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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2017年11月20日

天皇論


 小林よしのり さんの 漫画で知る 「 天皇論 平成29年 」 を読んだ。
この人のオールラウンドな正義感、常識論に感動し、素朴な疑問のいくつかが解決された。なかなかのマンガ家であり、人格者でもあることが判った。

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◎ 素朴な疑問としての天皇とは、その権威とは。 ( 子供の質問に答える形で )
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○ 天皇は世界的にも珍しい

日本の個性というか、
最大の特色なんだ。

天皇の仕事は
我々国民のために 祈ることなんだ。

「天皇って、いなくてもいいんじゃないの? 」 という質問に対して

いやいや、
これはすごい日本人の知恵なんだよ。

例えば日本では
金正日やヒットラーみたいな独裁者は生まれない。
それはこの天皇の権威のおかげだと言うこともできる。

そして、天皇は国民の安寧をひたすら祈るお立場でもある。

○ 「 万世一系って何? 」

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皇紀2677年
天皇や皇室の永続性を表す時、 「 万世一系 」 と言う言葉が使われます。これは、初代・神武天皇から第125代・今上天皇まで、同一の系統によって継承され、そして今後も永久に一系統で続いていく、ということを表しています。

初代・神武天皇が橿原の宮で即位されたと伝えられているのが、西暦紀元前660年。それを元年(紀年)として数える、日本の紀年法を 「 皇紀(こうき) 」 といいます。

これによって、西暦紀元前660年から数えて、西暦2017年の現在は 「 皇紀2677年 」 ということになるんですね。ちなみに、西暦ADはイエスが生まれたとする年を起点とする紀年法です。

2600年以上もの間、古典の伝えでは、日本の天皇は存在し、一系統で続いてきたとされているのです! 

( 万世一系ではなく、正しくは 「 萬(まん)葉(よう)一統(いっとう) 」 と言う言葉がありこちらの方が正しい表現のようです )
 

○ そろそろ天皇を尊崇すると戦争につながるとか、
日の丸を掲げると戦争になるとか、
馬鹿馬鹿しくも幼稚な迷信は一笑に付すべきではないか!?

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天皇を「 神 」 と思い込んだのは「 少国民世代 」 だけである。昭和天皇自身が、「 天皇は国家の最高機関である。機関説でいいではないか 」 と仰っておられたのだ。


○ 中国について
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シナの歴史は皇帝の歴史である。皇帝の歴史は紀元前221年、史上初の皇帝・始皇帝が秦王朝を建てた時に始まる。

したがって 「 シナ 」 の歴史は今年(2017年)で2238年だ。
「 中国 」 は中華民国から数えたら106年。中華人民共和国からならば、わずか68年にすぎない。

「 中国四千年 」 とか 「 五千年 」 とかいうのは今の中国人が20世紀に言い出した大嘘である。

紀元前221年以前は群雄割拠する戦国時代でシナは統一されていなかった。

秦以降、シナは何度も分裂と統一を繰り返すが、チベット、ウイグル、内モンゴル、台湾などの地域は、いつの 「 統一 」 でも 「 シナ 」 には含まれず、文明の届かぬ異民族の土地 「 化外(けがい)の地 」 とされていた。チベット、台湾などの周辺地域が歴史的に 「 中国 」 だったという現在の中国人の主張は大嘘である。

さらに言うと、19世紀まで存在しなかった 「 中国 」 なる国名を古代史にまで遡って使用することがそもそもの混乱の元凶なので、わしは歴史に関する記述はできるだけ 「 中国 」 は使わず 「 シナ ( 支那 ) 」 を用いることにしている。

シナ(支那)、言葉の由来[編集]
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1938年(昭和13年)に日本で発売された「支那大地図」。この地図によれば、中華民国と満州国だけでなく、モンゴル人民共和国を「外蒙古」としてその範疇[3]に加え、またソ連に割譲させられた唐努烏梁海(トゥヴァ)をも入れている。また、いわゆる漢民族の居住地でない東トルキスタン(ウイグル)とチベット(地図では「西蔵」)も入っており、広範囲の地域名でもあった。
支那という言葉の語源は諸説あるが、明朝時代末期にこの地域にいたイタリア人イエズス会宣教師衛匡国(Martino Martini)による著作”Nuvus Atlas Sinensis”では、中原初の統一王朝秦(拼音: Qin, 梵語: Thin・Chin, ギリシャ語・ラテン語:Sinae)に由来するとされる[4]。衛匡国によれば、この秦の呼称が周辺諸国に伝わったが、現在のインドで転訛してシナになったとしている。これが一般的な通説とされるが、戦前の日本の地理学者の藤田元春などは反対説を主張している。その諸説によると交易品であった絹糸に由来するもの、民族名である「チャン族」あるいは、「インドから見て辺鄙で遠いところ」との意からきたともいう。なお、このシナの発音が西洋に伝わり英語の"China"フランス語の"Chine"などの語源ともなったといわれている。紀元2世紀前後にはインドで中国を指して「チーナ・スターナ"China staana"」と呼んでいた。この表記について徐作生は、1995年に雲南省西部の都市「支那城」に由来するという説を発表している[5]。インド側からポルトガルでは大航海時代から現代まで一貫してChinaとよぶ。ギリシャ、ラテン圏では国名、地域名は女性形になることが多く、秦の国名はシーナとなる。
インドから仏教が隋に伝来した当時、経典の中にある梵語「チーナ・スターナ"China staana"」を当時の訳経僧が「支那」と漢字で音写したことによって彼の地に伝来した。この時の当て字として、「支那」のほか、「震旦」「真丹」「振丹」「至那」「脂那」「支英」等がある。そのため、「支那」はこの地域の当時の公用語からすれば外来語であり、当初は外国人からの呼称であったと言える。 ( ウイキペディアによる )

○ 「 公民 」 の思想


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「 昔の武将が武力で天下を平定し、日本における実力的絶対支配となっても必ず天皇を仰いだのは、昔の人間が自主独立の精神がないために何かより以上の権威を必要としたからではなく、人間は古も今も社会生活国家生活には必ず権威を必要とする人間本来の性質に基づくものであり、そして、天皇を仰いだのは、天皇に日本民族社会の、日本民族国家生活の究極かつ最高の権威たる実質が見出されていたからである 」 (里見岸雄氏の見解)

天皇号の成立と同時期、すなわち推古天皇、聖徳太子の時代に、日本国内には
「 公民 」 の思想が生まれた。
それまでの民衆は、各豪族が私的に支配していた。
だが、豪族をすべて天皇の臣下として、民衆は豪族の私的支配から離し、
天皇一人の公的統治の下に置くべきだと聖徳太子は考えた。

「 天皇 」 の称号は国外に向けてはシナ文明圏からの独立を意味し、国内においては、民衆の公的で、公正・公平な統治を意味したのである。

聖徳太子は607年、第2回の遣唐使として小野妹子を派遣する。

「 日出ずる処の天使、書を日没する処の天子に致(いた)す。恙(つつが)無(な)きや 」

半年後第3回目の遣唐使は
 
「 東の天皇、敬(つつし)みて西の皇帝に白(もう)す 」

ここにおいて我が国で初めて 「 天皇 」 の呼称が使われた。


○ 「 神まつる
昔の手ぶり 守らむと
旬(しゅん)祭(さい)に発たす 君をかしこむ 」

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    昭和天皇から受け継いだ
    古代から続く祭祀の手ぶりを
しっかり守って、
自分も国民のために祈ろうと
誓いながら
陛下は旬祭に向かわれる。

これは皇后陛下 美智子さんが詠んだ歌である。


「 人の世の
非情に耐へて 人知れず
民のためにと 祈る天皇 」  わし作(小林よしのり)



