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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2007年05月28日

心に残る建築家の言葉・その9

 木造大壁造りの 吉田五十八
 木造真壁造りの 堀口捨巳 と当社の創業者・石井会長より教わりました。

                  
真壁作りで、構造柱すなはち意匠柱であり、逃げの利かないのが堀口さん。 床の間の隅柱なんぞは斜め壁やRでふかしちゃって、結果として雰囲気が良ければいいんじゃないのと許される数奇屋が吉田さん。 そんな風に教わり、勝手に理解してやってきました。     
我々が手懸ける鉄筋コンクリートの内装数奇屋には 吉田流がピッタリです。 

吉田五十八












 『住宅建築の極致とはどんなものですか。』 とある人がある有名な建築家に尋ねた。  するとその人は、『新築のお祝いによばれて行って、特に目立って誉めるところもないしと言って又けなす処もない。そしてすぐに帰りたいと言った気にもならなかったので、つい良い気持ちになってズルズルと長く居たといったような住宅が、これが住宅建築の極致である』 と答えた。 他人の言葉を借りてはいるが、吉田さんの本音のような気がする。

 私はかつて巴里の婦人に 『あなたは、本当の巴里の粋を知っていますか。』 と聞かれたので私は 『知らない』と答えた。するとその婦人はつぎの様に私に話してくれた。     それは、
『かりにあなたが、巴里のブルバールで一人の婦人とすれ違ったとします。その時あなたは馬鹿馬鹿しく綺麗とは思はないが一寸好ましいなりをしていると思って、通りすぎて又もう一度見ようとふり返って見る。そして家に帰ってきても、あのなりはよかったなあと思う。これが本当の流行の極致で巴里の粋人なのです。』 と。
 この話は、前の建築の話と一致点がありはすまいか、私はこの二つの話の対照が非常に面白いと思ふ。 私は新築した家に行ってこれは立派だとは思ふが自分が住む気にはなれない。しかしこんな家に住んでみたいと思ふ家がある。私はこの方が本当の建築だと思ふ。女でもさうだ。 あの人は綺麗だなと思ふ。しかし綺麗さだけでは親しめない。あまり綺麗ではないが、何となく親しみを感じてこの人となら一緒に居てもいいと思ふのとにてはいないか。

 この意味で、私は特に数奇屋普請を主張しはしない。だが、親しみ深い家、住んでみたいと思ふ家は決して しゃっちこばった家ではない。


 いい作品というものは本来、 作者が人に説明するものではなく能書きがなくても作品そのものが見る人、使う人に語りかけ問いかけてその価値を知らしめる。


 遊びも一流・粋な趣味人 東京芸大出の建築家  ここにあり。

 大分前に、吉田さんの数奇屋仕事をした事のある大工さんが私の近くに住んでいて、将来自分の家を作るときは、この人に頼みたいと思った程腕のいい人でした。

 「イソッパチの仕事をしたことが有るけど・・・、内法一本付けるにも現場であてがって、高いの低いのとうるさくてしょうがねえ!」 と懐かしそうに喋っていました。          生きていれば70代前半、残念ながらその大工さん若くして亡くなりました。 


 私 未だに家も作らず・作れず そのままずるずる  ヤケッパチ?・・・・今日まで。
  

Posted by masuzawa05 at 09:49Comments(0)

2007年05月22日

銀山温泉 H・旅館に行ってきました

銀山01










銀山02




 


 山形県尾花沢市・銀山温泉は400年の歴史を持つ。現在14軒の木造3階建て旅館が川を挟んで軒を連ねレトロな温泉街を形成している。 H・旅館は客室8室のこじんまりとした旅館です。



ホール









     

 設計者である建築家 隈研吾さんはこう述べています:

