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増澤信一郎の心模様 石井建築事務所ブログ

2017年06月27日

石井建築事務所創立60周年 パーティー


 横浜のクルーズ船上にて、身内(近しい関係者のみ)にてパーティーを行いました。30周年の時はお施主様中心に開きましたが、今回は時節柄質素なものといたしました。
 これからも旅館設計のプロとして、次の100年を目ざします。宜しくお引き立てをお願いいたします。


以下、集合写真と、鏡開きです。


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● 冒頭、会長 ( 増澤 ) としての挨拶の中で、聖心女子大学の卒業生でノートルダム清心学園理事長の シスター渡辺和子さん の著作 「 目に見えないけれど大切なもの 」の一節をお話いたしました。海上でもあり、ざわついていましたので再度述べさせていただきます。( ちなみに、渡辺さんは石井建築事務所創業者 石井信吉と同時代昭和2年生まれでしたが、2016年12月30日89歳にて逝去 )

「 修道者であっても、この世に生きている限り、
  煩わしいことに無縁であろうはずはなく、
  生身の人間である限り、傷つかないで生きていられるものではない。
  言うも恥ずかしいような些細なことで心が波立つことがある。

  ・・・傷つきたいなどと夢にも思わない。でも私は、
  傷つきやすい自分を大切にして生きている 」

私(増澤)は、創造性の発露は繊細にかつ大胆に!生き方は謙虚でありたい・・・そんなことを申し上げたかったのです。
会社も還暦を迎えました。全て順風満帆とはいきませんでしたが、ここまで恙なくやってこられたことに感謝です。
 
歴代・会社役員履歴

◎ 創業者 石井(いしい)信(のぶ)吉(よし)(2007年・平成19年80歳にて逝去)
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略歴  1927年(昭和2年)12月8日 熱海市上多賀に生まれる。
    旧制韮山中学から早稲田大学専門部工科建築科卒業(昭和23年)
    久米設計入社。病(結核)にて退社帰郷、手術にて快癒。
1957年(昭和32年)熱海にて建築設計事務所を開設。
一級建築士第25070号(昭和32年2月28日登録)
    
モットー;我々は他人(ひと)様(さま)の財産を創っているのだから、心して仕事にあたること。
     構造に偽りのない、機能的で美しい空間を目指してほしい。
空間のプロポーションを大切にする。

私事(増澤)ですが、仙台秋保温泉の茶寮宗園を手懸けた時のこと、竣工検査に来られ、障子の組子が 「 “ 美しくない ” 」 と言われたことが深く印象に残っています。 
やる気さえあれば経験・年齢を問わず、どんどん仕事をやらせるタイプで、 いわば 「 語って説かず 」 の人であった。

生き方; 飄々としていて、ケセラセラ・・・だけど意外と神経質な人でした。

好きな女性のタイプ; 藤色の香りのする女性。

嫌いなもの; 漬物、特に沢庵の臭いが大嫌い。

〇 第二代社長 増澤(ますざわ)信一郎(しんいちろう)

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略歴  1947年(昭和22年)10月11日 伊東市宇佐美に生まれる。
    県立韮山高校から芝浦工業大学建築工学科卒業 1970年(昭和45年)
    1970年(昭和45年)、卒業してすぐ熱海の石井建築事務所に勤務
    一級建築士第80723号(昭和48年2月20日登録)
    代表取締役就任(平成8年、1996年・49歳)、退任(平成26年、2014年・67歳)、現在(当年70歳)に至る。

モットー; 思い入れ深く、心を形に表す。
      気配をデザインする。
      旅館の設計手法は、その宿に滞在するオリジナルなストーリーを描き、空間をデザインする。 
好きなこと; 抜けるような青空の下、光る海を眺めながら畑仕事にいそしむ。
             
嫌いなこと; 品位の無いことや、物、人。
現在の役員。

〇 第三代社長 鈴木(すずき)俊之(としゆき) 平成26年代表取締役就任
 昭和36年8月6日生まれ。日大理工学部建築学科
        一級建築士第208837号 三島市在住
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  専務取締役 大川(おおかわ)孝(たか)信(のぶ) 昭和30年6月25日生まれ。武蔵工大工学部建築学科
        一級建築士第179795号 熱海市在住
                              
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  常務取締役 佐藤(さとう)隆(たかし) 昭和36年7月28日生まれ。武蔵工大工学部建築学科
        一級建築士第225177号 三島市在住
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● 以下は30周年の時の写真です。

高輪のプリンスホテル・プリンスホールにて、バイオリニストの佐藤陽子さんの演奏で極上のカクテルに酔い、村野藤吾設計お茶室(恵(え)庵(あん))にて社員による点茶で茶懐石をいただきました。
接待は社員とその奥さんでいたしました。

 

ホテル
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会場
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当時の熱海・東京の役員      
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佐藤さんの演奏
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野立て   
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会食
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呈茶   
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慰労スナップ
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集合写真
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( 以上、2017年5月、文責・増澤信一郎。 )  
Posted by masuzawa05 at 05:00Comments(0)

2017年06月19日

銀座・シックス

あえて、 「 百貨店 」 の看板を使わない 「 お店 」 として銀座松屋が建替えをした。6丁目にちなんで “ GINZA・6 ” と名前を変えてお披露目です。

広いフラットな空間の陳列に慣れている者にとっては、これってデパート? と思ってしまう。しかしながら、建築デザイナーにとっては、商業施設のデザインとしての販路が広がる可能性がある。

銀座地域は高さ制限を自らに課しているので、街並みと道路がビル群の高さに埋没されずに、道と建物のファサード一体となった灯りのページェントが見られます。だから、人と車、道と建物が一体となったスケール感が素敵です。

◎ 採算面から考えると以下のようになります
「脱百貨店」の脱出先は賃貸オフィス

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 4月20日にオープンした「GINZA SIX」が大変なにぎわいを見せている。来館者はオープンから18日目の5月7日に150万人を突破し、目標の年間2,000万人を大きく上回るペースだ。同ビルは「松坂屋銀座店」跡地を中心とする再開発であるが、「脱百貨店」をキーワードとしており、スペシャリティーストア(ショップ)の集合と考えていい。収益部分の半分近くが上層部にある賃貸オフィスとなっている。
● 鳩居堂方向から徐々に見えてくる景観です。


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 エントランス見上げです。


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 二階から上が吹き抜けていて、そこに草間さんの照明が賑やかです。


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● 1階のエントランスは吹き抜けに面しておらず、低い天井で圧迫感があり、鬱陶しいです。エントランスには吹き抜け開放空間が必要です。

もう少し吹き抜け空間を2〜3層ずつ、ずらして天に上るような空間構成が欲しかった。そこが残念です。ここでも草間さんのシャンデリアが賑やかです。

 プラザスタイルの ‘ 大人プラザ ’ の店舗と、吹き抜け周りに回廊が巡っていますので、お年寄りが腰かけたりしています。今までの百貨店の大空間の中、衆人環視のようなお休み処では落ち着かない。どこか病院の待合廊下の様でもありますが、こういうスペースは気楽でいいですね!