◎ 天皇はわれわれの魂の中にある。
◎ 天皇を中心に置いた 「 支配なき自己統治 」 こそが日本の国体である!
と “ わし ” は叫んだ。


● 私(増澤)思いますに、毎年正月に宮中で皇室が歌を詠む行事、このような文化的行事が連綿と続いている高質な国は、世界広しと言えども日本だけである。

そして、伊集院静さんの最新刊の一節が深く心に残った

「 歴史を学ぶことは、自分を学ぶことですから 」  
Posted by masuzawa05 at 06:30Comments(0)

2017年11月13日

いのちの授業



 今年、105歳で亡くなられた聖路加国際病院名誉院長で生涯現役を通した、日野原先生のご本 「 いのちの授業 」 をひも解いてみた。子供向けに書かれた平易な文章の中に秘められた豊かな人生訓に納得した。


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◎ いのちとは なんでしょうか

 私が、この「 いのちの授業 」 で10歳の子どもたちに 「 いのちってなんだろう? 」 と問いかけると、 「 心臓 」 という答えが返ってくることがいちばん多く、「 どこにある? 」 とつっこんで聞くと、みんな胸を押さえて 「 ここ! 」 と答えてくれます。「 あたま 」 や 「 からだ全体 」 という子どももいました。
 この本を読む君たちのなかにも、いのちは心臓にあると思っている人はきっと多いことでしょう。でも心臓は、いわばポンプです。心臓は私たちが吸った息のなかの酸素や腸から吸収した栄養素を、血液といっしょに頭や手足、からだ全体に、ひとときも休むことなく送り続けています。だから、私たちのからだは動くことができるのです。いわばいのちを動かす役割を果たすのが心臓、というわけで、その心臓はいのちそのものとは言えないのです。

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◎ どうして、人をなぐってはいけないのですか

 友だちや両親にいやなことを言われたり、たたかれたり、なぐられたりしたらきっとはらがたつでしょう。 「 いつか仕返しをしてやろう 」 と思うかもしれません。でも、そこで、言い返したり、なぐり返したりしてしまうと、ケンカが終わらなくなります。
 国と国が戦争を始めるのも、同じことなのです。 「 ミサイルで攻撃されたから、仕返ししてやる 」 そんなふうに仕返しばかりしていれば、戦争は決してなくならないのです。
 もしみなさんが、なぐられてもなぐり返さないようにして、いじめられてもしんぼうし、 「 今度からはなぐるなよ。仲よくしよう 」 と言う。そうすれば、いじめやけんかがなくなります。一人ひとりがそうすれば、世界中から戦争がなくなりますね。
 それが、平和ということなのです。


◎ いのちは、時間
いのちは、自分が使える時間

 69.7歳と82歳では12歳も違います。40年前より今のほうが、平均して12年長く生きることができるのです。12年分 「 いのちがのびた 」 という言いかたもできますね。
 「 なるほど、寿命なんだ、時間なんだ 」 とみなさんはおもうかもしれません。たしかにそのとうりです。そのとうりなのですが、たとえばその12年間という 「 いのちの時間 」 を、寝てばかりですごすのと、あちこちへ旅をしたりたくさんの人と出会ったりしてすごすのでは、まったく違います。
たとえば1時間、自由に使える一時間でも使い方はいろいろでしょう? 自分のもち時間の使い方にはいろいろあるのです。
ですから、いろいろある時間の中でも、私は 「 いのち、とは君たちが使える時間 」 だと、みなに教えたいのです。


◎人生の失敗は 長生きをしてあがなえばいいのです

 もし、過去の人生において失敗したことや、後悔することがあれば、それをあがなうためにもっと長生きをしなければならないでしょう。人から借りたお金があれば、長生きをして返さないといけないでしょう。だから、人生において失敗をした人ほど、長生きしてほしいと、私は切に思います。キリストは人のために尽くし、しかし世間から誤解され、弟子の一人の裏切りで十字架にかけられ33歳で亡くなりましたが、一般の人はキリストのように犠牲的な立派な生き方はできない。だから、長く生きて償いをしよう―、そう考えてほしいと思います。


◎ 「 殺してはならない 」 ではなく 「 嫌いな相手をもゆるす 」 ということができる人。 そんな人になってほしいのです。

ちょっと気に入らないことがあったからといって他人を殺すだけではなく、親が子を、子が親のいのちを奪ってしまう・・・・・。最近、簡単に人が殺されているように思います。どうしてこんなことが起きてしまうのでしょう。
 この世には、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教といった、世界中の多くの人々に信じられて宗教があり、日本では八百万の神々を信じる神道や、仏教が代表的な宗教とされています。しかし多くの方々はふだんの生活のなかでは、それほど宗教を大事にしていないと思われます。でも宗教はいのちの大事さを説き、また、私たちが毎日の生活を送るなかで、人と付き合ったり、暮らしてゆくうえでのルールを決めてくれています。
 私は、これらの宗教が 「 人のいのちを奪う 」 ということについて、どのように語っているかを知りたくてキリスト教のよりどころである旧約聖書と新約聖書を調べてみました。

キリストが生まれる1000年も前に書かれた旧約聖書には、人として、付き合っていく上での 「 いましめ 」 として 「 あなたは殺してはならない 」 とはっきりと書かれてあります。

旧約聖書が書かれてから500年が経ってから書かれた新約聖書の中には 「 汝の敵を愛せよ 」 とあります。

  親しい人や家族に優しくすることは難しいことではありません。でも新約聖書では、あなたが嫌いな人にも親切にし、愛しなさいと言うのです。


● そして日野原先生は

 『 何かを期待する Pay Back ではなく 
先にまず贈る Pay It Forward  』 と言う言葉を挙げておられます。

● 見返りを求めるのではなく、こちらから進んで、人に尽す。
あらためて、日野原先生に合掌、冥福を祈りたいと思います。  
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2017年11月06日

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町

赤プリでお馴染みのプリンスホテルが、解体後新築されてお披露目です。

今年の石井建築事務所、熱海と東京の合同役員会を 新築されたホテルの和食 ‘ 蒼天 ’にて行いました。

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● 仕事はお互いに順調です。
会議の内容の差支えのないものを記します。

所員のモチベーション向上方法について。
WEB会議の実践について
プレミアムフライデーの実践について
図面のチェック体制について・・・etc


 ホテルの名前の由来ともなった「 ギャラリー 」という言葉には、美術館を訪れた際に感じる高揚感の中、お客様一人ひとりの大切な時間を思い思いに、自分のペースでお過ごしいただきたい、そんな願いが込められています。


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 ロビーラウンジと赤坂の俯瞰です。
〇 41屐Α70,000の基準客室、廊下


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〇 90屐Α400,000の特別室です
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● インテリアは白系のベージュで統一され、シンプルモダンで好感が持てる。
しかしながら、日本のシティーホテルに シンプルな “ 日本 ” を感じさせるオリジナルなインテリアが欲しいと思っている。

「 浮、透き、抱き・・・陰翳、ラインの明かり
なにか皮膜に包まれたような朧(おぼろ)な空間・・・さわやか・数奇な客室 」

〇 フィットネス回り


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〇 クラブラウンジ
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〇 バーラウンジ、和食回り
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〇 個室のセッティングと景色
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〇 本日のディナーメニュー
前菜 芹と黄ニラお浸し・ズワイ蟹糸がき、真鯛柔煮・筍・蕗・焚き合わせ、木の芽金山寺ジュレ、カリフラワーのムース・タラバガニ・鱈子ソース・飾り野菜
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● 鱈子ソースのカリフラワー、ソースが鱈子の塩味適宜で旨い。
吸い物 桜海老真丈蕪仕立て、青味・独活・蕨・人参
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造り お造り盛り合わせ、妻野菜・本山葵・醤油
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煮物 干し鮑とメバルの揚げだし、茄子・スナックエンドウ・生姜・色目野菜
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● 茄子が旨い
焼物 甘鯛タルタル焼き、ラム肉のみそ焼き・焼きトマト・木の芽ソース
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● 甘鯛のタルタルソースがいい、ラム肉には味噌が旨い取り合わせだ。

