能力の欠如を嘆く上司がいますが、それは即、上司の側の想像力の欠如に問題があるのです。部下の能力を適切に見極めて、適材適所で、限られてはいてもその能力を最大限に発揮させることこそが、リーダーに求められる資質だと思う。

第二は、部下たちが喜んで苦労するように持っていく才能。

 戦に勝つためには、敵を攻撃して勝つやり方がある。しかし、敵を取り込んで勝つやり方もある。すくなくとも、味方にならなくても、敵にしないやり方がある。


● 経済について;

 こんな質問を受けました
「 日本は国家として莫大な借金を背負っている一方で、カネ余り現象も見られる。そして、個人金融資産が全体で千四百兆円ともいわれながら、経済的不安を訴える人が多いのはなぜでしょう 」と

 ちょうどデパ地下の食品売り場を見てきた直後のことでした。その光景を目にすれば、日本が豊かでないとは口が裂けてもいえません。

 そんな日本人が経済的不安を感じているとは、まさにマキアヴェッリが言うように、「 人間というものは、現にもっているものに加え、さらに新たに得られる保証がないと、現に持っているものすら、保有しているという気分になれないものである 」。
 この不安を脱するには、「 具体的な問いかけ 」が必要でしょう。戦後日本のその最大の成功例は池田勇人内閣が謳った「 所得倍増 」でした。高度成長期で成るべくして成ったでしょうが、まさに具体的なこの掛け声のおかげで、国民の不安が払拭されたのです。  

 国の基本は古代ローマから不変で、政治・経済・安全保障の三つです。今の日本人が自分の将来、そして国の将来への不安を払拭するためにも、三つの基本、中でも経済を安定させ、持続的に成長させることが最重要なのです。政治の安定も、安全保障面での裏付けも、経済力が無ければ確立できないからです。人間における基礎体力が、国家における経済力と思うから。

       以上 塩野七生 文藝春秋記事より抜粋


ここで私(増澤)、
◎ エリート: エリートという意識が日本人には馴染まない、鼻持ちならない奴だ!と思われるような、変な平等主義がはびこっている。しかしながら、特権を持たせる代わりに国民の為にそれなりの仕事をすれば、その特権は許されると思うのだが。

◎ リーダー: 人をうまく使うということは、その人の身になって考える、人心掌握術ではないでしょうか。そして率先垂範。                         
リーダーって、本来孤独で辛いものなんですね、‘ みんなでやればこわくない ’とずっと思っていました。発想豊かにみんなでやれば怖くない。それも一理あるかも、そして最後の最後の責任は私がとる。

◎ 経済: 確かに経済力が無ければ何も出来ない。家計簿を見ればよくわかる。

  三つとも・・・・・大切なことと思います、しかしながらなかなか出来ない。
                                 


   強いてリーダーについて言えば、大学4年空手道部の主将のとき、部員50人なりをしっかり束ねていたつもりでしたが、私のやり方に結構不満も聞こえてきました。
 手前味噌ですが、九段下にある武道館での全日本大学選手権の試合で部としては準決勝まで進み、初のベスト4に入り、優秀選手賞を貰いました。結果が全てとは言いませんが、すると部内の不平不満もどっかにすっ飛んで行ってしまいました。 今でも集り良く、なかがいい。そんなもんなんでしょうね!?
  
Posted by masuzawa05 at 09:54Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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