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 特記すべきは屋上が庭園として開放されていて、銀座に在って四周をグルッと眺めながら巡ることができます。
繁華街の緑化は屋上しかなくなりましたが、ソニービルの跡地の暫定的ですが緑化が楽しみです。


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 裏通り側には、バスの寄り付きの為の専用通路が設けてあり、インバウンドのバス客には親切で交通渋滞には有効です。時代の変遷を感じます。

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● 谷口さんの設計にしては、ニューヨークのMOMAほどのデザインの冴えは見られませんでした。多分、メインは大手ゼネコン( 鹿島 でした )の実施設計であろう。
商業施設としても、新しいデザインの切れを見せて欲しかったのに残念ですが、銀座にあるオフィスとして採算は取れているようなのです。

銀座はこれからも目が離せません。  
Posted by masuzawa05 at 09:40Comments(0)

2017年06月12日

草間彌生展

国立新美術館にて開催。

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 1929年生まれの88歳。幼いころから悩まされていた幻覚や幻聴から逃れるために、それ等の幻覚・幻聴を絵にし始めたという。松本駅の近くの裕福な種苗屋の娘に生まれ、幼いころから草花やスケッチに親しむ。

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〇 会場風景

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● 原色を使ったドット柄の絵が多いのだが、結構渋い作品もある。近年文化勲章も授与されている。


〇 21世紀の草間彌生
作品; 生命は限りなく、宇宙に燃え上がっていく時

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作品; オブリタレーションルーム

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20世紀の草間彌生 

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● 今はかつらをかぶったちょっとクルクルな感じの、変なオバアサンだが、昔は普通のお嬢さん。ともかく賑やか華やかなのだ。

〇 玉ねぎ、魚、地球の創世記

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ニューヨークでの草間彌生

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〇 The Man、マカロニ・コート、自己消滅

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〇 わが巣立ち

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◎ パフォーマンス性において、ボクシングペインティングのギューチャンこと 篠原有司男は四つ年下なのだが彼女のことをこう語っている;

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 悪魔に引きずられて:

 結局いろんな大家でも、画商のプレッシャーや勲章をもらえるかどうかというプレッシャーによってがんばっている部分があるんだけど、草間さんはそういうことを一切抜きにして作っている。文化勲章もすでにもらっているけど、そんなものはいらないっていう感じですよね。自分のミュージアムもつくっているらしいし、大したものです。
 あと、草間さんは自分の貯金通帳を見るのが一番楽しみだって言っていて、それもいいなと思う(笑い)。画商とも喧嘩になって取っ組み合ったとか、なかなかそういうアーティストというのはいませんよ(笑い)。


● 私(増澤)思いますに、映画化するなら役者は 樹木希林 だろう。  
Posted by masuzawa05 at 06:30Comments(0)

2017年06月05日

上高地 ホテル白樺荘

清流梓川、河童橋のたもとにあります、吊り橋がゲートです。


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第一期工事、客室を「 natural  和 modern 」に改装しました。真冬の閉館中に改装しました。
奥穂高に正対する位置にこの宿は有ります。

ハンモックに揺られながら、絶景を独り占めです。


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〇 客室 色々です

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〇 試食会を兼ねてお食事をいただきました、フレンチです。


 アミューズ; ポークリエット、ホタルイカ、ケークサレ

 オードブル; モッツァレラ、野菜サラダ、イタリア産プロシュート添え

 スープ; 蜆のポタージュ、スカンピ海老、生青海苔の香り

 魚料理; 真鯛の薄切、酒盗と山芋のソース

 肉料理; 信州黒毛和牛サーロインと湯葉、茸とお餅スプラウト

 デザート; 赤ピーマンのプリン、ヴァニラアイス


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● 特に、デザートはシャガールの 「 空飛ぶ夢の絵 」 のような浮遊感たっぷりな素敵な味でした。


〇 朝食です 和の朝食としては私(増澤)にとっては完璧な品揃えです。

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 シラス、大根おろし、エリンギの玉ねぎドレッシング、スクランブルエッグ、おから、ヒジキ、鮭、鯖、タクアン、山ゴボウ (● 欲を言えばオシタシが欲しかった)

 味噌汁、ワカメ・なめこ・ネギ

 リンゴジュース、野菜ジュース

 野菜サラダ、水菜、リーフレタス、キュウリ、トマト、青じそドレッシング

 お粥、納豆、海苔 (● 欲を言えば半熟温泉卵が欲しかった)


● 上高地の旅は、白樺荘に泊まるのが目的になればしめたもの。次回以降はメインダイニング、大風呂、ロビーと改装が続きます。  
Posted by masuzawa05 at 06:30Comments(0)

2017年05月29日

究極のランチ・その4

カレーにするかハヤシにするか迷うことがある。カレーの方が家庭的で自宅でもよく供されるので、ここではハヤシライスを取り上げることにした。

 ハヤシライスと言えば、東京駅丸の内北口近くのオアゾビル。私の好きな丸善の4Fの洋書棚の一画、眺めのいい場所にあるレストランをお薦めしたい。

〇 店内の様子と窓際席から臨む雨に煙る東京駅のノースタワー

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〇 オムライスにハヤシのルーがかかった。和風セット(¥2,200)です。
単品以外を頼むのは邪道かもしれない。・・・が、しかし、ゆったりとした雰囲気と食後の読書をするのには、このくらいの出費は致し方ない。

 たっぷりの野菜サラダ、オムハヤシ(私が勝手に命名した)、デザート( アイスクリームとコーヒー )


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● 甘ずっぱさが切れ味のハヤシのルーと、レアーな玉子のクリーミーなソフトさが混じりあう口福! ここでも玉ねぎの甘みが効いている。 よく考えられていて、 旨い!


