livedoor Blog
このBlogをチェッカーズに追加 このBlogを
チェッカーズに追加
このBlogをリーダーに追加 このBlogを
リーダーに追加
増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2007年06月25日

心に残る建築家の言葉・その10

 30年程前社員旅行で長崎に行きました。たしか、熱海から三島か沼津に出て、夜8時頃寝台特急に乗り込み 朝方佐世保に着く電車です。

 目的は白井さんの作品 諫早の親和銀行本店を見学することが目的だったんですが、当社創業者で、現在は会長の石井(1927生まれ)が 「どうせ行くんだったら、私の早稲田の恩師の、今井兼次の作品が長崎に在るから観てきなさい」 ということで、両方見学することになりました。
今井兼次












●日本26聖人記念館聖フィリッポ西坂聖堂:
 アントニオ・ガウディーに心酔していた彼の二本の尖塔は当時の私には唯 ‘似ているなあ’ 程度の感慨しかなかったのだが、最近 彼の作品集を捲っていると、次のような記述がありました。

立面














 聖堂の双塔の宗教的表徴について;                           

正面向かって左側の塔は聖母マリアに奉献し、右側は聖霊に奉献したものである。もともと私が殉教精神を建築設計の当初に謳い挙げようとした際、聖堂の全構成形態に殉教者を賛美する天使のイメージを心に描き、その双塔はその天使の翼の表徴と考えた。そしてなお、殉教の勝利をことほぐためにこの西坂の全地が聖霊の賜物によってことごとく満たされるであろうことを願い、聖霊の塔奉献の理由となったのである。
 
内部








 





建築群の宗教的シンフォニーの旋律化を企画化し、ベートーベンの第九シンフォニーの第四楽章の終局の、あの天地を揺るがすかのような躍動感にあやかりたかったので、きわめてダイナミカルな表現を呈したのであった。

 ここの律動感をもつ彫刻的な双塔は きわめて困難なコンクリート施工であった。塔高15メーター600のものがコンクリート肌とフェニックス・モザイクとの併用であるうえに、その一体化の調和を計らなければならなかった。そしてその型枠数も15センチ間隔、175枚に達したのだから、容易なことではなかった。
 そろそろ弱気になり始めた私が、かえって施工者側の不退転の決意に支えられ、最後まで苦しみぬいて、ついに実現したことは私の生涯の感激であろう。と結んでいます。

模型








 これは彼の手作りの模型です。作品への熱情がほとばしってそのあまり、コタツに喰らいつくようにして、一心不乱 近くに在る年賀状で作ったようです。(あくまでも想像ですが) めでたい限りです!


私昔、あるミッションスクール(H・S)で上智女子短大の学長であったコリンズ神父を招いての聖書勉強会に毎週一回3年間通ったことがあります。動機は不純でアントニン・レーモンドの向こうをはって、 「和風・木造数奇屋教会」 をいつか作りたいとの気持ちからでした。その為の備えでもありました。 日本には日本の教会があっていい、ステンドグラスの替わりに障子が在って・・・・・。それはともかくとして。
 
ある日、 神父にこんな質問をしたことがあります
「父と子と聖霊の御名においてアーメン」 と最後に言うが父とは、子とは、聖霊とは?
神父曰く ・父:天なる神
・子:地上に遣わした神の子 イエス・キリスト
      ・聖霊:愛             確かそんな風に。

 ここで私、はたと! 分かったのでした。

今井兼次さんの言うところの:                          
「殉教精神の発露の源にあるものは、神なる御父が世の罪を除き給う御方として、この地上に降らせられた御子イエス・キリストの愛の犠牲にほかならない。この記念聖堂も又その精神において、この超自然的神秘体の存在と不離不即のものであることはいうまでもない」・・・・・ということが。

 父と子からなる犠牲と愛の聖堂(空間)を胴体に喩えるなら、 それに聖母マリアと 聖霊(愛)の二つの翼をつけ、 ベートーベンの ‘運命の調べ’ にのせて天使は天空をはばたく。            