〇 蒸し物 フォアグラの茶碗蒸し、ポン酢餡
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● フォアグラのヌクッとした薫りがいい。

〇 食事 新生姜炊き込みご飯、大江戸甘味噌赤出汁、香の物
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〇 本日のデザート
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● 久しぶりにうまい和食でしたが、欲を言えば刺身がもう少したっぷりと欲しかった。ややもすると、ままごと遊びの魚屋さん的なチマチマしたお造りは勘弁してほしい。

● 旅館の客室は言うに及ばず、ホテルの客室も変わらなければ! と思う今日この頃です。  
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2017年10月30日

紅梅・白梅図屏風

今年の春先の事、熱海のMOA美術館に、国宝・尾形光琳の紅白梅図屏風、野々村仁清の色絵藤花文茶壺、手鑑「翰墨城」 を久しぶりに見に出かけた。


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〇 紅白梅図屏風
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● 能楽堂にて作品のレクチャーを受けた。左の白梅は老いを表し、右の紅梅は若さを表しているという解説に納得をした。・・・それなりの枝ぶりである。流水を中央に配し、モダンデザインでありながら写実性に富む構成は素晴らしい。

白梅には朝廷からいただいた ‘ 法(ほう)橋(きょう) 光琳 ’ の銘があり紅梅には自分の銘 ‘ 清々 光琳 ’ が認めてあるのを初めて知った。

紅白梅図屏風は年間通して展示願いたいが・・・梅だから春先だけの展示が良いのかもしれない!?


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〇 ご存じ色絵藤花文茶壷
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〇 手鑑
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以上三点が国宝です。

〇 虎と水鳥の屏風も尾形光琳です。
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〇 書の掛け軸; 春光と真・善・美
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〇 翔という作品
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〇 黄金の茶室 復元
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● 別館に「花の茶屋」と「そばの房」があって、花の茶屋にて和食のランチをいただきました。なかなかこなれた味で美味しかった。
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 MOA美術館は熱海を見下ろす高台にあります。この美術館、作品は少ないですが、内外部とも空間がゆったりとしていていい。昔はホールに座りたくなるような素敵な椅子がいっぱい置いてあったと記憶しているのだが・・・。 今は無い  
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2017年10月23日

日本は自前で国の設計図を描け

美しい日本の原風景 ( 春先、畑の枝垂れ桜、花桃 )


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 元駐米大使の加藤さんが、産経新聞の正論に表題の記事を上梓されていた。
10年前に亡くなられた、地味だけれども日米同盟の強化に多大な貢献をした、知識人であり政治家の椎名素夫氏の言葉を引用して、日本のあるべき姿を憂いておられた。



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◎ 椎名氏曰く; 
「 戦後60年を経た今、日本の社会では 『 国民 』 と呼ばれることを拒否する、正体不明の 『 市民 』 の人口は確実に増加している。これに国を便宜の一つとしか考えていない人間や組織の存在を合わせると、こういう要素でできている集合体は果たして国といえるのか 」 と述べ、こう続けた。
 「 選挙ではにぎやかな 『 政策論争 』 が喧伝されたが、中身はといえば 『 郵政民営化 』 にしても 『 年金問題 』 にしてもゼニ勘定に関わるものばかりだった 」 
 そして、 「 戦後60年にわたって日本が経験した、朝鮮特需に始まる一連の幸運を追い風として勝ち得た成功のコストは大きなものについた。他人(アメリカ)が書いた設計図にただ乗りした成功に安住しているうちに、国の基本を苦心して自分で考え抜く知的エネルギーまで喪失したのではないか 」 と、懸念を表明した。

● 私(増澤)思いますに、その通り! 与党・野党を問わず、天下国家を論ずることのない国会議員は不要である。些末な人格攻撃に終始し、くだらない。攻撃を受ける本人も人間力が足らない。議員の資格審査機構が必要であろう。


◎ 続いて加藤氏曰く; 戦後の成功は 「 錬金術 」 の所産。
「 他人の書いた設計図 」 に何かそこかしこ、いかがわしいにおいがあっても、それをさも 「 自分のもの 」 であるかのように使い続け、使いこなして、いつしか実質的に主体的なものにしてきたのか、戦後日本の 「 成功物語 」 であったと思う。
 私自身も一所懸命、そういう仕事をしてきた。
 しかし今、私はこの成功は高度の 「 錬金術 」 ( hermetic )の所産だったのではないか思うときがある。

〇 文部科学省研究所の世論調査と韓国の世論調査。

日本人の83%が来世も日本人に生まれたい。

韓国の61.1%が来世は韓国に生まれたくないと答え、76.9%が移住を真剣に考えている。

〇 ウイン・ギャラップ・インターナショナルの世論調査。「 あなたは自分の国が侵略を受けたとき、身をもって戦いますか 」 と問うたのに対して。

韓国は42%が 「 イエス 」

日本は11%が 「 イエス 」


● 日本人は来世も日本人であることに意義はないのだが、我身を守るために自ら戦うのは勘弁してほしい。 という身勝手さ! 
平和ボケ、他人任せな国民性は如何なものでしょうか! 私(増澤)は悲しくなります。

◎ それで、国際的な評価は得られのでしょうか? と加藤さんは続けるのです。
他人が書いた設計図を自由闊達に使いこなし、自分のものにしてここまで来た日本は、趨勢の問題として、今その代償が何であったかを考えるべき状況に向き合っている。
 そこで重要なのは、日本が自前の設計図を書くことを阻(はば)んでいるのは、決してアメリカではないという点である。直視すべきは、日本自身が自前の設計図を製造する能力を自ら封印してきたことであり、それは日本の責任であって他者に転嫁できる話ではない。
 
日本が 「 成功物語 」 の結果、国際社会で最高の好感度を長く維持しているのは心地良いことである。しかし、日本国内に国を便宜の一つとしか考えない勢力が増えていることを考えれば、日本を外から見る諸外国の中に日本を 「 便宜上、ユーティリティー(有用性)の高い国 」 としてしか見ない国が多くても、驚くにあたるまい。 

これは 「 ソフト 」 な支持であって、「 ハード 」 な支持ととらえるのは早計である。

他人から与えられた設計図をなぞった 「 成功物語 」 にも多分、限界がある。自前の設計図を書く覚悟がない場合、結局、損をするのは日本であり、まっとうな日本国民である。


● 自前の設計図を書き、その出来栄えに責任を持つ貴方、私でありたい。

そして、隠れ平和願望国民としての日本人を払拭し、皇紀二千数百年の独自な文化を持つ国民の矜持として、広く世界に目を向け伝統と正義の継承のために生きるべきである。  
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2017年10月16日

国家の品格

久しぶりに落合信彦さんの本を読んだ。 題名は 『 そして、アメリカは消える 』 



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◎ 「 アメリカがくしゃみすれば日本が風邪をひく 」 と言われることがある。しかし、今は 「 アメリカが崩壊すれば、世界がジャングル化する 」 という状況だ。

 長年、世界の警察官として地域紛争や戦争を止める役割を果たしていたアメリカは経済的、軍事的、外交的にもトップ中のトップだった。だがその 「 大国アメリカ 」 はもはや消えてしまった。経済はガタガタで多額の借金に苦しみ、中国やロシアがアメリカを戦争に引きずり込む訓練をしていても、戦争を嫌うオバマは何の反応も見せない。

 アメリカは引きこもり状態に入ってしまったのだ。こんなことが考えられるだろうか。 「 時代の流れ 」 で済むことではない。
 これは人間の劣化なのだ。レーガンやケネディの頃は、人間味があった。だからアメリカは世界一の大国だったのだ・・・。