この建築を設計するにあたって、 いかに重ね合わせるかをずっと考えていました。時間を重ね合わせていく事、 空間を重ね合せていく事です。
 薄いフィルターを使って、フィルターのこちら側と向こう側を重ね合わせていく仕掛けを作りました。 中田秀雄さんの手による簀虫籠(すむしこ)と呼ばれる竹製のフィルター、 志田政人さんの手による「ヴェールダルト」と呼ばれる中世の工法による薄い緑色のステンドグラスのフィルターです。 どちらもとても繊細なフィルターなので、どうぞ大事にしてあげて下さい。
 弱いもの達を大事にする気持ちが、 次から次へと時間をかけて重ね合わされていくと、物はさらに深い輝きを発し始めるはずです。


● 簀虫籠(すむしこ)の壁・天井: 4ミリ程の割り竹を針のような釘で4センチ程のピッチで止めていく。

銀山03







● ステンドグラス入り格子: 僅かに感ずる薄い緑のレトロな感じの腐食ガラス。

銀山04









◎ 全体の感じ:                                  
・廊下の床は 板、壁天井は 和紙と簀虫籠、 床の入り隅に明かりのスリット。
・部屋の床は 板とタタミ、 壁天井は和紙貼りで真っ平ら、 床の入り隅に明かりのスリット。

タタミ寄せ、 幅木、 回り縁、 ドアー枠、 内法材、 ドアー取っ手・引き手 一切無し( 見せず! )
徹底してシンプル。 空間は 床と 壁と 天井 からなるフラットキューブな箱。

● 廊下

銀山05銀山06







● 客室

銀山07銀山08







銀山09銀山10







銀山11銀山12







銀山13










● 料理いろいろ

・旬彩:  銀山14








・吸い物: 銀山15









・割鮮:  銀山16








・鉢肴:  銀山17








・焼き物: 銀山18








・蒸し物: 銀山19








・強肴:  銀山20







    

 これはチョイス
・ご飯と水菓子 銀山21








お料理はあくまでもオーソドックスな点が少々気になりますが、 見た目もきれいで、美味しく、 たっぷりと有って良かった。



建築素材は伝統的な日本の素材を使用しつつも、空間の印象は一見デジタル的なのだ! しかしながら、一晩過ごしてみるとアナログ的なホットな感性に満たされる。 透けて・重ねて・閉じて・・・ 不思議な日本の宿である。 私、新しいデザインに触れて又やる気が出る。

古い昔ながらの 対岸の建物を見るだけの立地・環境で有りながら、 濃密なインテリアで装いつつ、 町並みに合わせ活性化を図るという。 一軒だけ 今風・レトロ なのが他館と違い気になりましたが(美術館と間違われる)、しかしながら 新しい旅館の生き方を感ずることの出来た学びの宿でした。
ちなみに、アウトバスの部屋で2人、ビールと大吟醸冷酒少々、締めて¥75000也。


PS
後日、女将のジェニーさんから 簡潔で心のこもった手書きの礼状を頂きました。

大川さんへ、
増澤さんへ、
Thank you very much for coming to Ginzan and staying at Hujiya .
Did you have a restful stay ? How did you find our new building .
It is quite unique I think .

We look forward to serving you again in the near future .
Sincerely
Jeanie Fuji .



  
Posted by masuzawa05 at 13:36Comments(0)

2007年05月15日

美しい景観を創る会・その6

      もり と まち <日本人は森を育てられるか>

● 榛村純一(しんむら じゅんいち); 前掛川市長、静岡県森林組合連合会会長

 日本は木の国、木の文化の国、森林力、温暖な日本列島は復元・増殖力がある。

山の幸(深山幽谷)と海の幸(白砂青松)とを結ぶ万川が海に注ぎ、要所要所に鎮守の森や巨樹・巨木があり、それら山から海に至る美しい景観地域の中で、バランス良く日常生活を共にしてきた。特に年輪・風雪に耐えうるスギ・ヒノキ・マツ・ケヤキの優秀な有用樹種が育ち、寺社建築や住まいを含めあらゆるものが木造で作られ、海外における鉄や石に替わるものとして利用されてきた。