ここに至って、理屈っぽい設計士はやっとこ納得したのでした。


●今井さんには他にも、信州安曇野の萩原碌山美術館や、皇居の桃華楽堂があります。どちらもほとばしる職人芸に支えられ、作り手の ‘魂’ がこもっていて見ごたえがあります。


 最後に昔の建築家の 手描きの設計図は技術を越えて‘芸術’です。 そして 美しい。

 CAD化された現在、線に個性が表れない、誰が描いたのかも分からない。       
作品に個性が表れればいいのでしょうが・・・。

断面







 

 彼の‘ものづくりの意欲’には、ものすごい情熱とエネルギーを 図面から感じます。
  

Posted by masuzawa05 at 10:35Comments(0)

2007年06月18日

箱庭を愛する気持(理論物理学者の感性)

 私は子供のときに箱庭をつくって遊んだ。

紙箱の中に陶器―「というより土器といった方がよいかも知れぬが」の小さな鳥居や   田舎家や橋などが、一揃い入っているのを母が買ってくれたのが、はじまりである。

 長方形の平べったい水盤に土をもり、その上に小粒の白砂や苔などを敷きつめ、高低をつくって山や川などに見立てる。こうして出来上がった小さな世界の中に自分が住んでいるつもりになる。それが私を何ともいえない幸福な気持ちにひたらせた。それはあまりにも小さく変化に乏しいが、しかし、この上もなく静かな安らかな世界であった。

湯川












 日本人初のノーベル物理学者(今年生誕100年)・・・岩波新書、「本の中の世界」より

 私にとってどうでもよくないことであり、またどうにもならないのは、五十年後の現在の私の中に、箱庭を愛した気持ちが、形は変わっていても、依然として残っていることである。古い寺院の庭園に面して立つ毎に、何ともいえない幸福感が私の心によもがえってくる。十数年前、ウェストミンスター寺院の回廊に立って中庭を見ていたら、遠くからかすかにコーラスの声が聞こえてきた。しばしの幸福が私の心を占めた。フロレンスのサンタ・クローチェ僧院の中庭を見たときもそうであった。庭があまり広くなく、しかも外界の存在を忘れさせる条件が具わっていることが、幸福感を呼び起こすのに必要であった。庭の周囲が建物か塀か木立で囲まれていて、外界の雑音も聞こえてこない静寂さが必要であった。京都にはそういう条件を満たす庭を持った古寺がいくつもある。その多くは禅寺である。日曜日の日暮れ前などに、そういう庭のほとりにたたずむ私の心の中に、箱庭を愛した子供の心がおのずとよみがえってくる。

 中学時代に老子や荘子に心をひかれたことも、幼年時代に箱庭を愛したことと、無縁ではなさそうである。それだけで閉じた、永遠の静寂の世界を求める気持ちは、それ以後もずっと私の心の奥底に潜みつづけてきたらしい。私は科学者の道に入った。科学の世界は開かれた世界である。既知の世界の向こうに未知の世界がつづいている。既知の世界と未知の世界の境目に、私はいつも立っていた。それは新しい発見と新しい疑惑によって、不断にゆり動かされている、不安定な境地である。そこにおかれた科学者は、常に開拓者精神を鼓舞しつづけなければならないのである。限られ、閉ざされた世界、永遠の静寂の世界は、科学とは無縁だと思っている人が多いいかもしれない。

 しかし限りがなく、常に開かれている世界、動いてやまない世界に、科学者が現に住んでいるということは、必ずしもそれが科学者の求める理想の世界であることを意味しない。物質世界の、より普遍的な法則を見出そうと努力し、より基本的な構成要素を見出そうと努力するのは何故であろうか。科学者の心の奥底には、自分で気づかなくても、永遠の静寂の世界を求める気持ちが、どこかに潜んでいるのではなかろうか。他の科学者の場合がどうであろうと、私の心の中にはそういう欲求が確かに存在している。そしてこの欲求と、開かれた未知の世界に進んでゆきたいという欲求とが、裏と表の両面から私を動かしつづけてきたように思われる。



