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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2006年07月31日

心に残る建築家の言葉・その1

ノーベル賞受賞者の利根川進さんから面白い話を聞きました。米国の小学校では何よりも先ず正義を判断する心と他人への気配りを徹底的に教え込むそうです。・・・(中略)


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つづいて安藤さんはこう述べています。私の事務所に入ってくる最近の若者たちにも、この気配りを欠いた人が多いい様に思います。周囲への無関心とも言えるでしょう。

 建築設計という仕事は、ある意味では気配りから成り立っているものです。
建物の機能や使い勝手はもちろん、敷地に生えている樹木の扱いから、雨水の処理、隣地との関係、街路からの見え方まで、気配りの連続です。

 コンセプトとともに、さまざまな事柄に気を配り、うまくまとめ上げていく能力、構成力が問われるのです。
 それが、設計の難しいところであると同時に面白いところです。


若いスタッフには、日常生活での気配りをうるさく言います。ちょっとした事柄に気づいて、問題にできるような意識をもってもらうためです。そのうえで、責任感も芽生えてきたころに、ようやく設計を始めさせます。まずは小さな住宅からスタートです


 簡単な様でなかなか難しいことですね。

私、わがままで、気配り甘く、ムラっ気で・・・・・どうしよう。
  

Posted by masuzawa05 at 09:58Comments(0)

2006年07月24日

数奇屋考・その2

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待庵プラン



 作家の感性:
何も余計な物はなかった
しかし決して殺風景ではなかった。
密度の濃い空気が隅々にまで満ちていた・・・・(中略)
 語り部屋から出るとき、空気の質が一瞬のうちに変わるのを感じた。それまでわたしを包んでいた膜が急速に乾燥し、ぼろぼろとはがれ落ちていくようだった
 小川洋子著 『薬指の標本』−六角形の小部屋より

 新建築社 「日本の建築空間」の中で青木淳氏は茶室‘待庵’の体験を基に彼女の文章を引用し、一対一の出会いを 「建築というよりは一種の空間装置のように思われる」と述べている。                                   
私としては濃厚なブルーチーズを食べたような、言葉の‘こく’に酔いしれて読んでは見たものの、其処までの思いは至らなかった。鈍いんでしょうか!?


 外国人建築家の感性:
「日本家屋がたとえ近代化されている点はあっても、しかも伝統的な形式がいかなる価値を有するかを徹底的に感知することを得たのは非常に幸運であった・・・・・日本風の居間で最も讃嘆すべき点は陽光の処理法である。
 障子は未だ閉まっているが、外側の板戸はもう開け放たれているような時、畳の上で目覚めながら、この光を味わうのは実に筆紙に尽くし難い」
 ブルーノ・タウト  『ニッポン』より


ロビー





 外資系豪華ホテルの建築ラッシュが続く中で、和風ホテルというとやはりホテルオークラしかないでしょう。もっと他に有ってもいいのに。


 旅館設計士の感性:
だいぶ前に瀬戸内の島の宿に泊まったことがあります。

 朝陽に目覚めて海を見やると、きらきら光り輝く海だけが見えて、光の海に投げ出されたような不思議な浮遊感がありました。
茶室風に改装された客室は床を上げた為か、海に面した崖側のサッシュが床面より30センチほど落ち込んでいて、フレームレスの視界が確保されていたからです。

一瞬、宮城道雄さんの琴の調べ 「春の海」をバックグラウンドミュージックに、亀のように布団に寝そべった私の脳裏に、蕪村の句 「春の海 ひねもすのたり のたりかな」がよぎったのでした


光る海


 とても気持ちの良い ‘数奇’なひとときでした。

 
 プロの空間作りの感性:設計士といえども、出来上がった空間が思った以上に輝いている場合と、まあまあの場合と有ります。
                      
その違いは何かと問われると、一言ではいえませんが、あえて言うと、一つに‘空間のつながり’に、如何に想いを馳せたか! ではないかと思っています。ホテルや西洋の壁で囲われた弧室はプライバシーが守られていて、それはそれでいいと思いますが、日本の場合、内と外の繋がりや、その中間領域、部屋同士の繋がり、部屋と部屋の間に半外部を挟む事による空間の拡がりや、抑揚が働き、見せ過ぎず・隠しすぎない事や、天井高の高低、灯りによる影の演出をも含めて、気遣いと想い入れを巡らすことにより、得も言われない良い空間が現出します。
大切な‘空間のつながり’を壊さず、雰囲気を盛り上げるように家具備品をそっと挟み込む設え。もちろん主役は其処を使う‘人’です が・・・・・。              