 本書では、アイゼンハワー以降11人の大統領を振り返り、アメリカがいかにして劣化してきたかを分析し、アメリカとともに世界をジャングル化させているロシアと中国の暴走についても論じた。われわれが今どんな歴史を経たどんな世界で生きているのか、本書で把握するとともに、それぞれの 「 ジャングル化した世界を生き抜く術 」 を考えて欲しいと思う。 


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●落合さんは、こう冒頭で述べている。詳細は本書を読んでいただくとして、ロシアと中国が暴れる世界で日本は生き抜かなければならない。

第七章 低レベルの “ 大国 ” の章で、真の大国と言える条件を述べている。


◎大国の9の条件;

1、 政治家の抜きんでた能力と政治の安定
2、 民主主義と法治国家
3、 汚職や腐敗のない政治
4、 格差が最小の社会
5、 教養、品格文化を大切にする国民性
6、 犯罪の少ない国、すなわち民度が高い国民や政治家
7、 教育に力を入れる政府と国民
8、 他国から刺激されても簡単に武力を使わない国
9、 一般庶民が知るべき情報をオープンにする透明な政府

● 中国やロシア、北朝鮮。確かに共産主義国でそれがひどいと思われる。
又、国内に目を向ければ最大野党の民進党、党首が高慢ちきで薄っぺらでひどすぎる。態が心を表すとはこのことである。先日辞任しましたが。

そして、人間力が大切である。能力のない政治家が多すぎる。
選挙で人を選ぶ前に政治家としての適性試験(検査?)をして、頓珍漢な奴は撥ねるべきであると思うのだがいかがでしょうか。
  
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2017年10月09日

 ユーモアとは

ユーモアとは、人間の持つ資質の中でも最も高等なものではないかと思っている。

 他者だけでなく自分自身も客観視できる能力であるからだが、現在の日本や世界で起こっている諸々の不幸も、ユーモアで味つけするだけで印象が変わり、解決への道も見えてくるのではないか。 

 一神教の弊害の最たるものは何か、ですって? ユーモアに欠けていることですよ。 そして日本人とは、本質的には多神教の民であることを思い起こしてほしいのだ ( 塩野七生 逆襲される文明 より )


『 先日アメリカのトランプ大統領が北朝鮮の金青年を

「 ロケットマン 」 と呼んだ、そして翌日は加えるに
「 little ロケットマン 」 と言い足した。

 トランプさんなかなか面白い。
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ドナルドトランプ
• 生年月日:1946年6月14日 (71歳)
• 設立団体:トランプ・エンターテイメント・リゾーツ
• 配偶者:メラニア・トランプ (2005年〜)
• 学歴:ウォートン・スクール
• 受賞歴:ゴールデンラズベリー賞 最低助演男優賞
ドナルド・ジョン・トランプは、アメリカ合衆国の実業家、政治家。第45代アメリカ合衆国大統領。不動産会社トランプ・オーガナイゼーションの会長兼社長を務め、カジノ・ホテル運営会社トランプ・エンターテイメント・リゾーツの設立者である。


● 最近の石井建築事務所の作品はユーモアが足りない。思わずほくそ笑んでしまうような空間に欠ける。 なぜだろうか!?

面白さとは

『 FUN ではなく INTEREST 』 のことだ。知的興味の先にある、ユーモアが大切なのだ。

  
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2017年10月02日

インターコンチネンタルホテル・大阪

作家の村上龍さんが、NTT都市開発の新聞広告を執筆しているのを楽しみに読んでいる。 「 ホテル、街、都市 」 シリーズにこんな文章があった。
 
 「 最も印象に残るホテルはどこですか 」
 よくそんな質問を受ける。いろいろなホテルに泊まったが、
 印象に刻まれているのは、周辺の、レストランやバー、ショップだ。・・・

ホテルと街は切り離すことができない。出会いを通して、
生命の息吹のようなものが行き交っている。
だから、「 街と一体化したホテルがあればいいのに 」
そんなことを考えたのだった。
大阪駅の北側にある大規模開発地区 「 グランフロント大阪 」 は、まさにそのようなコンセプトを持つ・・・。

 そんな一文に惹かれてホテルを訪れてみた。

◎ 街としてのビル街の顔と、ホテルの顔

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〇 低層4階までがパブリックで、コンベンション、教会、エステ、ジム・プール、が入っている。


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● プールは宿泊者無料で水着も無料貸し出し、大風呂には当然

脱衣室があり、其処とプールを結ぶバックの横動線が確保されていて、使い易い。もちろん風呂も無料です。
客室から浴衣で行き来できる専用縦動線があればさらに良いと思うのだが・・・、具体的にはどうするか!? やるんならそこまで考えて欲しい。
● 以下に大風呂を紹介します。サウナもドライとスチームを完備、リラクゼーションルームもあります。大風呂が有るのは有り難く、プールとの連携もいい。

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〇 フロントは20階ですが、21階から28階が客室で、「 クラブインターコンチネンタル 」 専用ラウンジとコンシェルジュデスクが28階に有り、そこではチェックイン・チェックアウトなどのワンランク上のサービスができます。ご朝食、午後のティータイム、夕方のイブニングカクテル、ナイトキャップとともに、リラックスした時間を過ごすことができます。又、ホテル上層階の29〜32階には長期滞在型のサービスレジデンスが有ります。

これは20階、一般のフロントです。


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〇 カジュアルダイニング、BARラウンジ、フレンチ
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〇 滞在型の客室
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〇 一般客室
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● ライティングデスク、オットマン付きの椅子、デイベットが配された空間で、うたた寝や読書がそのまま出来る。水回りがガラス張りで明るく、それ故に広く見えるのがいい。客室は満点です。



〇 夕食です。最近食べ過ぎで太り気味、簡単にアラカルトで頼みました。ビール・シーザースサラダ・海老ピラフ・アイスクリーム。

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● カジュアルダイニングでの夕食、昼・夜兼用のビュッフェダイニングでもあり。アラカルトはビュッフェの流用品といった感じで、この流れではいただけない。気がついた時には遅かった。

一流ホテルはそこで一番のダイニングにて、厳選の上自慢の品を食べるべきと心得たい。

ピラフは味がまるでなく、塩を振りかけて食べたが、サラダが出た後すぐにピラフが出てくる始末で、食事の進捗状況がまるで分っていない。そのことを指摘したのだが、ウエイトレスの反応が鈍く謝りの言葉もない。おまけにウエイターに疑問点を質問したことの答えが最後までなかった。

● このホテル、食事は洋に特化しているせいか、ビュッフェの和の素材は申し訳程度には有るだけで、和食そのもののレストランがない。ビル内の和食を探しなさいということなんでしょうが、私(増澤)はホテルの和朝食のファンなので非常に残念でした。

〇 朝食です。
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●奥にあるのがオムレツで、小海老と玉ねぎとトマトを入れてもらいました。中身をセレクトでき、これは美味かった。


〇 ビュッフェの品揃えです。


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写真の最後にちょこっと有るのが、このホテル唯一の和の食材です。それもビュッフェ用です。・・・?


● 全体のデザインはモダンな感じで、客室の広さ感もいいが、ホテルは施設が良いのは当たり前で、ダイニング等で感じる人的サービスが拙ければすべてダメとなる。
この時季、桜の季節で宿泊料金が平時の倍以上というのはいただけない。ぼったくりである。

● 同じようなもの、東京で言えば六本木のミッドタウンであろう。東京の方が全てに亘り洗練されている。未だこなれていない印象を受ける。大阪人、もったいないぜ !?
関西人の手厳しい苦情はないのだろうか

● ホテルの良さ、と旅館の良さ、又それぞれの欠点をうまく総合した宿が、グローバルな時代の日本に有ってもいい。それも都心部に!