〇 レストラン入り口と、ハヤシライスの謂(いわ)れが書かれたパネル。

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◎ 「 ハヤシライス 」 の命名には諸説ありますが、
明治の初期、丸善創業者・早矢仕有的 ( はやし・ゆうてき ) が考案、そこから名づけられたとされています。
「 ハヤシライスの生みの親 」 である早仕有的の誕生日(9月8日)を「 ハヤシの日 」 と制定することにより、弊社が 「 丸善とハヤシライス 」 の文化を様々な形で将来にわたり、より多くの方々に伝えて参ります。 

● パネルにはこう書かれていました。ハヤシはやっぱりここでなければと思われます。
洋書の丸善らしい食べ物と言えるかもしれません。

ちなみに;
【早矢仕 有的(はやし ゆうてき、天保8年8月9日(1837年9月8日) - 明治34年(1901年)2月18日)は、岩村藩藩医で明治期の日本の官吏、実業家、教育者。丸善、横浜正金銀行、横浜市立大学医学部の創業者として知られる】

  
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2017年05月22日

墨いろ


三十数年ぶりに、104歳の現役美術家・篠田桃紅さんの本を開いている。
美術書と呼べばいいのだろうか、作品が好きで旅館等に飾らせてもらったことがある。


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 好きな詞をいくつか。

◎ わたくしは作品に向き合うときにも、扱いにくい筆が好きです。さばきも腰もない、文字通り性(しょう)もない筆が好きで、そんな筆をもてあましながらかいていると、楽しいのか苦しいのかわからなくなってきます。書きたいものを書きたいように書く楽しみ、書きたいものを書きたいように書けない苦しみのはざまに漂うのです。それは、作品と向き合うようでいて、実は、自分自身と向き合っているのだと思います。そんな性もない筆が、ときおり心ゆく線や豊かな形を書かせてくれることがあります。それは、わたくしのちから以上のものがわたくしに宿ることの不思議を感じさせてくれます。
 どんな人の人生も、眺めて飽きぬ富士の山と同じように、遠くからはなだらかで美しく見えても、それぞれに険しく、一筋縄ではいかぬことの連続でしょう。けれどもだからこそ、どの人生も尊く、かけがえのないものなのではないでしょうか。
 ラクでまちがいなくやれることであんまりおもしろいことはない。・・・それを知ることが、人生というものに飽きずに生きる秘訣かもしれません。


〇 書は技術だけではどうにもならないもの、書とは人の心が文字のかたちを籍(か)りたものなのだという一つの見方が成り立つ。
 
後代、書家といわれる職業人ができても、高僧や烈士の書が高い評価を持つのは当然のことである。
たとえば、良寛さんの書 「 天井大風(おおかぜ) 」 の四字の楷書は今も清新である。( 空は穏やかに見えても、その上では大きな風が吹き荒れているという意 ) その中には爽やかな生き方が垣間見える。


〇 玄という色;
昔から墨の銘に 「 玄之又玄 」 というのがあり、私などは、玄(くろ)は黒で、黒のさらに黒、というぐらいの意味に思っていた。しかし玄というのは “ くろ ” であっても、ただ普通の意味の黒ではないらしい。
中国の 『 筆法記 』 という古い書物に 「 墨を用いて独り玄門を得 」 とかかれてあるそうだが、玄門というのは老子の言葉で、玄とは、人生と宇宙の根源で、真、本質、実在であり、また余計なもののないこと、おのずからのもの、無為のもの、作意のないこと、を言う言葉であるというのだが、それを色に置き換えると “ くろ ”となって、玄ということになるのだと言われる。その “ くろ ” は、墨を用いて得られると 『 筆法記 』 の筆者は考えたのであろう。
そして、墨による黒は、真っ黒の一歩手前の色、明るさのある黒で、心を騒がせない色、沈静であって死ではない、動きを残す色、ということである。玄というのはまた、一筆の濃墨で書くのではなく、淡い墨を重ねて濃くしていき、真っ黒の一息手前で控えた色、とまことにむずかしい。
くろうと、というのは、だからとことんまでやりつくしてしまわないで、どこかにスキマというか、やり残したものをおいて、しろうとが手がかりにできる場、入り口みたいなものをつくっておくのだということにも通じる。
ほんとうの “ くろ(玄) ” は真っ黒ではない、という考え方が、私にはたいそう気に入る。一歩手前でやめる、という、そのあと一歩無限のはたらきを残し、それはわが手のなすことではなく、天地自然、神、宇宙、とにかく人間のはかり知れない大きな手にゆだねる、そういう考え方が好ましい。好ましいが、一歩手前がまことにむつかしい。

● 私(増澤)が高校時代に習った空手道は 「 玄制(げんせい)流 」 でした。

今は亡き造園家 鈴木直衛は “ 玄庭園 ” 創業者であり、高校の空手道部・玄制流の後輩。
玄という字を再確認し、玄の海に心を泳がせています。


◎ ある外国人記者との対話;

〇あなたは白と黒の作品を作っているが色を使いたいと思わないか?

「 私は墨の中に、あらゆる色を見ているつもりだが・・・ 」

〇ということは、東洋の禅の思想に通じるものか?

「 私は禅について知らないし、墨と禅が結びつくかもわからない。幼い時から墨と付き合って来て、おのずからそこに無限の色を見得るようにはなったが 」

〇墨絵の山は青に塗ったよりももっと青に感じさせることがある、文学でいえば詩の領域に近い?

「 詩が言葉のエッセンスであるように線がかたちのエッセンスでありたい 」

〇あなたの線は大胆で確信に満ちていると思えるが?

「 確信はないが、捨ててもいいと思えるものを省いていった残りが今の私の線だと思う 」

〇加えるより省くことの方がむつかしいですか?

「 省かれる‘もとのもの’は豊かなほどいいと思うので、省くことの以前つまり “ 書く ”より以前のことが大切だと思う。具体的な色も墨の抽象性を深めるのに役立つかと思うが、色が入ると墨の色が感じにくくなる段階だと今の自分を思っている 」

〇それで金とか銀、色というより光を加えているのか?

「 今はそういう時期だが、私は自分の墨色をいたわりすぎているのかもしれない 」

〇あなたの、文字でもなく物のかたちでもないスミエのイメージはいつも心にあるか?

「 心にはいつも溢れるほどある。が、かたちにすることがむずかしいく苦しい。心に溢れるもののうちから、多くのものを捨てていく行為で自分を引っ張り続け、あるものが熟してなったとき、それまでの私から抜け出ていることをいつも感じる。 」

〇それは大きな喜びであろう?!