 人は山・森・里山を愛で、山岳信仰、物見遊山、グリーンツーリズム、スローライフにいそしんできた。



景観6-01景観6-02







景観6-03景観6-04







景観6-05景観6-06










しかしながら、
 地租改正、近代化、農地改革等により、外材と木材代替品にとって替えられ、施業の放棄がなされた。
 国土の半分が過疎遅滞、そこに700万人の高齢者が残る。限界集落の消滅が起きている。
 森林の持つ機能を金額価値に評価すると75兆円とか70兆円有ると言われていますがそれを1坪当たりにすると1000円なのです。その価値には土砂流出防止とかいった機能が評価されているのですが、美しい景観とか癒し効果といったものが計算に入っていないのです。入れたらもっとすごいでしょう。

 森林計画を国民のものとして、200数十万の土地所有者だけに森を守り育てることを任せるのではなく、都市の人と大企業が零細な山離れした所有者から森を買い上げて、森林経営という社会的責任を果たさなければいけないでしょう。

 又森林を持つ大都市はそれを守り、(大阪や川崎市等は森が少ない分違った形で)社会的責任を果たさなければなりません。京都は森林が6万何千ヘクタールあります。京都がなぜ魅力ある都市なのか、みんながなぜ京都に行くかといえば、京都市の市域の74%が森林であるからです。森林と木造の伝統文化財建物がバランス良く同居しているからではないでしょうか。                                 
森林に対して政策を持てる大都市になってもらいたいと思います。


● 平野秀樹; 環境省環境影響評価課長、九州大学林学科卒

 日本の森は大体4つに分かれているのです。それらを私なりに捉えると

一、 巨木を有する野生の森、知床とか屋久島とか白神の森。
二、 家畜的な森・・・スギ、ヒノキの人工林。
三、 ペットの森としての里山です。里山というものは農業の肥料として欠かせなかったのですが、そういうつながりが消えてしまって、都市民が遊ぶための雑木林というような位置づけのような気がします。つまり里山問題というのは、山村の問題ではなくて都市民の問題なのです。要は都市的構成要素の中で、自然からある意味では足が切れてしまっているということがいえると思います。その意味でペット・・・・云々です。
四、 アクセサリーです。ビルの谷間のケヤキとか日比谷公園の緑ぐらいはアクセサリーだと私は見ています。
                               
ごちゃごちゃにして 緑を語るから判らなくなるので、私なりの区分です。

景観というのは確かに視覚だけで見るものですが、そこに住まう人たちの暮らしとも密接に関わっているということ、人と人の関係論まで発展し、もう一度背景として考えるべきと思います。そういう意味で美しい景観というのは視覚だけを基にして物言いしているものではないと思います。
又、人と森林の共生というが、それはおこがましいことで、「人は森林に寄生している」のではないでしょうか。

民俗学者 宮本常一はかつてこう述べていました。

「自然はさびしい。しかし人手の加わった自然は温かさがあり、懐かしさがある」

続いて平野さんはこう言っています: 日本の自然、樹木には神が宿る!


景観6-木










● 都合6回にわたる総論としての宣言;                    
  座長 伊藤滋(いとうしげる);早稲田大学特命教授

     二つの宣言
第1の宣言: 「日本は美しくない」ことを認める宣言―(悲しみを表す宣言)

・ 日本は世界に冠たる美しい国、美を大切にする国として日本人も世界の人々も認めてきた
・ 日本の美は山にあり、里にあり、町にあり、そして一人ひとりの心の中にあった。
・ しかし、戦後世界がうらやむ経済の発展を遂げる中、山でも里でも町でも、日本のあらゆる所で景観は壊れた。
・ 今や、日本の国土は、世界で最も醜いものであるかもしれない。
・ 今、世界の人々の美の関心は日本を離れつつあり、日本に滞在を希望する有能なる外国人の数も激減し、日本は世界の観光地図から消えつつある。
・ 景観を壊す原因となった日本人の心のありようは、新たな国づくりの気概を育まず、日本の景観は止め処なく壊れ続けている。
・ 我々景観づくりに携わる職能集団は、日本が危機的状況にあることを真摯に認め、自らの反省を込めながらそれを直視する覚悟を定めたことを、今日、宣言する。

第2の宣言: 「日本を再び美しくする」ことを国民運動とする宣言―(美の国再興の宣言)