博士は建築が好きだったのだろうか!? 多分道が違えば建築家になっていたでしょう。

静 と 動
表 と 裏
有 としての 原子 ― 無としての 空虚・闇
形 と 情念
 
静寂の坪庭に佇んで、軒先から空につながる ‘想い’ ‘夢’ 日々の生活、我が設計。

見えないものに拡がる ‘おもい’・・・・・空(くう)は奥が深い。



私、沢山想いを巡らすゆえに 取捨選択の末 ‘何を作らなかったか’ も大切な要素です・・・・・なんて、生意気なことを言ってみたりもします。如何でしょうか。
  
Posted by masuzawa05 at 10:05Comments(0)

2007年06月13日

雑誌掲載

[CONFORT」2007年6月号の54ページに左官三昧の宿として、すみや亀峰菴が掲載されました。
コンフォルト  
Posted by masuzawa05 at 09:46Comments(0)

2007年06月11日

今どきの旅館に必要なもの・その9(旅館は変われるか)

◎ 旅館 (RYOKAN) 考: 

時代につれ旅館も変わらなきゃーと、常々考えていて、ある新聞記事が目に留まりました。
                                      
公立美術館のあり方が問い直されている・・・の中で、 『私の美術館像』 としてアーティスト・東京芸大助教授 日比野克彦氏(個人的に好きな芸術家なんです)がこう述べていました。
「 21世紀に入って、地域が公立美術館に期待するものはがらりと変わった。これまで美術館は有名な作品を持ってきて、人々に鑑賞の機会を与え、啓蒙に努めてきた。だが今はいかに地域の問題に積極的にかかわっていくかが問われている。人々がゆったりとした時間の中で美を感じる心を育てられるように、様々な企画立案が必要だ 」
       
「経済や政治も大事だが、人が美を感じる心を持っていないと社会は正しく進化できない。なんでも物事をドライに決めつけていくと、いじめや自殺といった社会問題が大きくなる。曇り空に悲しみの色を見出すなど、人間のささいな感覚を大切にしたい。そうした美の心が、他人への思いやりにつながる。これからの美術館の地域社会での役割は大きい」

日比野氏









 


で、どうなんだ! ということですが・・・用途限定の公的美術館ですら使い方が問われています。そのうち作り方も問われてくるでしょう。
                    
人が美を感じる心を空間体験できる身近な場所・・・おこがましいですが、旅館も例外ではありません。 豊かな自然、風情ある室礼や旬の食材、真心のこもったさりげないもてなし、温もりのある大地の恵み・・・温泉、 気のおけない普段着の贅沢。
       
そこにこそ、 旅館の存在価値が有るように思います。



● これからの 旅館

最近5〜6室から20〜30室位までの個性的な小規模旅館が増えている。お籠もりの宿とかラブホテルとか揶揄する人も居るが、ホテルの成り立ちからいって当然のことで、今そのことを論ずるつもりはない。旅館も、時代とともにどう変わっていくのか、どう変わらなきゃいけないのかを、実際の設計・創作からの想いを徒然なるままにしたためてみました。

 たとえば、部屋と厨房・受付と玄関 が在りさえすれば、少ない予算と最小リスクで宿としての機能は果たすのだが・・・・・、又 籠もるというプライバシー重視だけであれば、極論すると秘密めいた自宅で好きなように過ごせばいい。             
景観にマッチしたプライバシーを守れる個性的な部屋と共に、オリジナルな滞在のイメージを膨らませることのできる、豊かで・気のおけない独創的なパブリック(大きくなくともいい、そこでしか出来ないもの)を作ることが大切だと主張し続けています。

 都心の高級マンションの快適さや、都市ホテルのゴージャスさに旅館が挑むのはなかなか大変です(そういう施設があってもいいのですが)。                  

ホテルと違い旅館は 低層の平面的な空間のイレギュラーな繋がりの中に、プライバシーとパブリセティーを 気遣いという微妙な 『開きと閉じ』 のバランスでレイアウトし、それに 個人の『気分』や もてなす側の『思い入れ』を 大地の『気配』 の中に織り込んで奏でる邦楽である。  