「 喜びというより虚しさの感覚で、“ 無 ”ということをほんの少し垣間見る様な気がする 」


● 天晴! 104歳。この人を見ているとオバアサンと感じない。
背筋がピンシャンとしているからでもあるが、老いとかそういうものが取り付く島のない、何か “ 生 ” という強靭なオーラが彼女を包んで、ガードしているような気がする。

 私(増澤)、ずっと好きな 美術書家である。
  
Posted by masuzawa05 at 09:32Comments(0)

2017年05月15日

メアリー・カサット展



 「 母子像の画家 」 と呼ばれ、アメリカを代表する女性画家のパイオニアであるメアリー・カサット、NHKの日曜美術館で知った。
アメリカに印象派を紹介し、近代美術の発展に寄与した女性画家である。

● 印象派というと風景画が多いのだが、彼女の作品には母と子の情愛が美しい色彩で紡がれ、 心が肉体を介して表現されている。

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 横浜美術館は初めての訪問である。

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◎ 作品をご覧いただきたい。 

○ バルコニーにて
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○ 庭の子どもたち
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○ 浜辺で遊ぶ子供たち
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○ 桟敷席にて
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○ 眠たい子どもを沐浴させる母親
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○ 夏の日
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○ 湯あみ ( たらい )

 ● よく見て欲しい、この辺りには日本の浮世絵の影響が表れているという。
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○ 母のキス
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○ 果実をとろうとする子供
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○ 母の愛撫
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○ 農家の母と子
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● 私(増澤)思いますに、

母の慈愛に満ちたまなざしと、子供の個性が表れている。
スキンシップを通して、したたかな体表(たいひょう)現(げん)会話を感じるのだが・・・。
  
Posted by masuzawa05 at 06:00Comments(0)

2017年05月08日

旅について


 Be hear now : 今ここに。 ( 今こう在(あ)ることの、しあわせ )


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● 旅と言う字は菅笠をかぶった旅装束の人が足早に歩く姿を表すという。そんな風に感じませんか!


 松尾芭蕉は “ 人は永遠の旅人である ” と看破(かんぱ)して

◎「 月日は百台(ひゃくだい)の過(か)客(かく)にして
      行き交う年も又、旅人也 」 と述べています。


● 夢は旅心を誘います、旅先で出会うのが現実であったとしても、またぞろ、旅心を誘うのは夢であろう。


◎ 作詞家で作家の 故・阿久 悠 さんは
作詞家の使命と題してこう述べている;

旅人の心は必ずどこかで “ 揺れている ”
その揺れを見つけるのが作詞家の使命です。 ・・・と。


● ならば、旅館設計者の使命とは;

『 旅人の心は必ずどこかで揺れている。その揺れを見つけ、形に表すのが設計者の使命である 』 と言い換えることもできる。


ハードとソフトを絡めて私(増澤)は “ 宿(やど)り ” という言葉を使いますが、旅の演出家としての我々には、その言葉に秘めたいろんな意味が込められています。

やすらぎ
いとしさ
せつな
ふるさとの風
今ここにいる、吾
そして

啓発と希望。
  
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2017年05月01日

 おでん

● おでんと言えば

屋台のコップ酒
家庭の団欒
最近ではコンビニのレジ脇のおでんプール。

 恵比寿ガーデンプレイスタワー38階の飲食街が、開業20周年を記念して大改装をした。 そのなかの 「 こんぶや恵比寿 」 に行ってきました。正直言って、たかがオデンとたかをくくっていましたが、さにあらん。

庶民的なオデンも、演出効果抜群のカウンターダイニング(テーブル席もあります)にてお披露目です。

ちなみに、

そばと魚 銀平
鮨 たか
焼肉 叙々苑
お好み焼き 鉄板焼き 華千房
焼鳥えびす坂 鳥幸    都合6店がスタイリッシュに登場です。


先ずは “ おでん ” 
中央にデンと構えたおでん種の数々。バック棚には美味しそうな冷酒とワインボトルが控えます。
寿司バーを彷彿とさせるシンプルな室(しつ)礼(らい)の中に、日本的な白木のカウンターが映え、上品な美しさがうかがえます。


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 最初はなぜかシンプルにお刺身の盛り合わせから始まり、以下のごとくのオデン種。


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 おでんと言えば日本酒。大吟醸をたっぷりと頂きました。

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● 特に気に入ったのが、春菊のオデンでした。忘れかけていたお野菜の登場で目から鱗とはこのことで、絶品で、おでんによく合う。中央緑色が春菊です。

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  次は、残りの店舗も徐々に食べつくしたいと思っていま
  
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2017年04月24日

愛子さま

皇太子ご夫妻の長女 愛子さまが学習院女子中等科を卒業され、卒業記念文集に寄せた作文が公開された。
作文は 「 世界の平和を願って 」と題された、修学旅行で広島を訪れた時の文章です。

 とても素直で素敵な文章でしたので、その要旨を取り上げてみました。


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◎ 『 世界の平和を願って 』  敬宮(としのみや) 愛子


 卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること・・・なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中3の5月に修学旅行で広島を訪れてからである。
 原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで、71年前の8月6日、その日その場に自分がいるように思えた。被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない。
 その2週間後、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問され、 「 共に、平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持とう 」 説いた。オバマ大統領は、自らの手で折った2羽の折り鶴に、その思いを込めて、平和記念資料館にそっと置いていかれたそうだ。私たちも皆で折ってつなげた千羽鶴を手向けた。私たちの千羽鶴の他、この地を訪れた多くの人々が捧げた千羽鶴、沢山の折り鶴を見たときに、皆の想いは一つであることに改めて気づかされた。
 平和記念公園の中で、ずっと燃え続けている 「 平和の灯 」 これには、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けようという願いが込められている。
 何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。
 唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の 「 平和の灯 」 が消されることを心から願っている。


● 私事ですが、皇太子妃雅子さまのファンである。家族円満な写真を見ることが何よりであり、嬉しい。
そして、愛子さまの素敵な作文がほほえましい。

● 今から40数年前、友人の結婚式に岩国を訪れ、その帰り道広島の平和公園を初めて訪れた時のことが思い出される。今は亡き友人U君と無言で記念館を巡り、憂鬱な気分で、もっと早く来ればよかったと言いつつ、自宅に戻ったことが懐かしい。
  
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2017年04月17日

 伊豆天城山麓の太郎杉

久しぶりに天城の太郎杉に会いに行った。麓まで林道が通じているので、車高の高い乗用車であれば近くまで行ける。 私の乗っているレクサスのSUVは、老齢の母にこの太郎杉を見せたいという思いから購入したのだが、未だ叶えていない。

のびやかで巨大な一本幹、筋が通った樹形が美しく、佇まいには崇高ささえも感じる。


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 もともときれいな水の流れている川と、大きな自然木のある景色が大好きで、巨樹と対峙するだけで身の引き締まる思いがする。身近な天城山にはそれがある。
 
太郎杉という名称がいい。

『 太郎杉 』

 天城山一の杉
 樹齢 450年
 高さ 53メートル
 根回り 13.6メートル
 目通りの幹回り 9.7メートル

 今も成長し続けているという。
静岡県の杉の巨木ランキングで1位の “ 河内の大杉(沼津市西浦市民の森) ” に次ぐ巨木で県の天然記念物に指定され、森の巨人たち・100選にも選ばれている。