● 人的サービスのグレードから言うと、次回はこのホテルには泊まらないだろう。施設が良いので百歩譲って泊まるとしても食事は街に出よう! 

いちばん生理的なこと・・・食べ物の恨みは恐ろしい。  
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2017年09月25日

僕と世界の方程式

恵比寿ガーデンシネマで、久しぶりに爽やかな青春もの(?)の映画を見た。


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◎ 国際数学オリンピックをバックグランドに描く、感動の青春映画。

 自閉症スペクトラムと診断された少年。他人とのコミュニケーションが苦手で、数字と図形だけが友達だったネイサン。周囲に心を閉ざしてしまった少年が、類まれな数学の才能で自らの道を拓いてゆく。


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 彼を取り巻く善意の大人たちと、友人、そしてナイーブな自分、天才少年・少女たちの言動、そして、天才故の心の葛藤がドラマチックに展開される。

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 台湾での数学オリンピックの為の合宿。そこで知り合った台湾の天才少女 チャン・メイ。


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 国際数学オリンピック ( I・M・O )は、1959年から毎年の夏休みに行われる数学の国際コンテストである。当初は旧ソ連やルーマニアとハンガリーをはじめ、東欧諸国だけが参加していた。次第に規模が大きくなり、今や世界100ヶ国の高校生が参加する、数学の大祭典である。参加資格は20歳未満で大学未就学である。実際、殆どの参加者は現役の高校生である。国毎の定員は6名。だから代表になるのもなかなか難しい。
 コンテストの形式は昔と変わらず、二日間に渡って合計6問に挑戦する。両日は3問ずつだけに挑む。しかも日本の大学入試と大違いで所要時間はやたら長くて、4時間半である。
 1問当たりに90分。それでも全問正解は珍しく、成績上位の日本でも3問程度しか解けない生徒は多い。それだけの難問揃いであるので、現役の数学者たちもなかなか解けない。
 問題は全て証明問題でありながらも、その範囲は高校までで学ぶ数学に限られている。整数や平面図形に関する出題が多い。しかし優秀な成績を上げた参加者の中からその後数学者になり、数学の分野で大活躍する人も珍しくないという。


 I・M・O 会場はイギリスのケンブリッジ大学で行われ、仲睦まじい二人である。



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 二人の間柄(恋心)を心配する彼女の親が、急きょ彼女を会場から台湾に呼び戻してしまう。
試験を放り出し彼女を追いかけるネイサン。


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 理知的なネイサン少年と愛くるしい少女の出会い。ネイサンにとっては試験も数学もどうでもいい。彼女のみが大切であり、自閉症の彼の心を開かせたのは、淡い恋心であったというお話でした。それだけのことでしたが・・・・・。イギリス生まれの少年とアジアの少女のみずみずしさが清らかでいい。
  
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2017年09月18日

トレンチコート

● 今から四十数年前の事、新婚旅行でイギリスに行ったとき、バーバリーの本店で素敵なトレンチコートに巡り会えた。一目で気に入り買おうと思って着てみたところ、胴長短足の日本人的体形と、サイズが大き過ぎたこともあって、あまりにも似合わなかった。
同行してくれたJALの添乗員までもが 「 似合わない 」 と言う始末で、諦めた。

その代わり悔し紛れに、こげ茶色へリンボン柄のカシミヤ製タートルネックセーターを買った。肌触り良く気に入っていたので、ほつれるまで着続けた。

この手のコート、カサブランカのハンフリーボガード並にはいかないのだ。それ以来悔しくて、何度もトライしているのだがなかなか気に入ったものに巡り合えないもどかしさ、軍用に端を発するコートは、やはり大きな厳つい肩の張った体つきでないとダメなんだろう。
 
大学4年の時着ていたダブダブのベージュ色のトレンチ風コートは赤羽駅の構内でやらかした、大乱闘の喧嘩の遺留品として赤羽署に一時保管されていて、怪我人が出たこともあり、検事の裁定まであって、無罪放免の時に警察官から 「 お持ち帰りになりますか 」 と、問われたのだが、安物で血がついてよれよれになっていたので、処分してくださいと言って置いてきた。そんな苦い思い出もある。
 
トレンチコートと言えば男のものというイメージがあるが、髪をひっつめにした女性が無造作にベルトを脇に結わえて、都会の寒風の中を靴音カッカ、颯爽と歩いているのもいいもんだ。
たしか、皇太子妃雅子さんの若いころの写真に、そんな装いの格好いい外国の街角写真があったのを覚えている。



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 新聞に載っていたJ・PRESSのCM、松浦弥太郎さんという方のこんな文章が気にいったので紹介したい。

◎ トレンチコート;

ニューヨークで無一文になった。
その日の午後、セントラルパークのベンチに座っていると、
一人の老紳士が、横に座り、
さて、いかがお過ごしかな、と話しかけてきた。
ニューヨークにやってきて、頑張ってみたけれど、
ポケットの中がとうとう空っぽになりました。
今日までの経緯を、僕が開き直ったように話すと、
老紳士は、そうでしたか、よく話してくれましたね。
ほんとうにありがとう、と深々と頭を下げ、
着ていたトレンチコートのポケットから、
二十ドル札の束を取り出し、
よかったら、どうぞこれをお使いください、と言った。
突然のことにびっくりした僕は、
そんな大金をいただくわけにはいきません。
お借りしたとしても返せる見通しはありません。
そう言うと、お金は返さなくていいのです。けれども、
何十年先でもいいので、いつか困っている人に出会ったら、
あなたがその人を助けてあげてください。
そうすれば、あなたは私に返済したことになるのです。
今日は寒いですね。どうぞお風邪を召さないように。
老人はトレンチコートのポケットを手でポンポンと叩き、
私のポケットも空っぽになりました、と言って微笑んだ。
今日はいい日だ。老人はそう言って立ち去っていった。
それから三十年経った今、僕はトレンチコートを着て、
冬のセントラルパークを静かに歩いている。
あの日がなければ今の僕はいなかった。


● たまたま今朝の我が家の食卓、仕事でニューヨークに滞在していた娘のところに会いに行った10年前のことを女房と話したばかりで、摩天楼聳えるニューヨークなら、こんな紳士のことが、ありそうだと密かに思った。

ありそうでなさそうな、それでいて有って欲しいような心温まるお話。この宣伝文章はなかなかいい。

〇 概要
トレンチコートの起源は第一次世界大戦のイギリス軍で、寒冷な欧州での戦いに対応する防水型の軍用コートが求められたことから開発されたものである。もっとも、その原型は既に1900年頃には考案されており、第一次大戦での普及が、一般への広がりの契機となったとも見られる。
「トレンチ(塹壕)」の称は、このコートが第一次大戦で多く生じた泥濘地での塹壕戦で耐候性を発揮したことによる。平時のファッションとして用いられるようになってからも、軍服としての名残を多く残す。
イギリスのバーバリーとアクアスキュータムの2社の製品が元祖と言われ、現在でも有名である。
実用性が高く、かつ外観的にも機能美に優れることから、1930年代以降、特に男性の冬のファッションにおいて定番の一つとなった。ハンフリー・ボガートやアラン・ラッドなどの俳優がフィルム・ノワールの中で着用したことでより人気が高まり、トレンチコートに「ハードボイルド」のスタイリッシュなイメージを植え付けた。



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第一次世界大戦のトレンチコート
トレンチコート(Trench coat)は、冬季用の外套(オーバーコート)およびレインコートの一種。
  
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2017年09月11日

 スケ―エン派の画家たち

東京上野の西洋美術館に、デンマークのスケ―エン派の画家の美術展が開かれていた。

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 私の記憶によるとデンマークにSKAGENという腕時計があり、デザインがいいので以前していたことがあり、確かスカゲンと呼んでいた。