・ 我々の目的は、再び世界から美の国と評価される日本を再興することである。
・ 我々職能集団は、我々に欠けていた美しい国を創る意識の高揚と技術の開発に全力を注入したい。
・ 日本を美しくするためには、美しいものを新たに加える作業と、同時に今行われつつある景観を損なう行為をやめ、さらに、つらいことではあるが、過去に間違って造ってしまった醜いものを取り去る作業を行わねばならない。特に後者については、深い国民の理解を要する。
・ 我々は、日本を美しく再興する一つ一つの事業を実施する過程で、関係する技能者に、そして企業者に、さらには国民に協働を呼びかけねばならない。
・ 取り返しがつかない所まで来てしまったとの声を撥ね退け、21世紀の前進する豊かな日本を目指して、われら景観に責任を有する職能集団が行動を開始することを、今日、宣言する。


 建物は地面があって初めて成立するもので、当然のことながらしっかりと地に足をつけて、建物と空間の有り様を環境に則して考えたい。造られた建物が美しい景観形成の一助になれば幸いである。                                  
蛇足ですが、先日 建築家・妹島和世さんのセミナーで彼女も同じことを仰っていました。素敵だと思いました。

                                    
旅館設計者として自省をこめて。
  
Posted by masuzawa05 at 15:42Comments(0)

2007年05月07日

サキャ格言集(岩波文庫より)

 サキャ・パンディタ:13世紀のチベット人学者、論理学・文法学・韻律楽・医学・占星術にいたるまで、百を越える著作がある。強大なモンゴル帝国との折衝に、チベットを代表してあたった熟練の政治家でもある。

雑読の徒然に手にした一冊

一章、 賢者についての考察;

功徳のある人のところには  人は集めなくても、集まってくる。
香しい花は遠くにあっても  蜂は雲のように集まってくる。

賢者は功徳が広大でも  他人の功徳までも吸収する。
絶え間なくそうすることで  すみやかに一切智に達する。
(一切智:すべてを知りつくすこと。仏の境地。)

賢者は学ぶ時には苦労する。 安逸にいてどうして賢者になれようか。
小さな安楽に執着するものは  大きな安楽が得られない。

二章、 貴人についての考察;

  貴人はたとえ不幸に見舞われようとも  行いはことのほか高潔である。
  火はいくら下に向けても  炎は上に燃え上がる。

  与えたものは取り戻さず  劣った者の悪口を受け止め
  小さな恩も忘れない。  それが偉大な人のしるしである。

  讃えられても喜ばず  非難されても不快にならず
  自らの功徳をよく保つこと  それが貴人の特徴である。

三章、 愚者についての考察;

きっちり仕事を出来ない者は  きっちり仕事をする人を誹謗する。
一本足の国に行けば  二本足の者は人と見なされない。

智恵の無い者は少しの勝利で満足し  負けたとなると。味方を恨む
話し合いに集まれば喧嘩をし  密談は漏らしてしまう

進軍のときはしんがりで  退却の時は先頭
食べ物飲み物を見れば必死になり  辛いことは巧みに避ける。

四章、 賢愚混交についての考察;

  功徳の少ない者は自慢するが  賢者は温和である。
  渓流はたえず音をたてるが  大海は騒がしくはない。

  裕福な時には誰もが親戚で  貧乏になったら誰もが敵。
  宝島には遠くからでも人が集まり  湖は乾いたら誰もが棄てて行く。

  立派な人は頼まれなくてもよく教えるが 劣った人は聞かれても誤ったことを教える
  菩薩に怒っても慈しんでもらえるが  閻魔に供養しても殺される。

五章、 悪行についての考察;

  功徳は驕りによりだめになり  慎みは欲によってだめになる。
  いつも家来をののしれば  主人は必ずだめになる。

  他の傷はうまくすれば治るが  口の禍いによる傷は治らない。
  カラスはフクロウを辱めたので  一劫の間不和だったのを見よ。
  (一劫:ずっと長い間、古代インドの時間の単位)

  憎悪のもととなる返さない借金  悪い法律と悪いうわさ
  悪い家系と悪い行い  増やさなくてもおのずと増える。

六章、 本性についての考察;