 
しかし、今、何もかも至れり尽くせりの世界から一歩離れて考えると、残されたキーワードは適度な ‘間’ を持った ‘不便さ’ なのかもしれない。       
                  
たまに、 ‘便利さは’ 親切すぎて堅苦しい、寛げない時もある。

 その土地特有の‘空気’や‘けはい’を感じながら、多少の不便さや、          自然との一体感を お客 自らが参画することによって、‘過ごし方’として替えてみる。
         
もちろん水回りの快適さ、暖冷房は当然満たされているものとして (いやそれさえも不要かもしれない、暑ければ窓を開けて風を通す、寒ければ火を燃やす設え、人の五感に訴える数々)、 小さな ‘不便’を自ら演出し、そして納得して過ごすことができる。・・・・・・そういう ‘しくみ’ という 『不便さ』 なんですが。

・ 美しい自然や

・ 周りの環境と建物との取り合いの 共生の妙や

・ とびっきりの食材と、懐かしい料理や

・ 土地の人たちとの気取らないふれ合いや

・ さりげないけれど主張の有る室礼(しつらい)や

・ 偲ばれるオーナーの人柄や
                          
・ うるさくない気遣いの あれこれや

・ 醸し出される空間の雰囲気、うねるように流れる空気 への感動や

・ ここで出会えた者同士の、うちとけた 大人のたしなみや

・ オーナーが愛してやまない その場所のあるがままの‘地勢’と‘景色’や

・ オリジナルな‘湯’への拘りや   

いろいろ。

                                 
行動の主体が個人に移り、百人百様の旅をして、お客様自身が自分で組み立てるオリジナルな宿の過ごし方を模索し始めている。     

プランニングにあたっては、個性化を伴う客室を含めた様々な部屋の機能的面積配分の次に、それを立体として立ち上げる過程の中で、具体的に接客にあたる「オーナーの夢」をどう取り入れて熟成空間とするかが、デザイナーである我々に求められている。
そこにオーナーの ‘人となり’ がさりげなくどう表現されているかが個性的な宿に於ける味付けのポイントのような気がします。                            
そして「オーナーの夢」をモチーフとして、料理人としての設計士に求められるのは、その環境から派生した建築空間の ストーリー性 ではないでしょうか。      
物語が常に 『いい感じで語られているか』 その 塩梅 が問われ続ける。

 至れり尽くせりのお節介空間よりも、どうすればオリジナルな過ごし方を自分のものに出来るのか、お客様の参加の余地を残すことが大切です。 (やりすぎず・見守りすぎず、いろいろの機能・情感に基づく、ソフトとハードのバランスを取ること)。   
 
又、ある意味 素材提供型の料理のような宿が面白いと思い始めています。とっておきの ‘素材としてのスペース’ を無理なくどう選りすぐって配置、提供できるかにかかっている。お客様は心の趣くままに、イメージ豊かに過ごし方として組み立てなおす。

 天と地の狭間にあって、                            
旅人よ、さわやかな ‘大地のけはい’ を吸って気宇壮大に宿ろうではないか!

天・地










 ● RYOKAN・ R Y O K A N。 そして「旅館」から「和宿」へ。

 個 としての客部屋、                                
 公 としての レストラン・ 風呂・ ライブラリー・ バー・ ロビーラウンジ。    付帯として、地域の自然環境につながる 風や光・月や雨・庭や菜園 とのハーモニー。

空間創りに関し様々な機能・要素を取捨選択し、そしてそこにどういうソフトを絡めるかによって新しい ONLY・MY・RYOKANが生まれる。


たとえば、色々のレストランが有るように

 ・大きなホテルのような旅館の安心感・豊かさ・賑わい に身を置くも よし
 ・小さきもの、別荘感覚にひたるも よし
 ・はたまた中間規模の宿に遊ぶも よし

近ごろの 小粋なRYOKAN はヒューマンスケールでありながら空間豊かで、建物は庭や外部とのつながりを大事にしています。地域の自然とのコラボレーションであり共生の思想です。
                       