同一なのか確かめようがないが、この町Skagen と書いてスケ―エンと読むらしい。

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 デンマーク本土の北の果てにある海辺の町スケーヘンは、19世紀末まで、人口2000人ほどの小さな漁村でしたここに鉄道が敷かれたのが1890年、港ができたのが1907年のことで、それ以前は訪れることが非常に困難な場所でした。それにもかかわらず、ここは当時の北欧でももっとも有名な芸術家村になりました。

 スケ―エンは特別な土地である。

 平らで砂地が多く、白い砂浜に囲まれて海水浴や釣りを楽しむことができる。その素のままの自然が美しい。気象学者によれば、この地の日照時間はデンマークの他の土地に比べていくぶん長く、土地の人びとは漁業に詳しいことで知られている。ふたつの海が出会うグレネン岬の砂州は名所のひとつで、そのためだけでも毎年数百万人の人びとがスケ―エンを訪れる。また、過去には芸術家たちがコロニーをつくり、彼らが深く愛した土地の風景を数多くの作品に残した。
 作品に表われるスケ―エンは特別な土地だった。


◎ のびやかなこの地に生まれた絵の数々は美しい。

〇 機ゝ師たち;
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〇 風景;
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〇 室内; 漁網を干すクリストファー、鶏の羽根をむしる女性たち、古い窓、少女、作品批評
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〇 マリー・クロヤ―とPS・クロヤ―; マリー・クロヤ―の肖像、ばら、縫物をする少女のいる室内、
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〇 素描;
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●私(増澤)思いますに、理屈付けの要らない伸びやかな構図と色彩に北欧のきらめきが躍っていて、印象派の作品のようでもあり、フェルメールの光のときめきもある、地の果ての刹那はあくまでも素直で美しく、近くなら今すぐにでも訪れてみたい衝動に駆られる。

出会えてよかった美術展、デンマークを代表する美術館であり、美術作品であろう。  
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2017年09月04日

究極のランチその5・うどん

 以前、蕎麦について書いたが、ならば饂飩(うどん)について取り上げなければなるまいと思ったのだが、なかなかいいうどん屋がなくて、気にしていた。優しい味付けで、おなかにやさしいものに巡り合えた。

 中伊豆の伊豆スカイライン冷川峠のインターから少し入ったとこにある、昭和48年創業の、民家風野喰屋(のじきや) 「 いかばた 」。 こういう店構えは見てくれだけで要注意なのだが、軟らかくぬめっとした細めの麵で、さらっとした味付けがなかなかよろしい。

 うたい文句にある手のばしうどんは、奈良時代からある伝承の饂飩らしい。


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店内の様子と、お品書き、テーブル席。


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 定番の天ぷら付きの煮込み饂飩。デザートは胡麻豆腐。


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● 一般受けする天ぷら饂飩を選んでみた。税込みで¥1,470

 私、饂飩は少し甘みのある出汁にねぎの香ばしさのある、鴨南蛮か、肉南蛮が好きなのだが、鴨南蛮は蕎麦しかないのが惜しい。次は無理しても頼んでみたい。


 奥に座敷もあり、団体も受付するらしい。


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饂飩といえば各地に名店が沢山あるだろう。四国の饂飩が有名で、チェーン店もあるが、実直なこの手の店も好きだ。

● 後日訪れて、お願いして鴨肉饂飩を食べてみました。

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ちょっと私の鴨南饂飩のイメージとは違いましたが、まあまあかな!? でも¥1,700はちょっと高い。たれの味が・・・? ここの饂飩はシンプルなものが良い!


うどん / 饂飩 の定義 を調べてみた
小麦粉を食塩水でこね、薄く延ばして細長く切った麺(めん)の一種。奈良時代に中国から唐菓子として初めて渡来したが、それは、小麦粉の団子に餡(あん)を入れて煮たもので、形が不定形なので混沌(こんとん)といった。のちに食偏にかえて 飩(こんとん)となり、また温飩(うんどん)となった。もっとも日本でいう饂飩は、伊勢貞丈(いせさだたけ)も指摘するように切麦(きりむぎ)であり、その源流はむしろ同じ中国の水引餅(すいいんへい)(引きのべうどん)に求めることができよう。切麦は熱麦(あつむぎ)・冷麦(ひやむぎ)の2種があったが、現在は熱麦の語は失われている。平安朝の大宮人は温飩を「ぞろ」または「ぞろぞろ」と親しみやすいことばでよんでいた。温飩ということばは平安時代からあり、やがて温飩から饂飩と転じるのだが、それには約100年の年月がかかっている。室町時代にうどんの名称が出てくるが、いまでも地方のどこかに「うんどん」の名称が残っているだろう。大正時代に、山中の茶店で「んどん」と書いた文字が見られたが、これはうんどんと読ませるのであろう。江戸初期に大坂ではうどん屋ができて、まもなくそばを兼業し始めた。うどんが主でそばが従だから「うどんそば」の看板が見られた。江戸でもうどん屋がそばを従としていたが、そばの売れ行きがいいので、やがてそばが主となり、「そばうどん」の看板が用いられるようになった。[河野友美・多田鉄之助]
  
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2017年08月28日

ジャコメッティ展

細い針金のようなブロンズ像で有名なジャコメッティ展を見に、国立新美術館に行ってきました。


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 ひとつの顔を見える通りに彫刻し、描き、あるいはデッサンすることが、私には到底不可能だということを知っています。
 にもかかわらず、これこそ私が試みている唯一のことなのです。

 見ることと造ることとのあいだで常に葛藤していた彼は、虚飾を取り去った、人間の本質に迫ろうとしたのです。そしてその特異な造形が実存主義の哲学者や同時代の詩人たちに高く評価されたことは、彼の彫刻が時代の精神に呼応した証左だと言えるでしょう。


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◎アルベルト・ジャコメッティ ( 1901〜1966 ) は、スイス生まれ、フランスで活躍した、20世紀のヨーロッパにおける最も重要な彫刻家の一人です。

〇 初期の作品 横たわる女
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〇鼻
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〇 女性立像、3人の歩く男たち、デッサン
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●私(増澤)には
「 印象深く抽象を心掛けるも、具象の骨格を残す。
そこに、透けて見える本人のあくなき本質を求める意志 」 
を感じる。





〇犬、猫
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〇絵画
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〇 歩く男
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●見終わって思った

棟方志功が 「 わだば ゴッホになる 」 と叫んだように

私(増澤)

「 わだば 木彫のジャコメッティになる 」 と叫ぶ。

( とりあえず、よく乾燥させた白樫の太い枝を使い細く仕上げ、防腐用に柿渋を塗る。土台には鑿の目粗い木台を無造作に、しかしセンスフルに取り付ける。 )  
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2017年08月21日

万平ホテル・軽井沢

 旅館さんの協力業者会恒例の親睦会があった。軽井沢プリンスホテルに泊まり72ゴルフ場で一泊2ゲームのゴルフを楽しむ趣向である。
 一日目は東(入山)コース、二日目は女子プロゴルフ開催の北コースを会場に、親睦を深めた。

それはさて置き、
私は車で行ったので前泊で憧れの万平ホテルに泊まった。施設は古いのでそれなりの風趣、ハードよりもむしろ料理やサービスが気になっていたので、ツインBEDのシングルユースで、7月9日は本格的な夏休み前でしたが、朝・夕食付で4万円台の料金でした。

〇 メインダイニングとメニューです


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品揃えは

鮎のフリット アンチョビ入りマヨネーズソース 味噌風味
豆苗と野菜と鶏のブイヨンスープ
イサキのポワレ トマトソース
国産牛フィレ肉のグリル シャンピニオンソース
本日のデザート
コーヒー


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●当初中華を頼んであったのだが、急遽変更して、万平なら洋食かな!? と期待して臨んだ。確か鱒のムニエルが有名らしいと聞いていたのだが、・・・。

鮎は香魚であるから香り豊かに食べたかったし、マヨネーズソースの味噌味ではソースの方が勝ってしまい、その辺の食堂ではあるまいし・・・?