○ ちなみに、これは西浦の河内の大杉です


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 静岡県内、1位2位の大杉がふるさと伊豆半島に有るというのがすごいと思う。
自然環境の豊かさを表している。

川端康成の伊豆の踊子に代表される天城峠には、深い緑と清流とロマンがあり、じっと見守る太郎がいる。  
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2017年04月10日

サウジアラビアの王様

先日、サウジの王様が従者1,000人を連れて日本を訪問された。
石油という資源大国の富める国の王様が、今更何で? という思いが私(増澤)の頭をかすめた。豊かな天然資源に恵まれた国であっても、化石燃料である資源は有限であり、それのみで国を回していくのには限度があると思ったのだろう。と邪推していた。


 産経新聞のコラム 「 透明な歳月の光 」 に作家の曽野綾子さんがこう書いていた;

“ 貧しさが培った 日本人の勤勉 ”

◎ 王様が日本に来られた一つの目的は、今まで石油生産に依存してきた経済からの脱却を探ることだという。これまで夢のようなお金持ちだったこの国にも、石油だけに頼っていては将来やっていけないかもしれない、という不安の陰が、現実にさして来たようだ。


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 しかし81歳の王様が考えられるほど、この計画は簡単ではない。人間が学ぶ精神の姿勢を作るには、多くの場合、貧しいことも必要なのだ。少なくとも、日本の近代を作ってきた要素の中には、貧しかった日本の歴史がある。与えられていない時ほど、人間は奮起し、工夫する。しかし文句のないほど与えられていれば、誰だって努力しないのは当然だ。

 一つの国家の強みというものは、人々の生活の営みが単一ではないことだ。工場で、直接の生産に従事している人も大切だが、哲学や心理学、宗教学や音楽を学ぶ層もいないと、国家の構造は強靭なものにならない。又精密な近代工業の背後には、長い年月、手工業で職人として働いてきた人々の、精密な仕事に対する執着も要る。

 日本は幸運なことに、水と土と木しか産しない貧しい国だったので、そのあらゆる面に人材が配合され、歴史的に 「 働き続けられる心理 」 の伝承がなされた。
 サウジの王様は温容を持ち、本気で国民の未来を心配されている方のように見える。そういう誠実な方には、日本が、貧しい生活の中で培った国民性のすばらしさを、辛抱強くお話すべきだろう。

 真の経済力というものは、物質とシステムだけのものではない人間力の問題なのだ。

 中国人は、物流によって富を生もうとする。つまり基本は商売で儲ける。しかし日本人は、生産で生きようとする。産物がどれだけ貧しいものであっても、作って売ろうとする。私はその姿勢が好きだ。

 サウジ人に、貧しさの意味を教えるということは、無駄のようでもあり、むずかしくてとうてい教えきれるものではない、という考え方もあるのはよくわかる。
 日本でも最近、貧しさはひたすら無意味な悪ということになった。しかしそうでもないだろう。富を求めるのはいいが、それが与えられなかった時には、貧しさの意味を把握して生きるのが、むしろほんとうに豊かな人の暮らしだ。(産経新聞コラムより)


● 一行は日本からの帰り道中国に寄り、そして7兆円に上る商談をしたとメディアに報じられていた。なかなかしたたかである。

 ものづくりについてこんな言葉が脳裏をかすめた

「 もの言わぬ ものがもの言う ものづくり 」 私(増澤)が、ものづくりに託した執念にも近い心持である。これさえあれば、日本は世界に羽ばたける。
  
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2017年04月03日

横尾忠則さん について

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 美術家( イラストレーター ➡ 画家 )、としての横尾さんはよく知っているのだが、彼の文章については・・・? であったが、本を読んでみるとなかなかに面白い人だと知った。
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○かつて一世を風靡した高倉健シリーズのポスターはこんな感じ。
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◎ 観念ではなく肉体や感覚の力を信じ続けてきた画家が、言葉の世界との間で揺れ動きながら思考を紡ぎだす;
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たとえば、謙虚とか礼節(・・)が本来有している何か神秘的な働きは感じないわけにはいきません。以前にも触れましたが三島由紀夫さんは僕に常に礼節(・・)の重要さを説き続けました。又礼節(・・)は謙虚(・・)とも同意語のような気もします。この間読んだ本で長寿は性格によるものだという研究を80年ほど続けた学者によると、「 勤勉性 」 と同時に 「 礼節(・・)が長寿の為の重要な要素のひとつ 」 であるということですが、ではなぜ礼節(・・)が長寿の為に大きく作用するかと言う事は解っていない、だけれどこのことが非常に大事だと言っていました。
だいたい科学的、論理的に説明できないのが、人間の秘密にかかわる何かの法則があるような気がします。芸術はそのような言葉で説明できない力を描こうとしているように思います。
だけれども多くの人間は言葉や、その力を信じています。言葉を信じなければ文学も存在しないのでしょうか。以前にも書いたと思いますが、三島由紀夫さんは文学者でありながら言葉を信じていないと言っていました。言葉は肉体(・・)から発したものですが絵画ほどには肉体的ではありません。絵画は言葉ではありません。絵画は肉体(・・)です。
文学は論理的で観念的です。いくらでもウソをつきます。絵はウソをつけないのです。もしウソをついて絵を描いたとしても、「 ウソをついた絵 」としてすぐバレてしまいます。肉体(・・)がウソをつけないように絵は絶対ウソがつけない、故に絵は恐ろしいものです。そうすると運命はウソをつくのでしょうか。もし運命がウソをつけば人間は破滅してしまうような気がします。では破滅した人生の運命はウソついた結果なのでしょうか。
ぼくは運命は何か生まれる以前に約束された契約のような気がするのです。その約束をちゃんと魂が記憶していてその記憶が肉体の内なる声としてその人に囁くように思うのです。心の声ではなく、あくまでも肉体をメディアにした魂の声です。心の声は言葉と同じようにウソをつくような気がします。
魂を源泉に肉体を経由して発せられた声こそ約束された運命の声だと思います。その運命の声を聞ける人と、そうでない人がいるように思います。
その内なる声( 運命の声 )に忠実に従った者は運命の路線から踏みはずすようなことはないのではないでしょうか。

○ 芸術は爆発だの岡本さん


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◎ 小説家でも哲学者でもないぼくが知りもしない言葉について駄文を書いていること自体喜劇かもしれません。そう、ぼくはいい加減なことしか言えません。・・・・・自分自身が少しでも自由でありたいと思うならいい加減になるしかないように思います;