思い返せば、昔の宿は 環境に配慮した瀟洒な佇まいで、渚や入り江、川面、里山、山並み、町並み に繋がる 厳かなあるがままの景観を、大切にしてきました。       
そして現在の小規模・高質旅館は現代の快適さを具備してのち、数奇な佇まいで、限りなく 『昔の温泉宿』 に戻ってきているように思います。 

ただ、敢えて言うならば 旅館→RYOKANへ(ホテル的機能とサービス、そしてプライバシーを持った宿) すなはち、従来の旅館ではなくグローバルに羽ばたく RYOKAN に移行している様に思うのですが・・・・・。ここ数年、私共で想い描いている‘RYOKAN’スタイルの宿が何軒か出来てきます。
                        
私どもは、日本人の宿りとしての 『和宿』 を目指し模索します。     

あくまでもオーソドックスな味わいを残しつつ、建物の素材と味付け、空間認識、自然環境との取り合いが、微妙に進化・発展してきています。完成の折には是非お泊りいただいて、忌憚のない意見をお聞きしたいと思っています。


 目指すのは、日本発 亜細亜の薫り・・・・・  『 世界の和宿 』  創りへ! 
  
Posted by masuzawa05 at 10:35Comments(0)

2007年06月04日

ちょっといい話・その1

● もの作りについて・・・小説家の感性


 「博士の愛した数式」の作者小川洋子さん;

次の長編はチェスが題材になる。『博士』の数学同様、あれこれ調べていくと 「小説に書かないといけない」 と思うエピソードや人物が必ず隠れていて、「本当に楽しい」と笑顔を見せた。(谷崎潤一郎賞・授賞式にて)


ogawa








 

私、デザインイメージはいっぱい有るんですが、すぐ忘れ、心の底に澱んで隠れたままなかなか出てこない。引っ張り出すのに一苦労、困ったものだ!
 そんな風にいっぱい出てくると、作らなきゃーと思えて、設計も楽しいのだが・・・。



● もの作りについて・・・画家の感性


滝の絵で有名、今売り出し中の画家 千住博さん; ある雑誌主催の作品賞、審査会場で

ものを作り、発表する喜び その原点を教わりました。私は今回始めて審査に加わらせていただきましたが、あらためて感じたことがあります。それは、才能とは一体何かということです。それを作るのが好きで好きでたまらない、というのがひとつですが、もっと大切なことは、何とかしてそれを他人に見せたいということです。そういう思いが、審査会場を見て回っている私に作品のほうから声をかけてくるのです。今回受賞されたかたの作品というのは、どれも私たちが作品を選んだのではなく、作品のほうが私たちを呼びとめたのではないでしょうか。いつまでも頭の中に残っていて、あれはよかったな、もう一度見てみたいなと思ったのです。

 例えば歌手でも、歌の上手な人はいっぱいいます。でも、歌の才能とは何かというと、あの人の曲をもう一回聴きたいと思わせるかどうかなんです。絵も同じです。いい絵とは、この人の絵をもう一回見たい、もう一枚見たいと思わせるものなんですね。

 皆さんの作品からは、もっとこの人の作品を見てみたいという気持ちが生まれ、私たちの心の中に豊かな時間をもたらしてくれたのです。 その意味で、感謝しなければならないのは、私たちのほうです。 普段自分の制作をしていく中で、物を作る喜び、発表する喜び、そういうつい忘れがちな原点をもう一回教えていただいたような気がしました。

senju







 

ふと足を止めたくなるような 建物・空間 を思い入れ豊かに創る、期待通りに使われていると嬉しい。   実は設計も同じなんです!  


 建築は形として永く残り、常に人目に晒されます。                 
心を込めないと建物から裏切られます。

恥ずかしい思いをしないようにと願い、信じ、取り組んでいます。
  
Posted by masuzawa05 at 08:58Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
MONTHLY ARCHIVES
アクセスカウンター

アクセスカウンター