ブイヨンスープはただの缶詰風の味わい。

イサキはタンパクな身を厚めにゆるく揚げた方が旨いのに!

フィレ肉は肉さえ良ければ旨いのは当たり前で、ひと工夫がない。

抹茶ロールケーキは目新しさもない。

● 私の味覚が正しいとすれば、和食の方がもっと気が利いている。

軽井沢で鮎、イサキ、ビーフ・・・とは。キノコや鱒、お肉もいろいろ、有機野菜など沢山有ろうに! それとも、街中にいろいろのお店があるので、そちらをご利用下さいということなのか。

残念顔の私です


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  しかしながら、さすが万平ホテル。サーブする従業員が多勢で機敏な動きは美しく、窓から見える山野草の中庭は素晴らしい。


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2017年08月14日

温故創景・灯家(あかりや)迎帆楼

昔はこんな風情の旅館でした。故きを温ねて新しき景を創る! 新規物件でそんなことへの挑戦でした。


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結果としての外観

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結果としての犬山城からの俯瞰

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●犬山城と周囲の景観を壊すことなく、むしろ二階建で建物を周景に溶け込ませるようにしました。
●リバーサイドの客室は二階屋上テラスからお城が見えます。キャッスルサイドの客室は二階屋上テラスから木曽川(リバーサイド)が見えます。リバーサイド5室、キャッスルサイド5室、都合10室の旅館ですが、全ての客室から二つの大きな景色を手にすることができます。旅の宿は景色がご馳走です。


入口周りの風情と庭園です。庭園は河川敷にあるため、大きな植樹ができないのでグリーンベルトと景石です。


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ロビーラウンジとダイニング、二階の家族風呂です。


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客室です


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●鵜飼と言えば長良川とばかり思っていましたが、木曽川河畔のこの地、名所旧跡 犬山城を背景に ‘ 新しい息吹の宿 ’の誕生です。
全体的には少し地味で落ち着いていますが、料理と人的サービスをこの景観に浮かべれば繁盛間違いなし。


● 私(増澤)、竣工検査の際、出先・近在の競争相手のホテル、旅館に極力泊まるようにしています。地域の雰囲気を体感し、総合的な傾向と対策をとるためです。
今回は山を挟んで隣の 名鉄犬山ホテル に泊まりました。料理と設え、味、サービスをチェックします。

〇 こんな景観の中 欧風料理 「 ル・パラディ 」 にて
  
  テーブルセッティング

  真鯛のカルパッチョ、ゆず風味サラダと共に+白ワイン
  クラムチャウダースープ
  あわびのステーキ、赤ワインソース
  A5等級 飛騨牛のグリル(もも肉)+赤ワイン
  キャベツとベーコンのリゾット 
“スプモーニ” デセール風 
後はコーヒー・紅茶 又は ハーブティー


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●なかなか洗練された味で旨かった。特にキャベツとベーコンのリゾットは美味なり。 赤・白 ワインも弾みました。  
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2017年08月07日

銀座「SIX」その2

以前のブログで、内部空間も谷口吉生さんの設計だとしたら「 ? 」と書いたのだが、先日の日経、私の履歴書に谷口さん曰く、都市計画と外観のデザインのみに関わったとありましたので納得した次第ですが、それではやったというよりは手伝ったと言う方が適切かもしれませんね。
 新聞の文中に: 敷地の正面、歩道と車道を隔てる植え込みの中に、小さな長方形の記念碑がある。赤い石に 「 商法教習所 」 と書かれ、黒い石の屋根が乗った建築の形をしている。裏側に 「 一橋大学発祥の地 」 の文字。
なんと父 吉郎 の名前が碑の設計者として刻まれていたとの記。


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○ GINZA・6のTEPPANYAKI・10

 前回、GINZA・6の6Fにあるテッパンヤキ・10にランチを食べに行ったところ、空席待ちで諦めたので、今回は予約して行った。

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 私(増澤)ダイエット中であるが、たまにはギラギラした鉄板焼きもいいだろうと思い、あわびコースの¥5,800のランチを頼んだ、期待に違わず旨かった。
一人なのでカウンター席ですが料理内容を紹介したい。


 ○ 前菜と生ビール


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● 蟹みそドレッシングの上にたっぷりの野菜サラダ、アボガドとほぐした蟹の身があしらって有り、蟹みその味が良くしみて、アボガドと相まって、旨い! たっぷりの野菜もいい、ビールにも合う。


○ 名物の一品: 焼きうに手巻き


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●日本料理のお凌ぎ(ちょいご飯)のようなもので、ご飯の上に(見えていませんが)薫製玉子のレアーな黄味を載せ、その上から焼きウニを被せ、山葵と一緒に手巻き鮨として頂きます。ヌクッとして旨い。


○ 鮑の鉄板焼き: たっぷりのレモンを絞っていただきます。

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●プリプリとした鮑と、肝焼きが絶品です。


○ 国産牛サーロインステーキ:ご飯と香の物、急須状の入れ物・鰹と昆布の一番だし汁付


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●胡椒、岩塩、山葵、お好みでいただきますが、私は山葵です。

コレ、三種も出されると迷ってしまって困ります、これを付けて食べて下さいというものが欲しい。

これ出汁茶漬けで食べるのかと思われるのですが・・・如何なものか!?


○ コーヒーとデザート

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● ミニケーキ三種と塩アイスクリーム・スイカ、マンゴー・オリジナルプリン。ちょっとちまちまし過ぎと思われる。どんと一種(マンゴープリン)でいい。

大満足な私です

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2017年07月31日

 アトレ空中花園・ヤドヴィガ

以前から気になっていた恵比寿にある緑化された屋上ビアガーデン・ヤドヴィガに、やっと予約が取れたので行ってきました。


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◎ 2時間飲み放題のビアガーデンで、肉と温(おん)そうめんは定量でテーブルまで運んでくれますが、それ以外はエスニック調料理のブュッフェ方式にて、〆て税込み¥5,800です。

 飲物も自家製サングリア、スムージーカクテル、スパークリングカクテル、ビアカクテル、ワイン、モヒート、ハイボール、リキュール、スピリッツ、ソフトドリンク有ります。

 以下こんな感じです。


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●エントランス、ビュッフェカウンター周りのあしらいに、もおちょっと工夫が欲しかった。


 料理色々
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●エスニック料理が爽やかで、なかなか美味しく、従業員の対応も笑顔でよろしい。夏、ビール好きにはたまらないだろう。


デザートスタンドとデザートです。


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●この庭ご存じ、プラントハンター空植物園 代表 西畠清順さんの監修によるものです。もう少し庭が広ければいいのにと思いましたが、・・・まあまあかな!?