○ 華奢な割には骨太な感じの川端さんのイラスト


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 ぼくは最近とみに物忘れぽくて困ってるんですよと言いながら実は喜んでる部分もあるわけです。ものを覚えているために、自分の知っている事柄で何かを作ろうとすると新しいものができにくいんですよね。知らなきゃ素人と同じだから、もう一度無の状態から考えるから、新鮮なものができることは確かですよね。その状態に常に置きたいと思っている。それを思い過ぎたために物忘れが激しくなってきたのかもしれない。その場合の物忘れはぼくは歓迎なんですよ。知識とかいうのは結局暗記した言葉だと思うんですよ、小学校の頃を思い出すとわかりますよね。知識はほとんど暗記。大人になっても、覚えている人っていうのはものすごく暗記力の、それは記憶力と言ったらいいのか、その人のこなし方が上手いのかどっちか知らないけれど、そういう感じがするんですよね。そういうものから極力離れたい。
 だから、絵描きさんが文学者よりとは言えないかもしれないがけれど、職業的にはすごく長生きの人が多いような気がするんですよ。ピカソにしてもシャガールにしてもミロにしてもみな90代ですよね。それで毎日絵を描くという労働をしているから長生きしているのか。疲れることは疲れるんだけど、それさえも転換してしまう何か創造的な生命エネルギーみたいなものがある。
考えるということとは別次元の処での、言語で考えるのではなくて、視覚的、感覚的なもので考えるというのか別のところで考えるからでしょうか。

○ かわいらしいルリ子ちゃん
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● 私(増澤)思いますに、やけに色っぽい。 
現実の彼女も厚化粧を除けばやはり ‘ やけに色っぽい ’が、近ごろは具体的過ぎて、もっとミステリアスで悪女ぽい方がいい。 加賀まりこも同じ!

○ 老練なヘンリー・ミラー
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○ 寺山修司のオッチャン
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○ 茶目っ気たっぷりなビートルズの面々
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○ 私(横尾)です
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○ 何だか知らないが、きれいな色使い
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● 天晴! 横尾さん。

模写が好きだった少年が、いつしか人の心の芯まで模写できるようになった。
芸術家 ( 画家 ) としての感性が素晴らしい。  
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2017年03月27日

ヨーロッパの建築に関わる時代のながれ  

( 異世代ホームシェア ) と ( 既存建物の再生と省エネ )

「 建築士 」 という建築士会連合会の月刊誌の中に CPD という自己研修制度がある。今月号のその中にスペインとベルギーに於ける “ 異世代ホームシェア ” とドイツの地方小都市に於ける “ 近代産業遺産の再生と省エネ ” という研修記事を紹介したい。

◎ 異世代ホームシェア IN スペイン: 産学官連携による社会貢献型の異世代ホームシェア。

○ 高齢者の孤独化と若者の住宅問題から生まれた。

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これは、一つの建物の中に老人と若者が同居、空間を分かち合い・助け合い暮らすケースで、専門の心理カウンセラーによるマッチングとアフターケアーが行われている。


◎ 異世代ホームシェア IN ベルギー: 滞在契約によるホームシェア、3世代疑似家族型のカンガルー住居


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自宅に居るメリットと福祉施設にいるメリットを生かした 「 カンガルー住居 」 と呼ばれる新たなシェア居住形態であり、プライバシーを有し、援助・安心感を得られる暮らしである。高齢者と片親家族世帯が一つ屋根の下で暮らす。

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● 高齢者が安心して暮らすための 「情緒」 「経済」 「見守り」 「介護予防」の4要件、地域社会の活性化につながるための 「若者世代の流入」 「ストックの利活用」 の2要件を満たすこのシェア住まいの必要性は、今後日本においてもますます高まるであろうと、結んでいる。


次に、
◎ 省エネ型の近代産業遺産の保存・活用: 産業遺産を適切に再生することが 「 環境に優しい 」 行為と同義となる。

○ ハウス・イン・ハウスの手法


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外観は保存しつつ、既存の構造体の内部にそれよりも小さい構造体を 「 入れ子 」 のように挿入し、小さい構造物自体が既存の建物とは縁が切れていて、その小さな構造物を新しい用途に適した空間として利用する方法である。


● ハウス・イン・ハウスは近代産業遺産の保存・活用という現代的課題だけでなく、省エネという現代的必要に応える建築手法として有用であると言える。と、結んでいる。

● 少子高齢化にどう対処するか、又、スクラップビルドばかりもしていられない建築資産の利活用をどうしていくのか!?
老老介護、老後破産・・・心豊かに暮らすための具体的な方策が今まさに日本に求められている。


◎ 石井建築事務所のこんな改装事例

○ 伊豆長岡・吉春: 既存、和の大広間のダイニングへの改装で、一部内装を撤去してみたら古い構造フレームが出てきた。 面白いのでインテリアに生かすこととした! 
これも古いものを残し蘇らせる、省エネ投資であろう。新陳代謝も必要だが温故知新の感性も大切である。


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 我々はいつもいじくりすぎかもしれない。
何かしなければではなく、 「 そのままで見せてしまえ! 」 そんな事例でした。

いつもの仕事は惰性に流されていないか!そんな自己反省とチェック能力を磨き、仕事に臨まなければいけない。順調な 「 とき 」 ほど 「 落ち 」 があるものだ。

この建物、酒飲み男の五臓六腑に例えると、しばらくお酒を飲まなかったので胃もたれや倦怠感も無く、惰性に流されず、すっきりとして爽やかな気分のデザインとなった・・・そんな形容になろうかと思える。

手を入れることばかり考えるのではなく、効果的にほっておく部分を作ることも必要であろう。古いものを生かす才覚を磨かなければならない。 1・パターンに陥るな !

「 温故創景 」 を目指せ !  
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2017年03月20日

HARUO・OHARA ブラジルの光、家族の風景


 この写真集はブラジル開拓農民の家族の記録写真であり、大原治雄(1909〜1999年)というアマチュアの農民写真家の作品集である。

NHKの日曜美術館でこの作品集のことを知り早速手に入れた。





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◎ 149点の写真で構成されるこの写真集は、喜びに満ち溢れ、素朴な豊かさに包まれた、こぼれんばかりの家族と大地への愛が写し撮られていた。その美しい構図と品の良さから、この写真家の知性さえも感じられた。
 移民、農夫、写真家である大原治雄は、1909年(明治42年)日本で生まれた。17歳で家族とともにブラジルに渡り、成人後の人生の大半を実直かつ丹念に大地を耕すことに費やし、同時に自分の人生と家族を写真に撮った。