そこのとこの塩梅や‘一式’が大切で、難しいと思っています。
  
Posted by masuzawa05 at 12:04Comments(0)

2006年07月18日

古くて新しい・その1

 何年ぶりかで、古い日本映画のリメイク版をTVで見ている。
小津安二郎の名作に市川昆監督が挑むと出ていた。
 

 いつになく新鮮に聞こえたのは、娘が家に帰る
明るい大きな声で 「お父さん、ただいま帰りました」 奥から父親が
「お帰りなさい」 と迎える。余分な会話は無いのだが・・・

 気遣いと、愛情に満ちたつましい親子の会話に、家庭の躾が良くわかる。
門 

 引き違いのすりガラス入りの格子戸を開けると広い土間が有って、上がり框の先の板廊下が縁側に通じ、小庭を左に見て右手に二間続きの畳の座敷がつながる。
 どうやら、父一人、娘一人の家庭で、母親は九年前に亡くなっているようだ。
叔母(亡くなった母親の妹)が何かと娘を気遣っている。
母親代わりの娘は父親一人残して嫁にも行けず、それを良しとしている。

やがて、叔母の口利きで見合いにて嫁ぐのだが。

    
昔・笠智衆―原節子
     今・長塚京三―鈴木京香

 箪笥の前で背広から着替える父の背中に着物を差し掛ける仕草や、来客に座布団を差し出す身のこなし・言葉使い・立ち居振る舞いに、忘れてしまった日本人の生活に根付いた躾の美しさを見た。

 普段のさりげない生活・親子の会話に流れる、質素で暖かいほのぼのとしたものは何か

 陰影に富んだ無彩色の和空間に、二人の思いやり・気遣いに満ちた美しい日本語が
キラキラと色づいている。
 それだけで豊かな気持ちにひたれるのは何故か

 たまには日々の生活や、我が生き方、仕事の仕方、言葉遣いを省みることがあってもいい。

先日もある旅館さんで打ち合わせの間に出た昼食を急いで食べてしまい、女将さんから「もっとゆっくりと食べないと体に悪いわよっ!」と子供の様に叱られてしまいました。旦那様もこんな風に叱られているんだな!と、思わず苦笑い。
       
私、言い訳いたしますと、TVでお馴染みの石原結實先生の朝だけダイエットを3年程実践中で、いまだに昼近くは特にお腹が空くのです。                         

恥ずかしながら、美しい食事の仕方には日常生活が全て出るので、きれいに食べることはとても大切な事と思っています。
  

さて海軍兵学校・江田島に‘五省’という養生訓があります。叔父の居間に飾ってあって、生前いろいろ薫陶を受けました。
大仰な事ではなく、自分自身にはそれなりの規律と言うか規制をかせないと、楽な方に靡いてしまうものですね。 

自宅の洗面所に貼って、朝晩読み返しています。

     五 省
一、 至誠に悖(もと)るなかりしか

一、 言行に恥ずるなかりしか

一、 気力に欠くるなかりしか

一、 努力に憾(うら)みなかりしか

一、 不精に亘(わた)るなかりしか

 ひどい 二日酔いの朝、特にこの言葉心にグサッときます。
  
Posted by masuzawa05 at 12:09Comments(0)

2006年07月10日

白という色

 昔、「白はいくら汚れても白である」と思っていて、ある人から面白い人だと言われた事が有ります。

 今もずっとそんな風に思い続けながら、汚れや透ける事を気にせずに穿ける白いズボン、ジャブジャブ洗える白いズボン、石に腰掛けたり・草むらでゴロゴロできる白いズボン、     
それでいて紺ブレにも似合う白いズボンを探しているのですが、巡り会えずに今日まで来てしまいました。 元々私には似合わないのかもしれませんが・・・。

 究極のところ工場の油まみれの白いコットンの繋ぎの作業着かもしれない。

 還暦近くになって思えたことは、白は、何かに吹っ切れて、其れなりに‘よごれ’も何もかも超越して後、淡々として纏い続けなければダメな色かな・・・・・、
 色・遍歴の後、元に戻って最後にたどり着く色かもしれません。