  偏った智恵では  すべてをこなすことは難しい。
  いくら目がよく見えても  音を聞くことはできない。

  あらゆる功徳を備えた人は稀であり  功徳の全くない者も稀である。
  欠点と功徳の混ざった中で  功徳の方が多い人に賢者は師事する。

  最高の富は布施  最高の幸せは心の安らぎ
  最高の飾りは学問  最高の友は騙さない人。

七章、 不相応についての考察;

  傲慢な召し使い  きざな苦行者
  法に従わない王  この三者は不相応である。

  人は長寿を願いつつ  老いを恐れる。
  老いを恐れつつ長寿を望むのは  愚者の邪見である。

  法と不法を説く  賢者は非常に多いいけれど
  知って実践する人は  世の中にはきわめて少ない。

八章、 行為についての考察;

  誰でも立派な人と  劣った人の違いをよく知り
  事をなすならば  事はうまくいく。

  小さな害でも  すみやかに除いて繕うべきである。
  小さな水の流れから  洪水になるのを見なかったか。

  自分が好まないことを  他人に絶対してはならない。
  他人に少しでもそうされたら  自分がどう思うか考えろ。

九章、 教法についての考察;

  少しで足ることを知る者  その人の財産はなくならない。
  足ることを知らずに求める者には  苦しみの雨がいつも降る。

  一つの茎から生えた草は  風で十方に散る。
  同様に一緒に生まれた人は  業で各々ばらばらになる。


  愚者は学ぶことを恥ずかしがり  賢者は学ばないことを恥ずかしがる。
  だから賢者は年老いても  来世のために学問する。
  智恵がないという理由で  愚者は学問をしない。
  考えてみれば智恵がないからこそ  愚者は一層努力すべきである。 
  以上、格言集より抜粋。


稲穂









格言にしびれるのは、言葉を理解することで、さも自分ができているように錯覚し、言葉の魔術にただ酔っているだけなのかもしれない。それって‘老齢’のせいでしょうか、‘性格’のせいでしょうか・・・う〜ん、 たぶん両方でしょう。


そして、六十爺の戯言(ざれごと)                        
第十章、読み終えての考察;

いくつになっても成らず
成るを求めて生くる
実るほど頭をたれる稲穂のごとく、精進す
それ長生きのもとなり。


これって かっこ良すぎでしょうか。
  
Posted by masuzawa05 at 11:26Comments(0)

2007年05月01日

詩人の感性に学ぶ・その5

みすず










<つもった雪>


上の雪
さむかろな
つめたい月がさしていて

下の雪
重かろな
何百人ものせていて

中の雪
さみしかろな
空も地面(じべた)もみえないで     
snow












<大漁>


朝焼け小焼けだ大漁だ
オオバいわしの大漁だ

浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう          
大漁











<不思議>


私は不思議でたまらない
黒い雲からふる雨が
銀にひかっていることが

私は不思議でたまらない
青い桑の葉食べている
蚕が白くなることが

私は不思議でたまらない
たれもいぢらぬ夕顔が
ひとりでぱらりと開くのが

私は不思議でたまらない
誰にきいても笑ってて
あたりまえだ、といふことが          

不思議










<土>

こッつん こッつん
ぶたれる土は
よいはたけになって
よい麦生むよ

朝からばんまで
ふまれる土は
よいみちになって
車を通すよ

ぶたれぬ土は
ふまれぬ土は
いらない土か

いえいえそれは
名のない草の
おやどをするよ           
土









<みんなをすきに>


私は好きになりたいな
何でもかんでもみいんな

ねぎもトマトもお魚も
のこらず好きになりたいな

うちのおかずはみいんな
かあさまがお作りになったもの

私は好きになりたいな
だれでもかれでもみいんな

お医者さんでもカラスでも
残らず好きになりたいな

世界のものはみいんな
神様がお作りになったもの          

みんな












 やさし すぎて・・・なにも言えない。
 やさし すぎて・・・形にならない。
  
Posted by masuzawa05 at 10:08Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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