○ 朝の雲
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◎ 移住地; そこには、ブラジル移民に対しておそらく誰もが想像する、開拓民の苦労や、戦争にまつわる出来事などの悲惨さ、陰惨さを写した映像の類はまったく残されていない。大原が、彼ら夫婦の、もしくは子供たちの歴史として残しておきたかったのはそのような 「 記録 」 ではなく、愛妻・幸(こう)との出会いの喜びやささやかな家族の風景、そして子供たちの成長を育んだ大地への礼賛であり、自然への敬意であり、作物を育てる恵みとなる静かな雨音の 「 記憶 」 だった。これも一つのリアリズム写真なのかもしれない。このきわめて個人的な、大原が残した私小説的な 「 記憶 」 の映像は、言葉に表すことのできない、幸福な感情を私たちの心の中に生み出してくれるのである。是非とも目を通していただきたい

○ 妻の幸
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○ 朝方の収穫
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○ 一服、霜害にあったコーヒー園と本人

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○ 霜害後の農園、植民地
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○ 農地、ふるい
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○ 幸と治雄の昼休み、治雄
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○ 農園に向かう道
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○ 家族の集合写真
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● 豊かな愛と自然に恵まれ、日々の生活が輝いている。

◎ コンポジション; 「 昨日まかれた種に感謝 今日見る花を咲かせてくれた 」

○ 木葡萄とソテツ
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○ 静物、梨
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○花、蘭
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○ 樹
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○ 道、夜景
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◎ 子供たち;

○ 虹、遊び
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○ イチジクの木
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○ 息子たち
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○ 子供たち
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○ 庭にて
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◎ 家族;

人類学者の今福龍太さんはこう述べていま:

どの一瞬にも、歴史が傍らをよぎってゆく音が静かに鳴り響いている。
端正に切り取られた情景の、それ自体は静謐な映像的小世界が、大地を刻みつづける遥かな歴史の波動と深いところで常に共振している。地球上の大地の一角に人が誕生し、生き、そして死んでゆくという生命のもっとも本質的な道理。それこそが歴史を作ってきた真の動因であるとすれば、写真が歴史を証言するという事実のもっとも素朴で強靭な証がここにある。

● 私(増澤)思いますに、誠実で気取らず真面目そして暖かい。日本人のいいところが全て出ている。 そういう写真集だと思う。


○ おばあちゃんと子供、孫
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○ 集合写真
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○ 祖母と本人
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○ パラナ松、銀婚式の二人
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● 私(増澤)、見終わって爽やかに幸福な気分に包まれている。

こんな記憶写真の本棚を、心の中に持てたらなんと素敵だろう。全編にわたる生活愛が生き方を活写している。

気品があって爽やかで温かい。美しい本との出会いに感謝。  
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2017年03月13日

究極のランチ・その3

出汁(だし)の 「 茅乃舎(かやのや) 」 が入る東京六本木、ミッドタウンのお店です。

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◎おにぎりに味噌汁;

いろいろなお昼を食べますが、これも一つの隠れ定番かなと思い取り上げてみました。


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● 十穀米のおにぎり2個に、大きな椀に野菜、根菜、芋etc沢山入って胡麻を振りかけてある具沢山な味噌汁。 スプーンに薬味風山椒入りの味噌?を少し取り置き、私はおにぎりにまぶして食べます。ひょっとすると味噌汁に溶くのかもしれません、私はこれにプラスするものとして旨い漬物が欲しいのだが・・・。

伊豆の富戸に 『 味噌汁でご飯 』 という海鮮みそ汁の店がありますが、その野菜版と言えなくはないと思います。 
何となく胃袋に優しく “ 健康を ” を食べたという気分です。自然食品の出汁だからでしょうか、シンプルにごはんと味噌汁という組み合わせは、ささやかではありますが日本人の究極のランチと思われます。

 昼時は女性が多く、おじさん一人では多少気恥ずかしい感じですが、早く簡単シンプルランチ、お値段は ¥1,150です。  
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2017年03月06日

 ルイ・ヴィトン

ルイ・ヴィトンの創業から160年の軌跡と題しての展覧会

「 空へ、海へ、彼方へ・・・旅するルイ・ヴィトン 」 が麹町の特設会場にて開かれていた。
 人々の生活スタイルの変化に対応してきた革新性と、それを支えてきた職人技を紹介し、旅の楽しさも改めて想起させる内容となっている。

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○ 展示空間
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○ 救急箱
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○ 展示空間
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○ 展示空間
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● 薬、茶道具、グラス類、本棚、化粧品そんな必需品!? のトランクが面白い。

○ 展示空間

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○ 板垣退助のスーツケース( 白洲次郎のも有った )
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○ 職人のデモンストレーション
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○ 建築家・フランク・ゲーリーデザインの本社模型です。
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● トランクの材料になる木材に的を絞った 「 木材―自由へのパスポート 」など、10のテーマ別に展示されている。骨組みが木なのが興味深かった。

● 鉄道や船から自動車、飛行機へと時代につれて広がった交通手段と旅のスタイルの変化をバッグから辿ることができる。宇宙時代にはどんなヴィトンが出現するだろうか楽しみだ。

● キーワードは人々の生活スタイルに合わせた変化: 
生活スタイルが変われば、旅の目的に合わせた宿泊スタイルの変化が生まれ、 ‘ 宿 ’ の変化も起こる・・・そんな事を考えていた。

● 双璧は紙でできたイギリスのグローブトロッターであろう。

● 使っている人の意見を聞くと異口同音に、丈夫でいいよという答えが返ってくる。バッグ好きな私ではあるがいまだにヴィトンは持っていない。・・・・・何故か!?

木を使っているのならば、もっといいものを作れるだろうという・・・日本人としての私の矜持がそうさせているのだ。  
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2017年02月27日

黄金のアフガニスタン

「 自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる 」 その輝きに隠された
「 命がけの物語 」 上野の森の博物館に “ 黄金の美 ” を求めて出掛けた。

 古くから『 文明の十字路 』 として栄えたアフガニスタン。インドの北西側に位置し、パキスタン、イラン、中国等に囲まれた内陸の地は、シルクロードの拠点として様々な文明が混じり合い、独自の発展を遂げてきました。アフガニスタン国立博物館所蔵の古代工芸品231点が集められた特別展は、紀元前2200年ごろから紀元2世紀にかけて栄えた文化を、4か所の古代遺跡から出土した “ 秘宝 ” によって紹介する内容になっています。

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● 政情不安なアフガンで手つかずの遺跡が発掘された奇跡。

遥かなる時空を超越して蘇る黄金。 煌きに吾が心呼応し、想いはアフガンに馳せる美しき邂逅。


○ キュベーレ女神円盤(前世紀)、牡羊像(1世紀)、マカラの上に立つ女性像(1世紀)


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○ 冠(1世紀)、ドラゴン人物文ペンダント(1世紀)

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○ イルカに乗ったキューピッド文留金具(1世紀)、魚形フラスコ、ハート型耳飾り