白1 話し変わりますが、2〜3ヶ月前に お堀端の東京国立近代美術館で生誕120年・藤田嗣治展がありました。画家は総じて長命の故、亡くなられたのはつい最近のような気がするのは私だけでしょうか、TVの放映の影響もあって、入場制限をする混みようでした。着飾った中年女性と老人の多いい昼下がり、待つことの嫌いな私としては帰ろうかと思いましたがジッと我慢の30分でした。






白2 特に女性の白い肌、蝋のように透き通る白は、何か神秘的で、ピカソをして何時間も彼のアトリエでその白を凝視し続けさせたといわれる‘白’でした。(下地に特殊な処理をした故の白とか?) 白の中にあって白を感じさせる奥行きのあるヌクッと透けていて、肉感的且つ奥行の有る白なんですが・・・。

 気になったのは彼の描いた子供の絵。実子も無く、モデルもいなくてあくまでも想像で描いた子供だそうです、頭の上で髪を結わえたラッキョの様な、子供子供していない不思議な絵です。レオナルドダヴィンチのモナリザの謎の微笑みにも似て、まるで‘白の化身’のような情念の産物としての彼の子供だと思いました。




白3 昔、九段下の日本武道館につながる美術館前のお堀端の道を試合の行き帰りトボトボと、たまーに、ウキウキと歩いたものでした。
                             
入るのは今日が初めてでしたのでついでにと言ってはなんですが常設展示物も見てきました。安井曽太郎の椅子に座った明るいブルーのチャイナ服の麗人や、東山魁夷の道や、高村光太郎の鯰の木彫等々は又特に素晴しく、其れだけで一見の価値は有ります。

彼が画家として白に賭けた執念と才能に敬意を表するとともに、戦争をはさんで国家と個人、そして己が芸術に揺れ動く良心の葛藤を見たかった。と言うと かっこいい ですが、
本音を言うと私のくだらない‘白’への拘りから ‘白’ を見たかったからです。
                 
キリスト教に帰依しレオナール・フジタとしての晩節に深く思いを馳せる私です。

何か大きな力に揺り動かされて、少しはましな設計手法に開眼・気が付きそうな予感がしてくる、豊かな そして複雑な‘気’もらいのひとときでした。
  
Posted by masuzawa05 at 10:12Comments(0)

2006年07月04日

詩人の感性に学ぶ・その4

あなたの命は
誰よりも
あなたを愛しているんだ
命はあなたが
夕暮れの林のなかを
ひとりで歩いている時も
あなたと共にいる。         

ほかのことは
忘れたっていいんだ
だが忘れないでほしい
命はいつもいつも
あなたを愛している

 他にも こんなフレーズがあります

愛すること。
あまり欲張らないこと。
そして、
人の先に立とうとしないで、
自分のペースで生きること。
老子はこれを、
「三つの宝」と言っているんだ。
 
 そして・・・知足
「足るを知る、我が富は心に有り」

 タオイスト・伊那谷の老師  英文で読む漢詩の世界‘老子’ 英文学者・加島祥造 

 「自然ほど面白いものはないよ。山を見ても見飽きない。山はわれわれに見せつけようとしないから。自分で立っているだけだからね。都会の高層建築なんて、見せよう見せようとしているだろう。春夏秋冬、朝昼晩、刻一刻、自然には限りない変化があるが、都会には一定のパターンがあるだけなんだ。」

 仕事で伊那谷を車で3〜4回通ったことがあります。本で読んだとは言え、なんとなく近しい感じがして降りて探索しようと思いましたが、仕事中のこととて、止めました。いつかゆっくり旅してみたいと思っています。      


60夕菅


冬の寒い時季、人の薦めで一ヶ月ほどバリ島で過ごした手記を最近日経で読みました。谷の凛々しい冬籠りと南国バリの避寒生活がサラッとイコールになる懐の深さ、流石ですね。                                      

 ゆったりとした感性でとろける様に宿る。景色に抱かれて終日何もしない、‘何もしない’を演出する。 海の見えるタオの里、やってみたいですね。


 かく言う私、 タオイズムに遠く、迷い道くねくね。

  
Posted by masuzawa05 at 10:04Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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