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● ただのビアガーデンじゃないかと言われそうですが、都会の屋上にあるんです。
そしてプラントハンターの 西畠さん の飄々とした気配がするのです。

百五十年と言わずとも、
わが社も、個性的な百年企業にするためにはどうしたらいいか、考えあぐねつつ、70歳にしてゆっくりと旅を創(はじ)めています。  
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2017年07月24日

 砂澤ビッキ展

最近気にいっている神奈川県立近代美術館・葉山に、独自な世界を彫るSUNAZAWA・BIKKYの世界を見に行った。北海道旭川市にアイヌの両親のもとにうまれ、幼年期にアイヌの伝統的な木彫の技術を身につけ、制作を展開してきました。


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● 一言で言えば 「 木(こ)魂(だま)を彫る 」 作家である。

アイヌの自然観に裏打ちされた土着の魂が唸りをあげている。なぜか身内のような親近感を感じるは何故だろうか・・・遠くアラスカのトーテムポールにも通ずる自然崇拝と原始の息吹、吾がモンゴロイドの血の流れを感じる。


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〇 神の舌

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● うん、よく見ればなるほどと思える。

〇 樹頭、樹頭を持つ女、塔、風に聞く

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〇 隔生、樹面4−1、鬼面

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● 赤茶の木、白い木、木の色目、木柄にそれぞれの個性を見る。ツートンが美しく、そして天然素材である木の持つ ‘ 力 ’ に感じ入る。


〇 スケッチ無題、踊り、無題

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〇 デッサン無題、裸婦デッサン、

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〇 四つの風

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● 抽象的な自然現象を 「 形に表す 」 とこうなる。 と、・・・思い至る。 

〇 アイヌは、北海道・樺太・千島列島およびロシア・カムチャツカ半島南部にまたがる地域に居住していた。母語はアイヌ語。現在、日本とロシアに居住する。

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1878年(明治11年)、
イギリス人旅行家・イザベラ・バードが北海道の日高地方でスケッチしたアイヌ民族の男性。
アイヌは、元来は物々交換による交易を行う狩猟採集民族である。文字を持たない民族であったが、生業の毛皮や海産物などをもって、現在のロシアのハバロフスク地方アムール川下流域や沿海州そしてカムチャツカ半島、これらの地域と交易を行い、永く、このオホーツク海地域一帯に住んでいた。

● 美術館のレストランから見る相模湾の景色。


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 ランチにシーフードカレーを食べる ( 何故かこの手のレストランは、ちょっと付加価値をつけた高めの金額のカレーやスパゲッティーが多い・・・それはともかくとして ) トマトスープ、シーフードカレー、コーヒーとシホンケーキ・・・満足気な私です。


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 散策路の四阿から見るレストランと相模湾。


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 天気晴朗にして、心軽く、帰路に就く。  
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2017年07月17日

陽光礼賛という美術展

私(増澤)の住む伊豆・伊東市。
近くの伊豆高原に住む、谷川晃一・宮迫千鶴(故人)夫婦の展覧会が神奈川県立近代美術館・葉山で開かれていた。陰影礼賛という日本的なるものとは対極にある光に溢れた、命の賛歌と呼べるような、ウキウキした色彩が躍る明るい景色が会場いっぱいに溢れかえっていた。


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〇 お馴染み伊東市の大室山です
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● 東京から移り住んだ人たちにとって、伊豆高原はこんなにも太陽と緑と青空に満ちたところに映るんだ、と伊豆っ子としては驚くとともに、色が弾ける伊豆の陽光を再認識した瞬間だった。

〇 今井浜の海岸を散策するお二人と美術展に寄せた谷川さんの謙虚な詞です。
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〇 伊豆高原の朝
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〇 暁の流星、雑木林のパレード、大室山と大島
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〇 工作細工のような箱庭の世界 キャラバン、ムーンクロス
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● ここからは奥様の宮迫さんの作品です。後から撮影した自分の写真を見て、量の多さと、構図等、私(増澤)は奥さんの作品の方が詩的な絵が多く、気に入っていたようだとわかる。 多少メルヘンチックではあるが。

〇 友だちが来た、緑の庭、明日の海辺
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〇 コラージュC,コーヒーアンドビスケット、11月のコーヒー
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〇 庭の出来事
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〇 窓辺の夏、夏の朝、海辺の食卓、麦畑の夏
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● 私(増澤)、色彩の乱舞に心地良く疲れながら 「 雪の伊豆高原を描いてもらいたかった 」 と天邪鬼なことを考えたりもした。
白に潜む色彩の乱舞が見られたかもしれない。・・・薄い虹色の雪景色?!










● 帰りがけ、江の島越しに見る富士山です。
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日本の風景には、陸地から、切れつつ繋がる島と、富士山が良く似合う。

わが国土にとって道路とか、近代の建物は美しくないのが写真で見ると良くわかる。景観に対する配慮が足らなすぎる。特に安易に造る海岸沿いの波打ち際の道路が良くない。・・・どうにかしなければ。  
Posted by masuzawa05 at 06:30Comments(0)

2017年07月10日

良寛さんの・うた



 題名通りの良寛さんの歌の本である。


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● 私(増澤)、感じ入ったことばの数々を覚えるため書き留めつつ、めくるめく良寛さんの心根(こころね)の旅はつづく。

ご存じ良寛和尚の “ うた ” 勝手に読んで勝手に解釈し、それでも良くわかる。
心語りの詞(ことば)の乱舞に酔いしれる。


〇 なにとなく
  心さやぎて いねられず
  あしたは春の
  初めと思えば


〇 この里に
  手まりつきつつ子どもらと
  遊ぶ春日(はるひ)は
  暮れずともよし


〇 水や汲(く)まむ
  薪(たきぎ)や伐(こ)らむ 菜(な)やつまむ
  朝のしぐれの
  降らぬその間(ま)に  


● どのうたも慈愛に満ちて美しい。


〇 さけさけと
  花にあるじをまかせられ
  けふも酒酒
  あすもさけさけ

  あすよりの
  後(のち)のよすがは いさ知らず
  今日の一日(ひとひ)は
  酔いにけらしも

● 咲けを 🍶 と掛け、飲んべい良寛。 放浪の歌人若山牧水が偲ばれる。


〇 草の庵(いほ)に
  足さしのべて小山田(おやまだ)の
  山田のかはづ
  聞くのがたのしさ


〇 如何なるが
  苦しきもの 問(と)ふならば
  人をへだつる心と
  こたへよ


〇 焚(た)くほどは
  風が持てくる
  落葉(おちば)かな

● 落葉焚きに、ちょうど良い分量の落葉を風が運んでくる・・・何の不思議もないのだけれど。

以前に買い求めた、海の見える小高いミカン畑の一画。落葉焚きもするが、毎年冬の始め、枝垂れ桜・柿の葉の落葉と土肥の親戚が運んでくれる藁、それに菜種油の滓と鶏糞を混ぜ水締めして何層か成し、翌春の野菜用の堆肥をつくる。
小さな畑を始めて20年経つのだが、野菜の分量に応じた広さの畑を賄う程度の枯れ葉が得られ、一部は焼き芋用にも使う。多すぎず少なすぎず、丁度良い分量を自家調達の幸せ。


〇 べし:
朝寝すべからず
  大食(たいしょく)すべからず
昼寝を長くすべからず
身に過ぎたることすべからず
怠るべからず
ものをかたことにすべからず
心のものを隠すべからず

● 「 インカの格言 」 を先日のTVで見た。

噓つくな! 盗むな! 怠けるな!

まるで、日本人の道徳規範のようで、世界中同じだなと思った。

〇 植えてみよ
  花のそだたぬ里はなし
  心からこそ
  身は癒(いや)しけれ


◎ 生き死にの            
  界(さかい)はなれて住む身にも       
  さらぬ別れの           
  あるぞかなしき 貞心尼。

  うらを見せ
  おもてを見せて
  散るもみじ   良寛

● ひらひらとアチラを見せたりコチラを見せたり、やがてはおつるわが命。

*良寛は僧という宗教者でありながら、どの宗派にも属さず、経を読むことも座禅を組むことも、説法をすることもありませんでした。 酒に目がなく、食いしん坊で、さみしがり屋で、無類の子ども好きでありました。そして晩年、恋をした。74歳のとき、貞心尼に看取られて、その生涯を終えました。・・・とさ。


◎ 良寛さんの 書 で有名なものがあります 「 天井大風 」 です。
これは私(増澤)が書いたものです。



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● 話変わりますが、九段一口坂、オカキ屋 「 さかぐち 」 に寄ったので、ついでに足をのばしてみました。
珍しい夜の靖国神社参拝の写真です。 美しい。



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 ふと、西行さんの歌が浮かびました

「 なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる 」
  
Posted by masuzawa05 at 05:30Comments(0)
心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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