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● 発掘された石版に刻まれていたこの言葉。現代に通ずる “ 生き方 ” を感ずる。  

◎ デルフォイの信託: 古代ギリシャ中部のデルフォイにはアポロン神殿があり、多くのポリス(都市国家)がここに参じて、政治・外交の指針を神託(予言)に求めた。

デルフォイの金言(格言)

「 幼きものは行儀よきものとなり

青年とならば自制知る者となり

壮年とならば正義知る者となり

老年とならば良き助言者となれ

されば汝、悔いなき死を得ん 」
  

  「 The Delphi maxims 」

  As a child, learn good manners
  As a young man, learn to control thy passions
 in middle age, be just
 in old age, give good advice
  then die, without regret,













● 全く正鵠を得た言葉である。私(増澤)丁度老年にあり、この言葉痛く心に響く。「 in old age ,give good advice 」

昼時、博物館の敷地内に在る前から入りたいと思っていたホテルオークラレストランにて、ドライカレーを食べビールを飲む。

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● 美しいものを見た後、アフガニスタンを含め、各地のテロリズムの現状に心が痛む。

そして、古代文明なぜこんなにも美しく華麗なのだろうかと、・・・多分当時も美しく幸せに満ちていたことだろうと、その頃に思いを馳せる。
百年単位の悠久の時が流れていたのだろう。

● テロリズムの温床、横たわる抜き差しならない現実がある。

頻発する、世界各地の騒乱には

非民主的な政治
絶望的な貧困
持続不可能な格差
民族や人種基づく差別。


◎ 和光大学名誉教授の 前田耕作さんの新聞評より:

アフガニスタンの平和は、王政から共和制へ、共和制から社会主義体制へと大国の思惑によって急速に国政が変わってゆく過程で生じた混乱の中で失われていった。79年の旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻が戦火を激化させ、こんにちなお、その余燼に苦しんでいる。
 今回の特別展 「 黄金のアフガニスタン 」 は、激動する政治世界のなかにあって、ひたすらにアフガニスタンの歴史文化に魅せられた考古学者たちが発掘し、そしてその成果を受け取ったアフガニスタンの人びとが果てしない戦火のもと、それらを国の魂として守り抜いた物語と共にある。

 王政➡共和制➡社会主義➡専制政治➡テロ・混乱、 ここから、多分➡民主主義
  
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2017年02月20日

地球のこと

今、谷川さんの詩集を括りながら、地球のことを身近なところから考えている

 日本中どこへ行っても、コンビニがあふれていて、熊本でも北海道でも同じような景色がロードサイドに在る。
 町も村も、新建材で作られた安易な家々が拡がり、一見奇麗だが建物のプロポーションも悪くやせている。この日本、どうしたというのだ。

 子供の頃のセピア色の景色には、小川が流れ、個人の魚屋や八百屋があり、近所の漁師さんが朝方採った新鮮な魚をおかみさんが売り歩いていた。そして天然素材で作られた家々は質朴に輝いていた。

近所の大木にはフクロウが鳴き、
夕やみにコウモリが飛び交い、
近くのせせらぎにはホタルが舞った。

 大事にすることなく、失われてしまったものの多さに気がつき驚く。人間が現れるかなり前から地球は有って、我々はずっと、ずっと後からの客なのだと気付いた。

 そして今



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 『 地球の客 』

躾の悪い子どものように
ろくな挨拶もせず
青空の扉をあけ
大地の座敷に上がりこんだ

私たち 草の客
木々の客
鳥たちの客
水の客

したり顔で
出されたご馳走に
舌づつみを打ち
景色を讃(ほ)めたたえ

いつの間にか
主人になったつもり
文明の
なんという無作法

だがもう立ち去るには
遅すぎる
死は育(はぐく)むから
新しいいのちを

遠い歌声
風のそよぎ
聞こえるだろうか
いま        谷川俊太郎。



● 私(増澤)思いますに、 「 人は自然に、間借りをしている 」 
この言葉忘れないでほしい。  
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2017年02月13日

2016年中部建築賞一般部門入選作品・浜松信用金庫三方原支店

● その3 浜松信用金庫三方原支店


 ファサードは 軽快、シンプルで、親しみやすく、美しい。


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金融機関にありがちな、かたさ・しかつめらしさが無く、かと言ってくだけ過ぎもしないデザインに好感が持てる。天竜ヒノキの集成材を使った縦格子兼用の窓枠が軽快・リズミカルで、ルーフを飾る三段の伸びやかな水平庇と相まってシンボリックなやさしさに満ちている。
三段の屋根庇の下には前面から順に、市民ギャラリー、お客様ロビー、営業業務室が設えられていて、それぞれの屋根段差に組み込まれたハイサイドライトからは自然光が均等に降り注ぐ仕組みが構造に偽りがなく見事である。
環境負荷低減については木格子による西日遮蔽、自然通風、自然採光、太陽光発電、雨水貯留、等の配慮が心地良く計られている。強いて苦言を呈するならば、お客様がカウンター前に立ったとき、営業執務室越しに緑に満ちた中庭が臨めたら従業員共々清々しいだろうと思った。又、メインエントランス近くに入口を暗示させるシンボリックな樹を配し、変形だが使い易い自然な形でのスロープ兼用通路があれば、階段も要らず事足りるのにと思ったりもした。スロープ造りの為のスロープが多い様に思う・・・?如何なものか!
一連の信用金庫さんの作品の中で、今回特筆すべきは前面に市民ギャラリーが設けられていることにつきる。審査に訪れたときには水彩画展が開かれていて、眺めていると出展者の一人と思われるご婦人が冷たい緑茶を私共に供してくれました。使い勝手もいいのでしょう、心和むものがありました。

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ギャラリースペースは低料金で夜間貸し出しもできるように、執務空間との防犯区画も配慮されており、ファサードにシャッターも無く、まるで行燈照明のようにシンボリックに街に灯りを燈す景観は安心感があり、美しく、街にとって必要な施設となっている。

これからの地域金融機関のあるべき姿を具体化していて、必見に値する建物であろう。
                               
  
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心を形に表す
建築空間にはいろいろの「想い」がある。
具体的な平面から容積のある空間へと立ち上げるさまざまな作業の中で、オーナーの使い勝手や心情が、私の心を通して色づいていく。
思い入れ豊かに熟成された建築空間には、オリジナルでしなやかな空気が息づき始める。
豊潤で美しく、時に凛々しい。
機能的であることは大切なことですが、美的な創意工夫も大切な要素です。
そう思いながら設計しています。


増澤信一郎
S22年10月11日生まれ
芝浦工業大学建築工学科卒業
静岡県伊東市宇佐美在住
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